賛辞とお世辞
今日も教室に入ると「皆様ご機嫌よう」と笑顔で挨拶をする。少し寂しかった夏休みが終わり、近頃では笑顔もすっかり板についてきて「不自然な笑顔になっていないか」と心配することもなくなった。
今週は「褒める」強化週間と銘打っている。「褒められて嫌な人はいないでしょう」とトバイアス様はおっしゃっていた。確かにその通りだ。
頭の中にトバイアス様の声。
「でも、わざとらしいお世辞は逆効果ですよ。本当に心が動かされた時だけ、具体的に褒めるのがいいと思います」
本当に「素敵だ」「素晴らしい」と思ったときだけ褒める。だから意識して褒めようと思ったら、他人のことをよく注意して見ておく必要があるのだ。この1週間ほど、私はクラスメイトを穴が開くほど観察し、いいところやいい行動を見つけたら、不自然にならない程度に褒めた。
例えば、アイリシア様は絵を描くのが上手でファッションセンスが良い、カナカレデトロス様はいつも陽気で落ち込んでいる友人を励ますのがうまい、など。ほんの小さなことでも、ややどもりながらでも、心からの賛辞を贈ると、相手はとても喜んでくれる。私もそれが楽しくなってきた。
クラスメイトだけでは飽き足らず、用務員や学生食堂(といっても、教室の自分の机にサーブしてもらうのだが)の調理員や給仕係も観察して褒める。「制服にシワひとつなくて感心している」とか「今日の盛り付けは華やかで食欲が増す」とか「給仕のタイミングがちょうどいい」とか、ちょっとしたこと。
それでもみんな感激したようすで「今までそのようなことを言っていただいたことがございません」「実は、こだわっておりました」などと返してくれる。
そしてもちろん、クレイト王太子殿下のことも引き続き、遠くからも近くからも観察している。授業は真面目に受け、クラスメイトの話には静かに耳を傾け、誰にでも公平な態度で、気さくで、威張らず、教師には敬意を払う。それに笑顔がとても素敵…こんな方が生涯の伴侶だったら、なんて幸せなことだろう…
クレイト殿下を観察していると、殿下のもとにこのクラスのもう一人の「殿下」、ニトレマ王国第一王女のエピファラ殿下がやってきた。南国出身らしい日焼けした肌を持つ彼女は、留学生として、高等部3年生の1学期からやってきたのだ。「セトルスの王太子妃の座を狙っての留学」という噂だ。
「クレイ殿下、今日もまた凛々しくていらっしゃいます。髪を切られましたか?」
「ありがとう。いや、切ってはいないが…」
「そうでしたか、思い違いで失礼いたしました。ところで昨日父からこの宝石が送られてきたのですが…」
「ああ、とてもきれいだね。よく似合っているよ」
「光栄でございます。父ったら私が可愛くて仕方ないみたいで…あ、それで、ぜひ父がぜひセトルスの王妃様や王女様にもこのニトレマ特産の宝石を差し上げたいと…」
ああ、私もあんな風に、多少無理やりにでも話しかけられたらいいのに。挨拶に一言添えようと思っても、殿下に対してはカチコチに緊張してしまって言葉が出てこないのだ。話の輪の中でも、まだ直接話せたことがない。
「…リス様…イベリス様ったら!」
ビオネッタ様から呼びかけられ、私は我に返った。夏休み中に高山植物を観察するため山登りしてきた彼女は、伯爵令嬢らしくなく日焼けしている。
「もう!イベリス様ったら、何度もお呼びしましたのよ。クレイ殿下に夢中で聞こえなかったんですの?」とビオネッタ様が口元を緩めながら聞く。クレイト殿下はクラスでは親しみを込めて「クレイ殿下」と愛称で呼ばれているのだ。赤くなってしまった私を見て、ビオネッタ様は声を落とす。
「私は、お二人はとてもお似合いだと思います」
「えっ!?いいえ、そんな…」
「でもイベリス様はクレイ殿下がお好きなのでしょう?幸い殿下の婚約者はまだ決まっていないのですし、イベリス様なら家柄も申し分ないのですから」
「いえ…だって…お話ししたこともございませんのよ」
「イベリス様はお話し上手ですもの。きっかけさえあれば、いくらでもお話しできますわ。モタモタしていたら、他のご令嬢に持っていかれますわよ。エピファラ様だったり、あ、ほら、アイリシア様とか…」
そう言われてもう一度クレイト殿下を見ると、今度はアイリシア様と談笑しておられる。皆に慕われる凛々しい美男と、社交的で華やかな美女。とてもお似合いの二人だ。
それに、アイリシア様のお母様であるデイジー様と、クレイト殿下のお母様である王妃アスターベル様は仲が良い。アイリシア様の叔父様である魔法局の局長イーライ様と、殿下のお父様であるサルトス国王陛下も親友。だからお二人は幼い頃から、家族ぐるみの付き合いの中で仲良く育ってきたのだ。
私のお母様もアスターベル様とは仲が良く、お茶会に招かれたりはしているが、「家族ぐるみの付き合い」と言えば、王家とホークボロー家には到底敵わない。
実際、公式な婚約発表などはされていないものの、アイリシア様は公式な場で王太子殿下とダンスを踊っておられる姿もよく目にする。エピファラ様も有力候補だろうが、やはり王太子妃候補No. 1は誰かと聞かれたら、満場一致でアイリシア様。私なんかがアイリシア様に嫉妬してはいけないと思いつつも、胸がチクリと痛む。
「きっかけ…」
「そう、話すきっかけ。共通の話題、とか」
ビオネッタ様が、日焼けした、どこか精悍な顔で、力強く頷いた。




