新しい感情
私のことを見てくださっていたとは。王太子としての視野の広さだろうか。驚きと嬉しさで「まあ!」と言ったきり言葉が出てこない。
「身分の低い者や立場の弱い者のことを気にかけているのは、立派だよ」
「お褒めいただき、光栄でございます」
「それに、気難し屋のジェスロとも上手くやっていたのには感心した。彼の発表が見違えるようだったのは、イベリス嬢のおかげではないのかな。今までの彼は…正直ひどかったから」
ジェスロ様と課題に取り組んだ憂鬱な日々を思い出し、私は思わず苦笑する。
「いえ、あれはジェスロ様のお力ですわ」
「謙遜しなくてもいい。アイリシアがジェスロと組んだときには大喧嘩になっていたからね。イベリス嬢は人を変えてしまうようだね」
「いえ、そんな…」
「というより、変わったのはイベリス嬢自身かな。正直言って今まではあまりクラスでも目立つ存在ではなかったのに、最近とても…」
殿下が何か言いかけて止め、「もうこんな時間か。王宮の会議に出る予定があるので、そろそろ戻らないと」と言い直した。時計を見ると店に来てからもう3時間も経っている。「まあ全然気が付きませんでしたわ」と私も立ち上がる。
「休日も会議に参加されるなんてご立派ですね」と言いながら、モーディが「猫カフェに行くなら」と用意してくれたコロコロで服についた毛をとって差し上げる。
「毛は取りましたけれど、エヴァローズ殿下に会う前にお着替えなさってくださいませね。アレルギーが出ては大変でございますので」
「さすがにこの服で会議にはでないから、帰ったらすぐ着替えるよ。イベリス嬢は意外に世話焼きなんだね」
「し、失礼いたしました」
「いや、いいんだ。嬉しいんだよ。妹のことを覚えていてくれたことも、気遣ってくれることも」
と、「今日の会議は難しくてね。今年から参加を許されたんだが、毎週ついていくので精一杯だ。予習にも、会議の内容を理解するための復習にも時間がかかる」と殿下がため息まじりに弱気な言葉をこぼされた。これはまた「いつも堂々として自信に溢れている」という殿下のイメージとは違う。
「む…難しい会議に毎週休まずに出席されて、予習復習を欠かされないのはご立派です。それに、最初から全て理解して何でも上手くできるなら、帝王教育など不要でございましょう」
「…確かにそうだね。少し気が楽になった。ありがとう」
なんだろう。ふっと息を漏らす殿下を見ていたら、私の中にある、今までとは違う感情に気づく。これまで、私にとって殿下はただただ憧れの対象で、遠くから眺めるだけで、尊敬して。
でも今目の前にいる殿下は、何だか少し弱い部分もあって、可愛らしくて、愛おしい。
いや、愛おしいだなんて。私なんかが、殿下に対して「愛おしい」だなんて失礼では?
混乱していると、殿下が別れの挨拶をしてくれる。
「イベリス嬢、今日は貴重な時間を割いてくれてありがとう。とても楽しかったよ」
「い、いえそんな…私もとても楽しく過ごさせていただきました。このように殿下とお話しできて光栄でございます」
「じゃあ、また一緒に来てくれるかな」
「えっ?…ええ!よ、ろ、こんで」
「良かった。じゃ、行ってくる」
「はははい、い…いってらっしゃいませ」
次が、あるの?殿下の馬車を見送りながら、私の体は小さく熱く震えていた。
ああ、お父様やお母様に今日のことをどう報告差し上げよう…




