潜入計画?
第三章
「どうして、お家をコッソリ抜け出してお国の極秘施設へ忍び込もうとしたのですか?」
さて、いつまでもふざけていられないので本題へ移ることにした。
知りたいことや分からない謎があるなら、その当事者本人に喋らせるのが手っ取り早いし、究極的には唯一の疑問解消手段であると、ヴェインは考える。
ギルド内のフードコートにある客用テーブルに雁首が並べられ、代表としてサーシャが静かに話を切り出した。
「……………………」
コレットは、、、無言でテーブルの木目をジッと見つめている。
口を尖らせたまま、不機嫌そうな態度は帰宅してからも変化の兆しがなかった。
「時間の浪費よ。激闘の末にアタシが捕まえて尋問しても、同じ様になしの礫でダンマリ決め込んじゃって。歯がゆいったらないわ」
痺れをきらしたエクセリアが口を挟む。
「まぁまぁ、服を燃やされてイライラする心中は察するが、ココは俺たちに任せてくれないか。家のことは、家の者が対処するからさ」
「なによ……わかったわよ」
レストランのウェイトレスが着るメイド衣装をサーシャから貸し出されたエクセリアが、部外者扱いされたことに拗ねたのかそっぽを向く。
フリフリのレース刺繍と短いスカートがふわりと揺れた。
「エクセリアさんにも多大なご迷惑をお掛けして。もし他の軍人さんに逮捕されていたら、投獄の処罰になっていたやもしれません。賢いコレットなら、どんなに危ない橋を渡ったか理解できていますよね?」
「…………」
「なにか……只ならぬ理由があるのでしょう? ワケもなく力を乱用して暴れまわる子でないのは、私は知っていますよ。もしも伝えたいことがあるなら、キチンと相手の目を見て話しましょうね」
サーシャは、相手が年下でもイタズラに叱責せず丁寧に接する。
いつもの家庭内でのやりとりだ。
時に怒鳴り散らして追及するよりも、反省効果が望める場合もある。無論サーシャの場合、もともとの清廉な性格もあるだろうが。
そして、紅茶も冷めて湯気がスッカリ消え去った頃。
意図は十分伝わったようで、コレットの頑なな態度が氷解しようとしていた。
幼いながらも悪いことをした自覚はちゃんと持っているようで、後ろめたさがあるのだろう。
終始下を向いていたコレットの輪郭の全貌が確認できるくらい動き、小さな愛らしい唇が開きかけていた。
「ママ」
「はい。なんでしょう?」
「あの森にはね、ひみつきちがあるの」
「ひみつ……秘密基地ですか?」
サーシャの言葉にコクリ、と首肯を示したコレットは再び俯く。彼女の口数が少ないのは日常風景なので、特に気になる点はない。
よく喋ってくれる明るいロゼッタとは正反対で、同じ顔の双子なのに両極端なのは興味深くもあった。
ヴェインはこの差に優劣などつける気はないが、陰と陽、こんな喩えがピッタリ当てはまる。
「どうでしょう? コレットが一生懸命お話してくれたのですが、何か重要情報を読み取れましたか、エクセリアさん」
ひとことだけ述べ、それっきり黙してしまったコレットへの質問を一旦終わらせ、サーシャはエクセリアを見上げて意見を求める。
現在はギルドの家族4人が椅子に座り、担当監視官のエクセリアは近くに起立して成り行きを見守っている位置関係だ。
訊かれたエクセリアは眉をひそめ、やや困惑気味に答える。
「そうね。軍の施設だから、一般には公開できない秘密もあるし、基地だってあるわ。アタリマエ過ぎて論評のしようがないわね」
「森ということは、モンスター研究所が建っていた辺りでしょうか?」
「へー。さすが地元民、詳しいわね。でも、あれが建てられたのは相当以前だし、民間の施設だったから皆も知ってるでしょうしあえて言うけど、軍主導になっても1F建て物件の構造は変わっていないわ。研究目的も一緒で、野生モンスターの脅威度測定よ。特に秘匿すべき追加データは思いつかないけど」
「――あっても言わない、の間違いだろ。守秘義務のある副指令官殿」
ヴェインが引き継いで、横槍を入れる。
