トバイアスのアドバイス
「普通に話せるようになるにはどうしたら…」
思わずまた呟くと、本を運びながら机の横を通りかかった司書のトバイアス様が「イベリス様、何かお困りですか」と話しかけてくれた。
トバイアス様は3年前に貴族学校を卒業して、ここの司書をしている。以前、本を探すときにやむにやまれず話しかけて以来、そのときの私の様子があまりに挙動不審だったためか何かと気にかけてくれ、今では時々雑談をさせていただく間柄なのだ。
貴族とはいえ身分はそれほど高くないし、癖毛の黒髪にはいつもちょっぴり寝癖がついているのだけれど、博識で、穏やかで、笑顔が優しくて、私の言葉がうまくでてこないときも我慢強く待ってくれて、家族と使用人以外では唯一まともに会話ができる方だ。
「トバイアス様。実は…」
私は、ひそひそ声でトバイアス様に事情を説明する。
高等部卒業までの1年弱の間に婚約者を見つけないと、外国の貴族と結婚させられそうなこと。
しかし、婚約者探しの場となる学校では、誰とも上手に話せないこと。
まずは人と普通に話せるようになり、いずれは人に好かれるようになりたいこと。
「トバイアス様はいつも誰とでも仲良く、楽しそうにお話しされておられますけれど、何か秘訣でもあるのですか」
「そうですね…」とトバイアス様が少し考える。
「私ももともとは友人を作るのが苦手だったのですよ。内向的で、本ばかり読んでいて」
「そうなのですか」
「亡くなった母から言われたのは、”いつも笑顔で、聞き役に回ると、誰とでも仲良くなれる”ということです。それを意識してからは、誰とでも仲良くできるようになった気がしますね」
笑顔で聞き役…それなら自分で喋らなくてもできそうだ。それに確かに、トバイアス様が笑顔でじっくり話を聞いてくれるからこそ、こんな私でも安心して話すことができるのだ。
けれど、聞き役に回る以前に、まずクラスメイトたちとは会話するきっかけがない。そう言うとトバイアス様は「会話のきっかけはどこにでもありますよ」と笑う。
「挨拶するときにその人のことを観察して、気になったことを一言添えればいいのですよ。それだけで会話が始まりますから」
「本当に?」と少し疑っている私に向かって、トバイアス様の深い青の瞳が、眼鏡の奥から柔らかく微笑んだ。
「論より証拠。やってみましょうか?貸し出しカウンターでやってみるので、見ていてください」
カウンターに座って貸し出し業務を始めたトバイアス様を観察する。
「エヴァンス様、3冊ですね。おや、随分と日焼けなさいましたね」
「そうなんだよ。気候が良くなってきたから、馬でパヴァロまで行ってみてね。久々だったが、相変わらずパヴァロはいい街だ。ところで、トバイアスは乗馬は得意かね?」
「いいえ、残念ながらあまり」
「良ければ今度教えてあげるよ。新しい馬も買ったからぜひ見せたいよ。こいつがまさにじゃじゃ馬なんだが、それはそれは美しい馬でね…」
「ザスト男爵夫人、5冊ですね。今日はお子様方はご一緒ではないのですか」
「ええ、2週間ほど実家に遊びに行っているのよ。おかげで私もゆっくり本が読めるわ。子どもが家にいるとおちおち本も読めやしない。だってね、この間なんて下の子が本の上に紅茶を…」
本当に、一言添えるだけで相手が自動で喋りだす。魔法のようだ。驚いている私に、トバイアス様は「どうです?やってみる価値はあるでしょう」というように頷いた。