潜入計画
「じゃあ、まずはキチンと最後までコレットの話を聞こうじゃないか。今度は全部、順序立てて思いを吐き出すんだ。反論があるなら、それからでも遅くないだろう?」
大事な家族を懲役刑の危機から救ってくれた、寛大な措置をとってくれた軍人には悪いが、やはり優先させるべきは家族だ。
ヴェインはエクセリアに詫びのジェスチャーを入れ、それから改めて促すと、口やかましい誰かを牽制するようにチラチラとメイド服を睨みつつ、コレットが話を再開した。
ヴェインが自分を優先してくれたことが嬉しかったのか、いつもより饒舌に長々と語ってくれた。
「あのねパパ。バルちゃん3号をおぼえてる?」
「あぁ、魔法のステッキだろ? 杖を振ると、スキル魔法が発動する。コレットが紹介してくれたヤツだ」
「ウン」
コレットは頷くと、おもむろに人差し指を立てて宙をなぞる。
輪っかを2つ繋げたような召喚マークが描かれると、指の軌跡が光となって浮かび上がり、何もない空間から細長い棒状のモノが現れた。
誰も触れていないのに空中でユラユラと漂う杖は、バルちゃん3号。
正式名称、インフィニティ・ワンド。
コレットの固有スキル『破壊の歌姫』の本体だ。
ちなみに彼女がいつの間にか命名していた愛称に、特段深い意味はない。
小さなコレットの手にもスッポリ納まる細長い杖は、全体的に黒い色彩でデザインされており、トップには紅や碧の宝石のような透明調の石が埋め込まれている。
服が燃える火を連想させる紅色の石に嫌な思い出でもあるのか、エクセリアがインフィニティ・ワンドを見た瞬間一歩下がって防御態勢をとったのを、ヴェインはあえて言及しなかった。
「で、バルちゃん3号を呼び出してどうするんだ?」
「じつはね、この子、会話できるの」
「……ほぉ?」
「この子に口があるとかじゃなくて、あたまの中にしゃべってくれるみたい」
「あぁ、よく分かるよ。思念の伝達ってヤツかな。俺にも似た感覚はあるし」
「それでね。スキルは大きな1コのかたまりがあって、そこからほかのイッパイに形をかえて人やマモノの中にすんでいるんだって。バルちゃんも、そこで目覚めたんだ、って。ムズカしくてうまくいえないけど……」
「ふーん、初耳だな。でも、けっこう核心を突いてそうじゃないか、面白くなってきたぞ」
「そうなの? やくに立つ?」
「ああ。偉い偉い」
ヴェインはコレットの理解を助けてやるため、工夫を凝らして説明を加えてやった。
例えばロゼッタ御用達の画用紙は、絵を描くだけでなく、折り紙にして動物をつくってもいい。他にも小さく切ってメモ帳にしたりと、様々な用途に振り分けて使えたりする。
家でクッキーを焼くお手伝いをサーシャに頼まれたら、コレットは小麦粉や卵などを水で捏ねた大きな塊を小分けにし、星やハートの好きな形に生地を整える。
「高山に降り注いだ雨水が、支流となって下っていくつかの別の川になる。でも流れ始める水の出所は同じ山頂なんだ。どうだ、理解できたか?」
「むー。わからないけど、わかった気もする。オヤツのが一番わかった」
「ハハハ。7歳にはチンプンカンプンか」
オリジナルの概念がなんとなくコレットに伝わったところで、スキルも同様に親玉みたいな莫大なエネルギー蓄積体がどこかにあるのだと、ヴェインは推論に辿り着いた。
「話を総合するとだ。国家機関に属するモンスター研究所の地下深くの土中に、スキル誕生の謎が解き明かせるヒントが眠っているのか。ヒントというか、答えそのものかもな」
「コア・エネルギーっていうんだって」
「まさに核心……コア(核)じゃないか。そんなお宝ポイントがご近所にあったら、行きたくなるのも無理ないよな」
ヴェインの漠然とした認識によれば、ファンタジー世界の空想書物に登場する不思議なワザを操る魔法使いは、無から有をつくりだすワケではない。
落雷や発火現象を自在に起こすにも大気に溶けるマナを消費したり、源泉となる術式理論やカラクリが絶対に必須となる。
「俺たちが使うスキルも、きっと似た特徴があるんだ」
話を掘り下げれば掘り下げるほど、俄然興味が尽きない。
会話の途中なのにひとりで盛り上がってしまったヴェインは目を瞑り、思考の海に深く潜る。
