コスモスの栞
猫カフェから戻って「次があるかもしれない」と伝えたときの我が家の様子は「上を下への大騒ぎ」という表現がぴったりだった。お父様とお母様は「新しいドレスや宝石を買わねば」とか「美容院とエステに行く頻度を増やさねば」と嬉々として言い合い、執事のディーベンはドレスや宝石にどれだけ予算をつけられるか計算し、モーディはヘアメイクの参考書を買い込むと意気込んだ。
こんなに皆を期待させて大騒ぎさせてしまって、私は「もう少しオブラートに包んで報告すればよかった」と後悔した。期待通りにならなかったら、皆どれだけがっかりするだろうと怖くなったのだ。王太子殿下にとっての私は「ただの猫仲間」の可能性が高いし。
学校ではアイリシア様とビオネッタ様に、猫カフェが楽しかった旨の報告と、きっかけを作ってくれたことへの心からのお礼を申し上げた。
アイリシア様は「まあ、まあ、3時間も猫カフェにいらしたの?本当に?それはかなり脈ありよ!クレイ様がそんなに長時間ひとりの女性と一緒にいるなんて、見たことも聞いたこともないですわ」と相当盛り上がっていらっしゃって、これもこれで怖くなった。
1週間ほど散々悩んだ末、トバイアス様にも殿下と猫カフェに行ったことを報告することにした。トバイアス様がくれた情報のおかげでデートできたのだから、本来、報告してお礼を申し上げるのが当然なのだ。が、「私なら、好きな人から他の人と出かけたなんて聞かされたら、どう思うだろう」と二の足を踏んでいたのだ。
結局、「トバイアス様は、幸せになる手伝いをすると言ってくれたのだから、そして実際にしてくれているのだから、ここはやはり報告したほうがいい」と結論づけた。
トバイアス様に猫の絵画集を返却して、猫カフェにいったこと、そしてそのあと、以前よりも教室で殿下とお話しする機会が増えたことを報告する。トバイアス様は「お役に立ててよかったです」と喜んでくれた。
「それから、イベリス様」
「はい、なんでございましょう」
「実は、今月限りでこの仕事を辞めることになりました」
「えっ、どうして…」
「事情は申し上げられないのですが、急に決まりまして」と申し訳なさそうにいうトバイアス様を見て、寂しさがこみ上げる。なんでも相談できるお兄様のような方に会えなくなってしまうなんて。まだ教えていただきたいこともあるのに。トバイアス様はこれからもずっとずっと図書館にいると思っていたのに。
「王都を離れるのですか?」
「いいえ。王都にはおります」
「それでしたら、またどこかでお会いできるかも知れませんわね。でも、とても寂しくなりますわ」
「ええ、私もです」
「今月中に、またお話しに来てもよろしいでしょうか」
「ええ、ぜひ。お待ちしております」
その月末、私はトバイアス様への餞別を持って図書館を訪れた。庭に咲いたコスモスを押し花にして作った栞。本好きなトバイアス様に使ってもらえて、負担にならないものを、と考えたのだ。コスモスと言えばピンクだが、私が一番好きな、秋らしい赤のコスモスをメインで使ってみた。裏面にはお礼のメッセージを書き入れてある。
"トバイアス様
あなた様のおかげで、私は変わることができました。
あなた様は私にとってずっとずっと大切な方です。
あなたを敬愛するイベリス"
「これを私に?イベリス様が手作りしてくださったのですか?」
「はい、ちょっと花の形が歪んでしまいましたし…喜んでいただけるか心配だったのですが…」
「いかがでしょうか」とトバイアス様の顔を見ると、少し目が潤んでいる。「とても嬉しいです。大切にいたします」という答えを聞いてほっとする。
図書館で会えなくなるのは寂しいけれど、王都にはいらっしゃるのだからまたどこかでお会いできるだろう。
次はどのようなお仕事をなさるのか、「魔法学校で教えるのですか」と聞いても「魔術課勤務になるのですか」と聞いても教えていただけなかったけれど、どこであれ、トバイアス様が楽しく働けますように…




