第五章 地下洞窟発見
第五章
細かい理屈など知る由もないが、まずは無傷で生きていた奇跡に感謝の意を捧げたいと思う。
つい死んだと決めつけて、無駄に走馬灯を準備してしまった。
焦げたモンスター団子は即席のクッションとなり、落下の衝撃からヴェインたちを護ってくれていた。
料理になぞらえるなら、外はカリカリ、中はふんわりトロトロといった塩梅だろうか。
辣腕シェフ・破壊神コレットの絶妙な火加減調整で高温の熱処理が施され、表面はほどよく固めのミディアム・レアでコーティングし、人間の体重が乗っても中身のジューシーな肉汁が外に飛び出なかったのは不幸中の幸いだった。
「尻に残った感触から例えるに、丈夫なゴムボール……かな」
我ながら陳腐な比喩だと、自分で言っておいてヴェインは後悔する。
焼け死んだ異形生物の亡骸に命を救われたなんて、他人には絶対知られたくない黒歴史だ。
生涯にわたって拭い去れない汚点が、クッキリと心に刻まれてしまった。
「敵が汚いものだけにな」
笑ってくれる聴衆などいない暗黒の地下空間で、ヴェインのつまらない独り言のジョークが不発に終わる……。
放心状態の怠慢な男とは対照的に、軍人の女は機敏な現状調査に奔走していた。
エクセリアは結局砂にまみれた白の指揮官服を手で払うと、まずはモンスター研究所から落ちてきた穴を見上げ、高さの目測をつける。
「かなり深いわね、建物10階分は滑り落ちたかも。地上の光が遠すぎて正確な判断はくだせないけど……」
「そうだな」
手錠で繋がれたままのヴェインは、彼女の歩みの赴くままに引きずられながら適当な相槌を打つ。
両者を結合する鎖を外す小さな鍵は、どこかに吹き飛んで土砂に埋まった。もう永久に見つからないであろう。
「見てよヴェイン。この地下空間はかなり整備が行き届いているわね。固い地層が丁寧に掘削された痕跡も残っているし、天井も崩落しないよう木枠で支えの補強工事が加えられているみたい。土の道だって平らに舗装されて、人が歩きやすいよう広めに設けられてる。きっと、多人数を投入して何年もかけた大規模開発事業でつくられたのね」
「そうだな、仰る通りだ」
「洞窟の奥なのに息苦しくないのは、酸素の供給源もキチンと確保されているのかしら。いったい誰が何の為に拵えたのやら……。レア鉱石を採掘するための旧坑道だった可能性もあるけど、とにかく不思議な場所ね」
「そうだな、さすがは副司令官殿だ。士官学校で厳しく躾けられた行動力と観察眼が、遺憾なく発揮されているぞ」
「……ヴェイン」
「何だ?」
それまで饒舌に喋っていたエクセリアはおもむろに足を止めると、隣にピタリとくっつく男の名を呼ぶ。
急に地層情報の言語化と探索を中断したかと思えば、彼女はなんとも形容しがたい複雑な表情をしてみせ、再度隣人の名をフルネームで呼んだ。
「ヴェイン=マグナス。言いたいことは分かるわ」
「だからなんだよ、すべて同意してるだろ? ココは確かに不思議な場所だし、エクセリアの分析に異論はないぞ」
「……そう、何もないのね」
「ああ、別に?」
「……そう」
彼女はまだ何か言いたそうに唇をモゴモゴさせていたが、結局は然るべき二の句が見つからずに睫毛を伏せて黙してしまう。
偶然発見した洞窟調査の休憩がてらヴェインが視線を横にずらすと、土壁の隅っこではコレットが微動だにせず立っていて、右手に持つ杖と睨めっこをしたままずっと固まっていた。
彼女の静止姿は、まるで永劫の昔からそこにオブジェとして造設してあったと言われたら納得しそうなくらい、周囲の風景と完璧に同化していた。
穴から落ちて以降、コレットは瞬きすらせずこの奇妙な遊びを継続している。彼女の独特な思考回路を紐解くのは到底無理なので、ヴェインはとりあえず放っておく。
――まぁ、怪我もしてなさそうだしな……。
ジッとコレットを見つめるヴェインが溜め息をひとつ吐くと、なぜか左隣のエクセリアの肩がビクンと緊張気味に跳ねた。
そしてイマイチ要領の掴めない恨み節も口にした。
「……ヤッパリそうなのね。アタシに不満があるなら、惚けてないで初めから糾弾すればいいのよ。これみよがしに溜め息なんて、男らしくないわ」
「は?」
とうとう我慢できずにエクセリアが叫ぶ。鬱屈した想いが堰を切ったように流れ出し、興奮度メーターをマックスにして捲し立てた。
「……アーもうッ! 認めるわよ! 軍施設の下に、隠された地下空洞が存在していたなんて、本当にアタシは初耳だったの! 断じて隠ぺいではないし、リヒテンヴィッツ家の名誉に誓ってもいいわ。さあ、文句があるなら遠慮せずおっしゃい!」
憔悴し青褪めた顔色なのに、語気荒い口調で喚くエクセリア。相反する事柄を器用に操る彼女に感嘆しつつも、ヴェインは再び溜め息をつく。
「さっきから様子がおかしいと思ったら、その話か。歴代の国政を牛耳る名門家系の価値など俺にとってどうでもいいが、まぁ、反省も今さらだな。正直俺だって、絶対の自信があって研究所に忍び込んだわけでもなかったしなー。本当にあって、ビックリしてるところだ」
