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他に方法が無いので、しょうがなく仲間を殴ります。あくまでしょうがなく

 ヴェインとサーシャ。

 この若者2人のコンビの出逢いはちょうど半年ほど前で、とある地獄のような災禍の現場に偶然居合わせた経験を共有する。事件の名は、


 ――『厄災の滅光』――


 帝皇紀584年、冬。その年で積雪が初観測された凍てつく季節。皆が新たな一年を迎える準備に忙しい暮れの時期。

 グランディア大陸の南側に位置する帝都ブロウディアから遠く離れた最北端の未開の僻地。山々に囲まれた窪地で起きた未だ原因不明の事件を指す。


 北の過疎地のため情報収集に手間取った中央政府の暫定アナウンスによれば、それを山のマグマ溜まりが一斉噴火した大爆発だったと証言する者もいれば、ミステリアスで神秘的な青い光が絶え間なく空に向かって放射状に伸びていたとの怪しげな情報もあり、かなり錯綜した現場であったことだけは皆が唯一容易に想像できた。


 なにせ爆心地は塵ひとつ残らず、住宅や農地や何もかもが集落ごと消滅するほどの破壊力だった。

 人類史に名を刻む不可解さと『謎』。


 その、『―厄災の滅光―』に不運にも巻き込まれた数少ない生き残りがヴェインとサーシャであり、よって帝都の軍人に保護という名目で厳しい監督下に置かれるハメとなり、自由な生活が困難となっていた。


 2泊以上の旅行もダメ。そもそも家からの外出すら難色を示す。例の滅光を至近距離で浴びたせいか、定期的に採血検査を強要され呼吸さえ許可制を申告せよと言わんばかりの劣悪モルモット待遇。

 かなりの部分で人権を蹂躙する制限が架せられ、これではマトモな暮らしは望みようがなかった。


 サーシャの沈黙を説得完了の合図と解釈したヴェインは、改めて訊ねようと馬車の客室を振り返った。

 再び下山を申請すれば、きっと彼女も賛成票を投じてくれるはずだ。デカい図体のオロチに追いつかれない複雑なルート選定は、既にシミュレートが済んでいる。


「誠に遺憾だが、冒険者の救助は諦めるしかない。なあ、分かるだろサーシャ」

 返答を促すと、青ざめた顔で俯いた彼女は一呼吸置いて、こう言った。


「……ハイ、わかりません」

「そうだろうそうだろう…………え?」


 ワカリマセン?


「人助けが、そんなにイケナイことでしょうか。困っている方がいたら、手を差し伸べたいと願うことが、悪でしょうか」


 サーシャが眩しすぎる台詞を吐く。神々しすぎて直視できない。

 コノヤロウこの期に及んでええ格好しいのキレイゴトほざきやがって、と揶揄したくなる気持ちをグッと堪える。


 彼女は、これを真顔で、本心からのたまうから性質が悪いのだ。どういう育ちをしたら、彼女のような優しくて純真な生き物が誕生するのか。ある理由によってサーシャの出自は知らないが、一度故郷を訊ねて訪ねてみたいものだ。


