婚約者が欲しい
「政略結婚…」
王立図書館にあるお気に入りの席で、窓の外を見ながら呟く。
私が結婚するにはそれしかないかも知れないと、ちらりと考えたことはあった。けれど改めて宣告されると、気分は複雑だ。お父様は「外国の有力貴族も候補に入れる」とおっしゃった。会ったこともない人と、言葉も不自由な国で、愛のない結婚生活を送ることになるかもしれないなんて。
私はトーウォール侯爵家の一人娘、名前はイベリス。貴族学校高等部3年生の17歳だ。悩みは婚約者がいない…というかできないこと。
貴族学校最終学年、しかも侯爵家の一人娘ともなれば、婚約者がいてしかるべきなのだが、クラスの男子生徒からはアプローチされたことがないどころか、会話らしい会話をしたことさえなく、婚約者のこの字も聞こえてこない。
お父様は一人娘に甘く、「身分さえ釣り合うなら、イベリスが好きな人と結婚するのが一番だ」と常々言ってくださっていた。高等部では名だたる貴族の令息たちが集うクラスに入れたので、期待もあったのだろう。
が、全く男子生徒と話せず(それどころか女子生徒ともほとんど話せない)、学校主催のパーティーからもそそくさと逃げ帰るばかりで婚約者ができる気配のない私に業を煮やし、昨夜ついに「卒業までに婚約者ができないなら、勝手に婚約者を決める」と私に告げたのだ。
会ったこともない外国の貴族と結婚…
嫌だ。
多くの女性がきっとそうであるように、私だって本当は、素敵な恋愛の末の結婚に憧れているから。
そして、もっと本当の本当は、私にだって、気になる人がいるから。クラスメイトであるクレイト王太子殿下。豊作学年のナンバーワンクラスといわれる私のクラスの中でも、もちろん頂点に君臨し、まだ婚約者のいないご令嬢やそのご両親たちから熱い視線を一身に集めていらっしゃる。
黒い髪に、この国の王族特有の紫の瞳。容姿端麗、文武両道、穏やかで冷静沈着な人格者とまさに非の打ちどころがない。こんな人が身近にいたら、憧れないではいられない。しかも、なんとしたことか殿下の婚約者はまだ決まっていないのだ。
「話したこともないし、目が合ったことすらないのだけれど」とまた独り言が出る。それどころか、私が同じクラスにいること自体、認識されていないかもしれない。私が教室では、教師以外とはほぼ誰とも話さないからだ。家族や、昔から仕えてくれている使用人以外とは、ほとんどろくにコミュニケーションができない。
「イベリスは私に似ているのだから、見た目はいいのよ。家柄だって悪くないのだし、頭もいいわ。自信を持ちなさい」というお母様の声が蘇る。
自分で言うのもなんだけど、確かに見た目も成績も決して悪くはない。コバルトブルーのストレートヘアにグレーの目はお父様譲り。整った顔立ちながら、ふにゃっとなる笑顔はお母様譲り。学校での成績も、遊ぶ相手がおらず勉強に専念するしかないため、ほぼ優等だ。
でも「容姿や成績に対する自信」とか、そういう問題ではない気がする。
いつから、どうしてこうなってしまったのか…考えてどうにかなるわけでもないけれど、ふと思い返す。
もともと人見知りで引っ込み思案な性格で、「あの…ええと…」が多くておしゃべりが上手でなかったのは確かだ。それでも初等部では、仲のいいお友達がいたにはいた。中等部への進学時、そのお友達が遠方の領地に帰ってしまって、まごまごしているうちにクラス内には仲良しグループができてしまい、どこにも入れないまま3年間を過ごし、そのトラウマを引きずって高等部でも2年以上過ごしてきてしまった…というのが自己分析だ。
いじめられたり仲間外れにされたりしているわけではないので、クラスメイトの目には、私が自分の意志で人付き合いを避けているように見えているかもしれない。
「せめて人と普通に話せるようにならないと始まらないけれど、今さらどうすればいいのかしら」