コレットはインフィニティ・ワンドの求めに応じてスキル・エネルギーの供給源を探し歩き、おおまかな所在地を突き止めたようだった。
魔法系の杖だけに、世界中を脈々と行き交う力の流れを敏感にキャッチする能力にも長けているバルちゃん3号のお手柄だ。
「いわゆる、共鳴現象か」
ヴェインは妄想が捗る。
壮大なストーリーは雲を掴むようなツクリモノ感が満載だが、現実味も同等に強い。スキルは実際に存在して、自分も主たる当事者だからだ。
――普通の人間は、味方を殴っても戦闘経験値が急激に上昇したりはしないしな……。
「パパ、どうかな? 信じてくれる?」
「あー。ああ、モチロンだよ」
気付くと、上目遣いのコレットがヴェインを見つめていた。
小さな彼女の真剣な眼差しは、決死の思いで伝えてくれた事実を裏付ける。監視役のエクセリアはともかく、ひとつ屋根の下に住む家族までもが、不法侵入を正当化する嘘だと一刀両断するワケにはいかない。
――しかし、だ。
別の客観的な視点がヴェインに必要なことも、分かっている。
甘く考えたら痛い目を見てしまう、難儀な問題が待ち構えているのも一面の事実。
肝心のコレットの目的地が、軍の保有する敷地内にあるからだ。おいそれと気軽に訪問できないし、もう一段階の押しが欲しくは、ある。
なにか、あらゆる艱難辛苦を乗り越え、強引にでも基地内に忍び込みたいと思う決定的な動機が……。
「なぁ……これで、コレットの申し立ては終了か? もしも、まだ話が途中だったら続けてもいいんだぞ」
「ん……」
足りない動機を補う新たな進展を願って試しに水を向けると、コレットが素早く瞬きして迷う仕草をみせた。視線は常にエクセリアを捉えたまま、しきりに気にしている。
――もしかすると、冒頭からの歯切れの悪さの原因は、コレなのか?
つぶさにコレットの挙動を観察してみたヴェインは、微かな突破口が開けた気がした。
部外者の存在が、進展を阻んでいるのかもしれない。コレットは、エクセリアには聞かせたくない事柄があるのかも、しれない。
家族のみに聞かせたい重要な事柄が、あるのかもしれない。
ヴェインはその様子から機転を利かせ、事態が前進するよう祈って家族会議を提唱してみた。
というか、ここまで進んだのならラストまで突っ走りたい気持ちが溢れ返っていた。
秘密の打ち明け話が真実にしろ虚偽にしろ、膨らんだ興味が中途半端なまま萎むなど、冗談ではなかった。
ならば……邪魔者は、速やかに排除せねばならない。
「悪いが、エクセリアは少しだけ席を外してくれないか? コレットも俺たちにしか話しづらいこともあるだろうし」
ヴェインはやおら椅子から立ち上がり、監視の熱視線を放つエクセリアからコレットの姿を消すように立ちはだかる。
仕事を遮られた彼女の反応は、当たり前ながらノーを示した。
「内緒話? 勝手なこと……アタシに隠れて口裏合わせする危険性があるから、許可できないわよ」
「スマンな、副司令官殿。恩に着るよ」
「まだなにも許しちゃいないわよ……ちょっと、押さないでったらッ!」
「キッチンの戸棚に老舗銘菓の薄皮饅頭があるからさ。アッチで食ってていいぞ」
「イーカゲン、その甘いモノで釣るオコチャマ扱いを慎みなさいよ!」
「創業600年を超えて民衆に愛される、伝統の極旨レシピだぞぅ。ヤッホーイ」
そして、怒りだしそうなエクセリアを宥めすかして部屋の片隅に追いやろうとした途端、テーブル席の方から甲高い驚声が炸裂した。
「ほ、ほん! ホントでしょうかっーーー!」
ヴェインの思惑通り、一足先に内緒話を聞いたらしいサーシャが、泡食って目を丸くしていた。今にも椅子から転げ落ちて卒倒しそうになり、息を切らせている。
「あ、アワワワワっ!」
忙しなく肩を震わせ、不審な挙動を始めるサーシャ。テンパった時の彼女の癖だ。
普段はほんわか癒し系で大人しいのに、上手く感情を処理できないと、こうなってしまう。
何をコレットに吹き込まれたのやら。
ご相伴にあずかろうとヴェインがキッチンから戻ろうとするも、我慢しきれないサーシャが大声で全部暴露し始めてしまった。
……それは、充分パニックに値する内容だった。
「ろ、ロゼッタの視力が回復すると、私には聞こえたのですが!」
――え……?
