第一部・完
「それには及ばないわよ、ウィンクス総督」
半分目が開かないヴェインの耳に、有り得ない幻聴が轟く。
「まったく。真実を半分混ぜれば父が納得すると思うの? ポンコツヴェインでも勝てる魔物に、アタシが後れを取るワケないでしょ」
「ヌ……?」
終始優勢を確信する黒騎士から、訝んだ疑問符が漏れる。
「ダンジョンマスターたる我の支配するフィールドに降りてくるとは……正気なのかリヒテンヴィッツ副司令。指揮官の判断の過ちは国を亡ぼすと、しつこく扶植したであろう」
「だ・か・ら。心配には及ばないわよ裏切り者が……。ブロウディア王の意向に背いて、スキルの魔石を我が物にしようと企んだわね。報いは受けてもらうわよ」
「未熟者の羽虫が何匹集まろうとも、山は動かせぬぞ。なんだその頼りない貧相な集団は、女子供ばかりではないか」
ヴェインの鼓動が脈打つ。
やはり死に際の幻聴が脳を蝕んでいるのだ。
「ヴェインさん!」
聞き間違うはずのないサーシャの叫びが、鼓膜を震わせる。
「パパ!」
双子の娘が、一斉にハモった。
首も動かない。ヴェインは目線だけで昇降機を見上げると、戦場に不釣り合いな大きなリボンを結ったドレス姿のロゼッタが、コレットに介助されて登場した。
「パパ、どこなの?」
「パパは今、ワルモノ退治のお仕事中なのですよ。さあ声援を送りましょうね」
「がんばって」
「はい、敵を追い詰めています。もうすぐ勝てそうですよ」
「やったぁ! パパはヒーローだからね」
目の見えない娘に堂々と嘘をつくな。
ヴェインは血で塞がれた片目で洞窟の天井をボンヤリ眺め、愚痴をこぼす。
エクセリアは、どうしてギルドの家族を率いて来たのだろう。ボッコボコにやられている様を見られるのは、本懐ではない。
ウィンクスもそこだけは不可解なのか、事態のはかり方を扱いかねているようだった。
「解せぬ……」
足元で伏せている瀕死のヴェインにだけ、辛うじて戸惑いが伝わった。
「戦力の増援は……ゼロに等しい。コアの神通力を失った無能力の女に、視覚障害の足手纏い。唯一のスキル保持者は、王の魂を封印され魔法は発動しない。箱庭の中では、スキル戦で我に勝てる者は居ないのだ、揃いも揃って殺されるために集結したというのか」
イイネ。
魔導蓄積体の独占アクセス権を掌握するウィンクスに一泡吹かせてやれただけで、結構善戦できたんじゃないか?
笑うと、口腔内に鉄の苦味が広がる。
きっとエクセリアには秘策があって、万能の無敵属性を手にした相手にも勝利できる方法を引っ提げて地下に訪れたのだ。
逆転の余地は、どこかにある。
確かに、ある。
「あーークソ。笑うと全身が痛い。喋ると自分の吐血で窒息しそうだ。でもさ、男にはやらなきゃならない瞬間があるんだよ」
ウィンクスが、大地に転がる死に損ないに反応する。
「黙っておれ。其方の墓標づくりが早まるだけだぞ」
考えることが面倒になった黒騎士が、羽虫どもを順序だてて始末しようと腰の大剣を抜いてヴェインの心臓を貫く。
しかし、その動作が途中で遮られた。
コアを形成していたプレートの破片が、祭壇から素早く舞ってヴェインを護る。剣先は盾となったプレートに当たり、心臓の手前でピタリと止まった。
腕に殺意を込めるウィンクスは、ビクともしない透明な薄皮一枚に苦戦し、飛び跳ねてのけぞった。
「なぜだ! なぜ我に逆らう! 所有者は……所有者?」
ハッとしたウィンクスは、昇降機にいる銀糸の少女を向く。サーシャは、心配そうな瞳で胸に手を当てているだけだ。
「違うんだよなー」
ヴェインは、勘違いしている憐れな男に真実を教えてやる。
「アレさ……俺が動かしてるんだよ」
「バカを云うな!」
苛立つウィンクスは、漆黒の鎧の右手を掲げてコアに指令を出そうと躍起になる。
「そ、操作不可? アクセス遮断されただと!」
振りかぶった大剣の柄に両手を添え、ヴェイン目掛けて全力で放つ刺突は、周囲を粉状に舞うプレートに包まれて阻まれてしまった。
「強さをひけらかすから肝心な時に足を掬われるんだ。理屈は簡単だぜ、リオード司祭」
ヴェインの視界が虹色に染まる。一時的にコアのコントロール権が移譲された証拠だ。
「アンタも知っての通り、スキルは二段階で発動する。リザードマンの『屍の再利用』を撃破した後、再び合体してハンバーグになった過程を見てただろ? エクセリアはそれを形容して、スキル保持者の成れの果てと呟いた。今回の俺も同じことだ。一度負けて瀕死になって進化した『ウラギリスキル』は、高機能化を遂げる」
「要するに、ウラギリモノに裁きを下す能力に特化したんだよ。スキルを永遠に破棄する帝国の方針を『裏切った』ウィンクス総督閣下は、俺の新スキルの餌食となる。黒騎士の持つ全ての力は、俺の意のままに操られる」
ほらよ。
満身創痍のヴェインが辛うじて動く小指を掲げて命令すると、コア・プレートは輝きを放ち、白騎士の鎧姿に変貌する。
「俺が育てた巨神兵だぜ。一回くらい俺のために戦ってくれてもイイだろう?」
白騎士の大きな槍が、黒き野望を打ち砕いた。
(第一部・完)