「……マジかよ」

 ヴェインは……怯んでしまう。


 否、やるべきことは理解している。すぐさま鞭を取り出し、サーシャの無垢なる意向などシカトして馬車を走らせればよいのだ。手綱を握る御者担当は自分なのだ。


 頭では分かっていても、実行には移せず……固まっていた。


 彼女の悲痛な面持ちが、目尻に浮かぶ大粒の涙が、ヴェインの心情をこれでもかと掻き乱す。どうしても、逆らう決意がジワジワ鈍っていく。

 そしてついに、一線を超えるクリティカルな一撃が放たれてしまった。


「……ヴェインさん。パン……彼らの昼食パン、食べましたよね」

「な、なんだよ急に?」


「働かざるもの食うべからずです。食べてしまったからには、働くべきです」

「だから、俺らの労働条件は毒沼までの道案内であって、務めは充分に果たした……」


「いいえ、往復の馬車運賃は昨晩既に現金で頂戴済みです。私が何を言いたいのか、もうお分かりですよね?」

「クっ……」


 ヴェインは口元を苦々しく歪める。


 サーシャの主張はこうだ。今日、彼女が任された仕事は冒険者パーティーの荷物預かりで、パンと葡萄酒は彼らの所有物であって、それを誰かさんが紛失してしまった。

 従って、トラブルが露見すると甚大な責任問題と賠償請求に発展しかねない。


「金銭問題が生じたら、私たちのフトコロ事情ではたちまち破産です、だから」

「だ……だから?」


 仕事の不手際をリカバリーするには、『とある行為』が急務となるであろう、と。


 ――しくじった。


 ヴェインは腹を擦り、胃酸に溶けつつあるパンの行方に想いを巡らせる。

 ならば、毒の沼で骨までドロドロに溶かされた後、オロチの栄養源にされそうな危機に瀕した冒険者3名にも、同時に想いを馳せるべきなのか。


「わーったよ、助けに行きゃイイんだろ? ……どうなっても知らないからな」


 己に向けて呪詛の舌打ちをすると、ヴェインは運転席の高台から勢いよく地面に飛び降りた。




「いってらっしゃいませ、お気をつけて」


 そんな背後からの激励をヴェインは耳に挟みつつ、戦場へと歩を進める。セーフゾーンである大樹の木陰を大回りして開けた場所に辿り着くと、ひどく不愉快な臭気が濃く漂っていた。


 ヴェインは反射的に口を覆い隠す。

「なるほど……コイツはサッサと用事を済ませないと拙いな」


 元々は麓の村々の生活を潤す水源であったはずの円形の泉は、グツグツと煮えたぎるように水面が泡立っており、粘り気のある紫色の毒沼に変わり果てている。


 周囲の草木は瘴気にやられ軒並み枯れて腐り、大自然の浄化作用が間に合わぬほど萎びた不健康な空間が広がっていた。


「人体の神経系を冒す毒ガス……か」


 滞在時間が長引くほど、人間側に不利なバトルフィールドだ。病原菌発生源たる魔物を排除するにあたって、その辺の計算も働かせられない戦闘のプロフェッショナル共に、ヴェインは呆れ果ててしまう。


 いかに高価なメタルアーマーを装備したって、マッチョな筋肉鎧を纏ったって、空気感染をブロックできないのは一目瞭然だ。


 ――毒沼、巨大ヘビ……。予期できる危険除去の対処法くらい、アホでも考慮できる。露骨に相性が悪いんだから、血清アイテムとか、ヒーラー職の一人くらい調達しておけよ。


「脳筋め」


 ヴェインが億劫そうに防御力ゼロのラフな格好のまま援護に訪れると、突然現れた人影に驚嘆したのは冒険者リーダーだ。


「なッ……! オイ運び屋! なにノコノコ姿を見せてんだ? 奥で隠れて待機してろって命令しただろうがッ! 茂みの小枝にひっかけただけで糸がほつれそうなペラい服装じゃ、戦場には不釣り合いだ!」


「スミマセンねぇ。アナタ方のお帰りが超絶遅いので、様子を伺いに来た次第でして。確か事前のお約束では、とっくのとうに村に帰ってる頃合いなんですが……」


「う、うるさい! テメェ死にてーのか? 戦闘レベル1の雑魚が軽はずみに足を踏み入れていい領域じゃねーんだよ! こちとらギルドライセンス持ちのレベル10が、3人束になっても苦戦してるんだぞ」


「俺もそう言ったんですがネェ……。相棒の彼女が涙しながら、アンタらを見捨てちゃ駄目だとゴネまして」


「アンタら? 客に向かって吐く台詞か、ガキが生意気だぞ!」

「あー。レベル10如きで大威張りのモブキャラがピーチクパーチクうるさいなー。もとい、申し訳ないですねーお客様。名前すら忘れたけど」


 苦戦だと? 全滅の間違いじゃないのか。との無慈悲な指摘は彼らの名誉と自尊心とお情けで、胸の中だけに仕舞っておく。ヴェインは猛毒の霧による痙攣で動けない髭のリーダーの下へ歩み寄り、