ヴェインも、改めて馴染みなどあろうはずもない暗闇の地をグルリと見渡してみる。
ひんやりと湿った空気が漂うのは、この場所が陽の届かない深層だからだ。灯りも乏しく、数メルトル先の道の分岐すらまともに観測できない。
「探し求めていた所に近づけたっぽいけど、望んでたカタチからはだいぶ遠いよなー……」
スキルの秘密が解き明かせる謎の塊『コア・エネルギー』は地下にある。その言葉に従うなら、一気に距離は詰めた。
だが、それだけだ。状況は輪をかけて悪化した感すらある。
ヴェインが今いる現在地は、長い長い洞窟の途中の交差点のようで、4ヵ所の進路に繋がっている。
こんな前も後ろも不覚な中継点にいきなり放り出されても、いったいどうすればよいのか。
途方に暮れたヴェインは、いてもたってもいられず、穴の中で闇雲に叫んでみる。
「誰かいないのかー!」
無駄な行為であるとは承知済み。返答があったら、むしろ驚く。
「ちょっとヴェイン! 急に大声あげて、ここに住みつくモンスターが襲ってきたらどうするツモリ? アタシも疲労困憊で、戦いどころじゃないわよ」
「ごもっともな懸念だけどよ、なにも行動を起こさず落ち着いていられる状況か? それに、もし対処できない大型モンスターが近くにいたら、地上の床が崩落した騒音でとっくに気付かれてるだろ」
「ウゥっ……。それはそうだけど……」
エクセリアは、少々の反論ですぐに意見を引っ込めてしまう。勝ち気な性格の彼女からは覇気が消え、らしさも失われていた。
信じてきた価値観が根底から覆されたことにショックを受けているのか。それとも、会えば喧嘩ばかりで相性の悪いコレットに、謝罪しなければならない現実を目の当たりにした憂鬱か。
「まあ……ともかく、だ」
経緯はどうであれ、元来優秀な指揮官たる彼女には、早いとこ上向きな調子を取り戻してもらわなければ困る。
未知なる暗闇ダンジョンを攻略するにあたり、人間関係ごときで悩む悠長な余裕など全くないのだ。
せめて、地上に戻るまでは協力して歩まざるをえない3名の団結力くらいは、組み固めておかねば。
平和を愛するヴェインは、あらゆる意味でお寒い空気感に、ちょっとしたカンフル剤を投与してみることにした。
重たい荷物を背負った状態が苦しいのなら、サッサと降ろしてしまえばよいのだ。ヴェインはエクセリアに擦り寄ると、耳元で囁く。
「おいエクセリア。そんなにコレットが気になるなら、早いとこ詫び入れちゃえよ。面倒ごとを済ませてスッキリさせてから先に進もうぜ」
「……いきなりなによ?」
「昨日、リザレクト・クラウンで散々揉めてたろ? 地下の秘密基地がどうこうって。実際コレットの言い分が正しかったんだし、一回謝れば、お互いのわだかまりも溶けて閉塞状況が好転するかもしれんぞ」
「……アタシの謝罪と、地下迷宮からの脱出とは関連性がないでしょ。だいたい、おチビと仲良くするしないに関わらず、どこかのルートを選んで地図もない暗がりを歩かなくちゃならないんだから」
「まさにそれだよ、俺の話の骨子は。今俺たちは、重要な岐路に立たされている。4つに分かれた道のいずれかを選択しなくちゃならないんだ。しかも、不正解の穴を進めば即アウトの可能性が高いくせにヒントすら持たず、やり遂げる必要がある。けっして失敗は許されないんだ」
「……だ、だからなによ。懇々と熱弁振るわれたって、おチビと休戦協定を結ぶ理由にはならないわよ。そもそもアノ娘の『破壊の歌姫』さえ暴発しなければ、研究所の床に大穴はあかなかった事実こそ考慮してほしいくらいだわ」
「そこはホラ、年長者の大人の対応とやらで譲ってはくれないか? 幼い子が意固地になって素直になれないだけなんだ。コレットを見ろよ、穴に落ちてからずっと壁の前で人形のように固まっているだろう?」
「……だからなによ」
「つまり、ジッと待ってるんだよ。エクセリアが一言謝ってくれたら、過去は水に流そうとしてるんだ。黙って聞いてないフリをしてやる、そんな仲直りのサインを送り続けていると俺は解釈するね」
「回りくどいわね……アンタのとこのギルドメンバーは、揃いも揃って偏屈ばかりなの?」
「ふん。軍に対しての不信感だけは、唯一強く共有しているぞ。揃いも揃って俺たちは、有無を言わさず勝手に軟禁されたからな」
「ウゥ……そこを責められたら……。いいわ、仕切りなおして再スタートできるなら、多少の我慢くらいするわよ」
「フフ、そうかそうか。良い心がけだ」
目論見通りの展開に、ヴェインはほくそ笑む。
弱った心の隙間を狙うのは、権謀術数の常套手段だ。卑怯だと罵られようが、皆がバラバラに離れて行動するよりはマシというもの。現に筋書きをそのままなぞるように、エクセリアがコレットの下に歩み寄っていく。
サラッと会話を交わしたら、一件落着だろう。ヴェインは仲介役として世紀の瞬間を見届けるため、笑顔で和平協定の締結を見守っていた。




