親子で稽古
トバイアス様にも報告した通り、猫カフェで一緒にモフモフして以降、クレイト殿下との距離は縮まった。今までは会話の輪に入ってもお話しできなかったのに、ちゃんとお話しできるようになったのだ。本当に、アイリシア様とビオネッタ様にはどうお礼をしたらいいかわからない。
「あら…クレイト殿下、そのお傷は?」
「ん?ああ、これ?」
お話ししているときに、クレイト殿下の手首近くに、切り傷があるのに気づいた。剣術の稽古でついてしまったらしい。
「そうでしたか。剣術の稽古は、国王陛下ともなさるのですか?」
「いや。幼い頃は付き合ってくださっていたが…最近はほとんどないな」
「さようですか。それは国王陛下もお寂しいかもしれませんね」
「寂しい?」
「あ、いえ…し、失礼な言い方でしたら申し訳ございませんでした。うちの父はいつも"息子がいたら一緒に剣術の稽古をしたかった。大きくなった息子に負かされるのが夢だった"と申しますので」
「そう…トーウォール侯爵も手練れだしね」
「私もよく父上と稽古をしますよ。もう私の方が強いですが」と、スポーツマンタイプでご令嬢方からの人気も高いバーソロス侯爵令息スピードル様が話に入ってきたところで、授業開始の鐘が鳴った。
数日後、殿下に「イベリス嬢」と話しかけられた。
「クレイト殿下、どうなさいましたか」
「剣術の話をしたのを覚えているかな」
「ええ、もちろん」
私の話を心にとめてくださった殿下は、国王陛下を剣術の稽古に誘ったそうだ。サルトス陛下は驚きながらも嬉しそうに付き合ってくださり、仕事の合間の短い時間ではあったが、親子の会話も弾んだという。
どうしよう。私の話を覚えていて、しかも話を元に行動してくださったことがとても嬉しい。
「最近は事務連絡のような会話ばかりだったが、昨日は体を動かしながらいろんな話ができたよ」
「それはようございました」
「最終的には、私にはもう敵わないと悟った父上がズルをして魔法を使ったんだけどね」
そうだった。サルトス国王陛下は魔法使いだ。実際に陛下が魔法を使うところは見たことがないが、強大な力をお持ちだと聞く。
殿下はそのときの様子を思い出したのかクツクツと笑う。私も釣られて、「陛下は負けず嫌いなのでしょうか」と笑ってしまう。
「私も息子ができたら、一緒に剣術の稽古をしたいと思ったよ」
その一言に「それは楽しみなことですわね」と返したあとで、ふと胸にチクリと痛みを感じる。クレイト殿下の息子…その母親は…?
「イベリス嬢は子どもができたら、何かやりたいことなどあるのかな?」と聞かれ、我にかえる。
「えっ…え、ええと、あまり想像したことがございませんでしたが…絵本を読んであげたり…」
「ああ、イベリス嬢は本が好きだったね」
「え、ええ。覚えていてくださったのですね。光栄でございます」
会話が終わると、また考えてしまう。殿下の息子の母親…それは誰だろうか。
そのまた数日後、お父様が目を丸くしながら、いつもより遅く王宮から帰ってきた。王宮内でクレイト殿下に呼び止められ、手合わせをしてきたという。
「殿下が"息子と剣術の稽古をするのが夢だったのでしょう。今日は私が代わりに"とおっしゃってね。驚いたよ」
「まあ、そうでしたか。私がお話ししたことを覚えていてくださったのですね」
殿下の腕前は相当なもので、達人として知られるお父様でも、押される場面が目立ったそうだ。「いや、本当に息子ができたようで、嬉しくて嬉しくて」と腕をさすりながら、お父様は言う。
「あれはしかし…殿下は少し手加減しておられたのかもしれない。私も最近訓練を怠って鈍っていたからな。気合を入れて鍛え直さないといけないぞ」
「いつか義理の父親と息子として手合わせすることになるかもしれないし」とウキウキ楽しそうにしているお父様に、私は「さあ、それは…どうでしょうか…あまり期待なさらないほうが」と小さく返すのが精一杯だった。