「カノウセイの話だよ、ママ」
ヴェインも、足が止まった。
「しかしですね。蒼光のエネルギーによる負の影響で奪われたのなら、元凶を当たれば復活するかも、と。仮説の段階ですけど、力を逆流させたら奇跡は起こりうると、バルちゃん3号が仰っていたのですよね?」
「うん。ケタちがいのパワーをもってるんだって。だからバルちゃんの言うとおりの場所にコッソリ入ろうとしたら、へんなシロフクの人に止められたの」
「それはイケませんね、無粋なお人もいるものです……。では早急に地下調査に参りましょう……ヴェインさん!」
サーシャの顔が、昇天しそうなくらいランランと輝いていた。
ここ半年で、最も会心の弾け具合いだ。
呼ばれたヴェインが近づくと、さぞや興奮状態で弁舌を捲し立ててくると思いきや。
断片情報しか耳に入れていないヴェインなどお構いなしに、銀糸の髪の彼女はいくつかすっ飛ばして結論のみを述べた。
たったの一言。
「行きましょう」
笑ってしまうくらいの即断即決に、ヴェインも簡潔に答える。
「ああ、行こう」
無論、異論などない。
詳細は知らないが、彼女が受けたであろうプラスの衝撃度だけは、深く共有していた。
軍とか法律違反の件とか、クソややこしい些事などはもう、頭の片隅にも存在しなかった。
ふと、テーブル席でせっせと画用紙に向かっていたロゼッタに視線をやると、2作目の絵はほどなく完成を迎えようとしていた。
絵の中の登場人物は4名に増えており、地平線の彼方まで草原がどこまでも広がる晴れた平野で、ノンビリとピクニック休暇を過ごす家族の幸せな風景が色彩鮮やかに描かれている。
お揃いのフレアドレスを着たロゼッタとコレットが協力し、手編みで作った野の花の冠。その輪っかがヴェインとサーシャの頭に乗せられている場面だった。
「これって……丸まった蛇じゃなくて、花かんむりの輪だったのか」
「そうですよ。下書き段階では細長いロープみたいでしたから、ヴェインさんは勘違いしていたのです。今日の殺伐としたオロチ戦ではなく、ほんわかムード満載の可愛いスケッチですよね」
サーシャは目じりに涙を浮かべてロゼッタの絵を眺め、しみじみと語る。
「この絵のような日常を、取り戻したいと思いませんか? ロゼッタにも、是非ともこの美しい世界を瞳に映してほしいじゃありませんか。コア・エネルギーで眼の治療に成功したら、叶うのです」
琴線に触れる演説に、心打たれるヴェイン。
こんなグッとくる説得をされたら、反対の余地など微塵も残りようがなかった。
高揚したヴェインは椅子の上にジャンプして飛び乗ると、改めてギルドの仲間たちに指令を送る。
その声には、魂からの賛同が確約された迫力が篭っていた。
「よっしゃ! 皆の者、明日の朝にもモンスター研究所の地下探検へと出発だッ!」
「ハイ! ギルドはしばらく休業です」
「どうせ客なんて来ないしな」
「閑古鳥万歳です」
「コレットもお手柄だ。ナイス情報だぞ」
「うん、やった!」
怒涛の流れで万歳三唱コールが築70年の古い家屋にこだまし、内輪だけの喝采に包まれるリザレクト・クラウン。
建物全体は慶びに揺れ、いつもなら僅かな生活音だけで軋んでしまうボロい床板や錆びついた扉のネジのノイズは不快でしかないが、この瞬間だけは家族の行く末を祝福する鐘の音に思える程だった。