「なによ、随分と含みのある言い方ね。アタシは第27管轄区の責任者ナンバー2だし、地域内の大抵の情報に精通しているけど、残念ながらその施設が殊更違法でアブノーマルな研究に手を染めたりは――」
「そこじゃない」突然、コレットが遮った。
「……え? 今のはアタシに言ったのかしら、おチビちゃん」
今日だけで何回も公務の邪魔ばかりされ、煮え湯を飲まされてきたエクセリアが不愉快そうに睨みをきかせると、コレットはプイと横を向いて知らんぷり。
この2人の相性は、どうやら最悪の部類に分けられるようだ。
「ちょっと待った。些細な諍いごとにうつつを抜かしている時じゃないぞ。俺はもう少しコレットの話を聞きたい」
コレットが珍しく、他人の発言中に口を開く大胆な行為に驚いたヴェインは、急いで話の視点を彼女に戻した。見逃せない重大な内容が含まれていそうな予感に溢れていたからだ。
「そこじゃないって? 大陸北部は経済的にも人口的にも過疎ってるから、森周辺の土地には、秘密基地っぽい建物はひとつしかないが」
「パパ。したなの」
「した?」
「した」
「……したって、下か? 地下のことなのか?」
コレットのワンワードポツポツ喋りを翻訳しようと頭を駆使していると、今度はエクセリアが主導権を奪還し返す。
「ああ、これは一本取られたわね。さっき研究施設は1F建てって言ったけど、地下階の設備もあるわよ。凶悪な大型モンスターをケージに閉じ込める頑丈なつくりのフロアがね。万が一の脱走に備えての配慮よ。おチビちゃん、揚げ足を取ろうったって、」
「そこじゃない」「え?」「もっとした」
もっと下?
「そろそろ苦しいデタラメは止め時よ。さっきから黙って聞いてれば、滅多なこと口走らないで頂戴。建物の下は土で埋まっているだけで、いったい何を隠すっていうの? スキルを使った鬱憤晴らしの破壊工作を正当化する嘘を重ねる気なら、容赦しないわよ」
「この人、だまってないしウルサイし、……ウソもついてない」
「おチビ。保護監視官であるアタシに口答えする気? 緊急逮捕権を行使してほしいの? むせび泣きするくらい反省するまで牢屋にぶちこむわよ。あと、謝らないなら燃やされた指揮官制服も弁償してもらうからね。国章が刺繍された高貴なる衣装を破損させる行為は、国家そのものに対する冒涜だと知るがいいわッ!」
「……うるさい」
子供の喧嘩が勃発する。
言った言ってない、秘密情報隠ぺいの有無など、今すぐ証明できない真偽での水掛け論。
エクセリアの髪色のように着火した炎は、ちょっとやそっとの冷水を浴びせても鎮火しそうになかった。
「……さて」
この問題を、どう捌くか。
目の前で展開される罵詈雑言をBGMにして、暫しの思考に耽るヴェイン。
対立中の武闘派2人が互いにヒートアップして、紅茶のマグカップが飛び交う阿鼻叫喚な現場に陥る前までには、なんとか決着案を編み出したいが。
「うーむ……あまり一方に肩入れしすぎるのも、筋が悪い乱暴な解決法だ。かと言って、中途半端な折衷案で妥協するような関係性なら、最初からこじれたりしないしなー」
ヴェインがブツブツ呟きながら頭の体操に集中していると、パッと脳内に事態を収めるヒントが降臨した。気がした。
「……そうか。我らが聡明なリーダーが、壊れた人間関係の修復にすごく役立つ方策を授けてくれてたじゃないか。アレを応用すれば――」
たとえば、本日の出来事から得た教訓に学ぶ方法が適用できるかもしれない。
たとえば、ウラギリスキルがレベル1に戻ってしまうデメリットや、
たとえば、ロゼッタの視力を復活させる話の過程で、リオード司祭が含蓄のある説教をくれたことを思い出す。
これらの共通点は、初志貫徹だ。迷ったら壱から出直せ、最初の志を忘れるな。
そんな意味合いだった気がする。
すると、自然と採るべき展望がひらけてみえた。
そしてこの決断が分岐点となり、今後のヴェインらリザレクト・クラウンに所属するメンバーが進む道が定まった瞬間でもあった。