「スマン」

 キチンと謝罪しつつ、彼の無防備な頬を軽く平手打ちした。



『バトルシークエンス突入』

 ヴェインの脳内に、そんな機械的な合成音が鳴り響く。


 続けて、先制攻撃成功によるボーナス経験値の加点も発生した。

 すかさずヴェインのレベルが急上昇し、1から6まで飛躍的にアップする。


 訳もわからず殴られた冒険者パーティーのリーダーは、ポカンと口を開けて叩かれた頬を押さえ……られない。彼は毒で身動き取れないからだ。


 代わりに痺れて呂律の回らない舌で、辛うじてヴェインに抗議をぶつけてくる。

「お、オイ運び屋……。おまえ、客であるオレを殴ったのか?」


「ああ、殴ったね。だが我慢してくれ、アンタだって山奥で孤独に死にたくないだろ? 俺が代理で、あのデカブツオロチを退治してやるからさ」


「い、意味ふめ――ぃダっ! いてッ、また殴りやがったコイツ」


『コンボボーナス発生』

 面食らう眼前の男をヨソに、ヴェインは頭に直接語りかけてくる機械声に耳を澄ませ、再度のレベル上昇を認識した。

 確か、攻撃対象への連続ダメージは、普段より1・57倍のオマケポイントが付与される計算だ。


 ただいまのヴェインの合計取得経験値は、レベル11相当に跳ね上がる。


「ホラ、もうアンタらの戦闘力を追い抜いたぞ。一体なんなのだろうな、地道な努力って」


 精一杯手加減したビンタで冒険者にペチペチと与えた痛みはせいぜい1ダメージだが、それでも凄まじく膨張してしまう成長率……。


 ヴェインは世の儚さを嘆かずにはいられない。


 ――すべては、あのフシギな蒼光で様変わりしてしまったんだ。

 ――勝手に、頼んでもいない妙な『スキル』を植えつけやがって……。


 ヴェインが不公平な世界にウンザリしていると、眼前の混乱した男が喚き散らす。


「て、テメェ……この絶望的な状況に錯乱したのか? レベル11に成長だと? 戦闘経験値が、そうそう簡単に溜まるかよ! 口申告だけの思い込みも大概にしとけ。しかも短期雇用とはいえ、一緒に行動する仲間に不意打ちビンタかましやがって、寝言も寝てから言え! もしくは――そ、そうか……おまえら2人組みは、最初から魔物側に寝返ったウラギリモノだったのか! オロチの攻略難易度も、B級にしては強すぎるワケだ! オレたちは高額報酬に釣られて、まんまと山奥に誘き寄せられた餌――」


「ハァ……。だから嫌なんだよ。結局こうなるんだよなぁ」


「そうだ、風の噂で聞いた覚えがあるぞ。例の超常現象……『―厄災の滅光―』で怪しげな蒼の閃光を浴びた生物が、スキルとかいう謎の力に目覚めた話だ。北の僻地で強大なスキルの力を得たモンスターと人間がグルになって、帝都を滅ぼすクーデター計画が……」


「うるせーなー。冤罪だっての」


 至近距離で延々ギャンギャンとエンドレスな恨み節を叫ばれ、ヴェインは辟易してしまう。想定の範囲内とはいえ、テンションは下がる一方だ。


 しかも彼のクレームが至極真っ当なのだから、余計に始末が悪い。


『ウラギリモノ』

 そうレッテル貼りしたくなる心情は、痛いほど分かる。


 戦場で味方に正面切って殴られたら、誰だってそう判断する。敗北濃厚で心が荒んだシチュエーションなら尚更だ。


『ウラギリスキル』

 特定の条件を満たすとオートで発動するヴェイン固有のスキルは、チームやパーティー、同行者など、要するに仲間に属する対象にアタックダメージを加えると、そのポイント分が経験値として算出判定される仕組みとなる。


 面倒なことに、ヴェインが何匹、何万匹と敵モンスターを蹴散らしても、一切の戦闘技術も向上しないし、そもそもレベル1でパラメータ固定なので最弱モンスター・スライム辺りも満足に倒せない有り様だ。