「バンザーイ! バンザーイ!」
その最高潮のボルテージの中で、浮かないノイズが申し訳なさそうに1滴混ざる。
「ねぇ、チョット……?」震え声が囁かれた。
歓喜の渦が湧き上がる室内で、ひとりテンションの著しく低い人物が突っ立って居た。
とびっきりの仰天お宝ニュースが舞い込んだというのに、死んだ魚のような瞳で茫然とするエクセリアがガタガタと震えていた。
「あ……アタシの存在を忘れてない?」
「え?」
「アタシは、仮にもグランディア帝国所属の軍人よ」
「だから?」
「国家の治安と規律を司る、法秩序の番人なの。体制側の人間の目の前で、シレッと軍事施設への潜入計画を練らないでくれる?」
「……何を大袈裟な。単なる一家団欒の家族会議だぞ。楽しく食卓を囲み、1日の出来事や明日の予定を報告しあうアレだ」
「物騒な戦略会議にしか思えないアタシは、心が卑しいのかしら。もっと悪びれなさいよ。コソコソやりなさいよ」
「お、おい。まさか黙認してくれるのか? エクセリアが帰った後にコソコソやればOKらしいぞ! やったなサーシャ!」
「それは朗報です。トントン拍子で進展して喜ばしい限りですね。副司令官さんが直々に、地下の入り口まで案内していただけるサービスも追加でお願いできますか? 敷地に詳しいお方がいると、かなり道中の安全性が高まるのですが」
「既に行くこと前提? 既成事実化しないでよ!」
「どうしてだ? 『―厄災の滅光―』の真相を炙り出せる千載一遇のチャンスに恵まれたのに、ミスミス逃す手はない。コレットの推測部分が多すぎて曖昧だからか? だったら余計に、直接地下層に行って自力で調査しないとな。何もなければ大人しく帰るからさ」
「だ、駄目だったら! えぇい、全員逮捕よ! 特殊刑法の組織共謀罪の構成要件を満たしまくっているわ………………って……」
場が凍りつき、シンとする。
まるで事前に約束していたパーティーが、当日になって急遽延期になったように……。
エキサイトした絶頂感は削がれ、部屋全体が色褪せていた。
「な、なによ。白けた雰囲気を演出したって流されないわ。アタシは空気読まないわよ。軍として無理なものは無理だから」
「…………」
「4対1で議論を進めるのは卑怯よ。数の論理で押し通せると思ったら大間違いだから」
「……」
「そ、それならコッチも物量で徹底抗戦よ。研究施設の門にバリケードを築いて、国中から大量に掻き集めた警備兵を隙間なく並べて、ツチノコ一匹潜れなくしてやるから」
「いいこと? 来ちゃダメよ、絶対に。アタシは本気だから」
「もし実行したら、覚悟なさいよ」
最後の方は、エクセリア独りで絶叫していた。
誰にも歓迎されていない寒々しいムードには気付いているようで、彼女は何か喋るたびに一歩ずつ後退し、段々と声が遠くなっていく。
ヴェインたち家族の絆が結集し、透明な障壁となってエクセリアを外まで押しやっていくように感じられた。
「―――っ! …………――ッ!」
しつこく喚きたてている警告文句は少しの間、振動した空気に乗ってギルドの外から響いていたが、もはや意味を成す言葉として聞き取れない。
やがて遠吠えも完全に消え去り、招かれざる客の残滓も霧散した頃。
エクセリアのために用意されたカップのお茶は冷め、柑橘ジュースの氷も溶けて同じ温度となってしまっていた……。