 あくまで、味方を殴ることでのみ攻撃判定がオンになる……所有者本人曰く、世界で最も覚えたくないクソスキルである。


 男に詳しく事情を説明したって納得してもらえる保障はないし、同情が誘えないのも明白。

 よってヴェインに唯一できることは、


「スマン」


 せめて、謝ることくらいであった。

 そしてまた軽めにビンタした。経験値稼ぎの微調整でデコピンも加えてみた。



「ふ、ふ、フザケんなよ運び屋ァ」


 これに腹を立てたのは冒険者で、煮えくり返った怒りを究極まで溜め込んだ呪いの言葉が吐かれ、

 怒りを究極まで内包した馬鹿力で、地面に落ちていたロングソードを震える手で握りなおし、横一閃に振るってきた。


「いっぺん死んでコイや、ウラギリモノがぁぁぁぁ!」

「――ッ!」

 ヴェインは、完全に無警戒だった。


 相手は猛毒の効果で弱々しく地に伏せた病人。満足に動けるとはとても考えられない。


 しかし、オロチが捕食しようと接近してきた時に、一矢報いようと最後の悪あがきのために残しておいた力と、頂点にまで達した同行者の裏切り行為による憤怒の相乗効果で、冒険者当人でさえ驚きの機敏さを発揮した過去最速を記録する必殺の斬撃が生まれた。


 パンがたらふく詰まったヴェインの腹めがけた渾身の剣戟は――、

「よっと」

 アッサリ躱された。


「なっ! なぜだ……」

 膝を折り曲げ、身体を後ろに反らせブリッジすることにより、胴体が真っ二つになる寸前で回避に成功した元・レベル1男に、愕然とするレベル10。


「か、完全に虚を衝いたハズだ……」

「え? そうだったのか? 実力差が有りすぎると、相手の気持ちがわからなくなるのかね」


 ヴェインは微塵も焦る様子はなく、飄々と起き上がる。


「た、たかが馬の世話係にすぎない素人が、戦闘のプロの太刀筋をいとも容易く……」


「だからさ、レベル10の未熟な剣捌きは遅すぎて見切れちゃうんだよなぁ。アンタが密かに右腕に殺意をチャージして、ロングソードを掴んで、気合い溜めの時間を作って……。それだけの多段モーションがスローで経過したら、流石にヒラリと避けてやるのが礼儀だろう? 今の俺は、レベル14だぞ」


「は、ハァ? さっきまでは11って……」


「あぁ。なんかアンタが勝手にメンタルにダメージを負ったらしく、ウラギリスキルがまた追加で作用したらしいぞ。相手に与えたダメージを経験値換算して蓄積する特殊能力だからな、トーゼン精神面の攻撃もカウントに含まれる。ホラ、無能なレベル1如きにビンタされるとは、夢にも思わなかったろ? あ、あと、馬車の荷台に積まれたパンを全部食べ尽くしちゃったのも、先に謝っておくわ。もしアンタら3名を五体満足で助けたらチャラにしてくれるか? それとも村に帰ったら別のパンを弁償するか選んでくれ……って。あれ、気絶してる」


 ヴェインはくどくど並べた言い訳めいた会話をストップする。もう相手の耳に届かないからだ。


「振り絞った最後の余力が底をついたのか。できればそのエネルギーは、俺じゃなくモンスターにぶちまけてほしかったけど……」


 ヴェインは、だらしなくノビた体勢で意識を失った筋肉質な男を担ぐと、仲間の下へとりあえず運んでおいた。

 この運賃は、特別に無償でいいだろう。


「さてと――、お次は第2ラウンドか。俺が戦闘に巻き込まれる場合、常に連戦が確定してるから疲れるんだよなぁ。逆ギレした仲間と、敵モンスターの2段重ねでさ。弁当だって、2段3段の重箱をひとりで食えって言われたら、胃がもたれちまうよ」



 ヘタな喩えを交えつつ衣服の襟を整えてからストレッチしていると、上空が急に薄暗くなる。何か太い幹のようなモノがヌッと現れ、陽射しが遮られたせいだ。


 ヴェインが振り返ると、全長・体重・獰猛さ・残虐性全てがヴェインを遥か凌駕する巨大オロチが、舌なめずりして臨戦態勢を築いていた。


「おいおい、餌が増えて嬉しそうだな。モンスターの喜怒哀楽なんて、知らないけどさ」


 苦笑しつつ、とりあえず挨拶がてらの所感を述べると、ヴェインは町中を散歩するような布の服に革のブーツ姿で、付近一帯最恐と畏怖される森のヌシへと鼻唄まじりに近づいて行った。

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