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彼のお仕事紹介

   序章




 物語は、いきなりクライマックスを迎えていた。


 人類側の敗北という、最も不幸なカタチで……。



 大陸北部の深き森を支配するヌシとして毒沼に棲息し、近隣の河川を汚染してはたびたび村の食料庫を干上がらせてきたオロチ退治に名乗りを上げたのは、新進気鋭の冒険者ハンターだった。


 村の救助に馳せ参じた3名の力自慢パーティーは、前衛タイプばかりの精鋭揃い。

 とにかく腕力にモノをいわせて攻めて攻めまくる攻撃手法は単調だが、その勢いゆえに負け知らずの連勝街道を突き進んできた。


 今回も巣穴への奇襲で先手を奪い、8つの首をもつ八岐大蛇ヤマタノオロチの3つ首目を刈り落としたまでは順調だったものの、段々と劣勢を余儀なくされる。


 いわば5対3。冒険者たちが散開して1匹の魔物を取り囲むも、相手側も器用に残りの5又首を多方向に伸ばして臨機応変に対峙する。

 ならばと集団で纏まっての一気呵成な陣形にスタイルチェンジするも、オロチによる特殊スキル・瘴気の吐息ヴェノムブレスに阻まれてジリ貧となってしまう。


 沼地のフィールド全体に毒霧のカーテンを張られ、敵への接近すらままならず。これでは磨き上げた筋肉も価値が低減してしまう。


 気がつけば一人、また一人と蛇の猛毒に身体の神経系を蝕まれて動きも鈍くなり、顎髭を蓄えたガタイのいいリーダー格の男にも、焦りの色が滲んでいた。


 野太い声で、苦悶の心情が吐露される。

「ぬぐゥッ! 話が違う! コイツぁ、B級難度のクエストじゃねぇ……。攻略推奨目安は、レベル10の冒険者2~3名で募集してたゾぉっ」


 仕事を斡旋したギルドへの愚痴は、人里はなれた僻地の沼に溶けて消えていくだけ。誰も助けはいなかった。


 とくに、8本ある首のそれぞれが人間の背丈より数倍長く、重心の低くがっしりとした胴体の割りに敏捷性の高い動きが可能なヴェノム(毒)属性モンスター・八岐大蛇の住処になど、近寄りたい命知らずなモノ好きはいなかった。


 右手に握ったロングソードの柄が、ジワリと汗ばんで滑る。男は生まれて初めて脳裏に浮かんだ敗北の二文字を打ち消すように、必死に勝ち筋を探った。


「手駒の残存兵も尽き、万事休すか……。イヤ待てよ、頭数自体はまだ残っている。しかし所詮は荷物番だ。あのガキ共を戦力として期待するワケには……」


 リーダーの男がチラリと森の奥に視線をやる。大樹の茂みの後ろには、冒険者たちをココまで運んできた荷馬車を管理する役目の2人組みを待機させていた。


 その2人は若い男女で、馬車を運転する御者担当がヴェイン。そして荷物の見張り番のサーシャ。冒険者に低賃金で雇われた彼らは共に布製の軽装に身を包み、共に痩せ型の体躯。お世辞にも戦闘準備万端の用意は整っていなかった。


 なにより、彼らの戦闘力はたったのレベル1。起死回生の策を練ろうにも、一般市民の雑魚が活躍するビジョンは描きようがなかった。


 そして、男が無駄に費やした数刻の思考の果て――

「うぉッ……! やべェ……、オレにも毒素が……」


 ついに、持ち手を剣の重さにすら抗えぬほどの痺れが襲い、男は頼みの綱の武器さえ手離して膝を屈してしまった。徐々に霞みゆく視界の中で、うわ言が漏れる。


「ハァ……ハァ……。くっ、死ぬのか……こんな侘しい山奥で……」

 ――チクショウ……。


 オロチはその遺言を正確に解したように高らかに5回吼えると、悠々と沼地を這いずって巨体を進行させた。



 一方。


 白シャツに緑のベストを羽織ったヴェイン=マグナスは、馬車の運転席で胡坐を組みつつ硬いパンに齧りつき、村の存亡をかけた激闘の一部始終を欠伸まじりに傍観していた。


「おいおい、勝てるのかよ我らが脳筋勇者さま御一行はヨォ。いま帝都で最も勇猛な武闘派集団と自称してたクセに、だんだんと雲行きが怪しくなってないか? なぁサーシャ」


 ヴェインは後ろを振り向き、白いアーチ型のテントが張られた荷台の客室部にてちょこんと座る女の子に話しかけた。

 痩身で、色素の薄い銀糸の髪を揺らしたサーシャが反応を返す。


「信じて待ちましょう。……っていうか、のんきにパンを頬張ってる場合ですか! 私たちの仲間がピンチですよ! っていうか、そのパンは冒険者さんたちのお昼ごはんですけど勝手に取っちゃマズイですよヴェインさん!」


「でもなぁ……。田舎のヘビ退治なんて朝飯前だと豪語してたのは彼らだぜ? それがもう昼過ぎても決着がまだだ。出発時に購入した焼き立てのパンもスッカリ冷めちまって旨味も下降線。廃棄前にせめて俺が美味しく頂いてやるのが、パン職人に対する礼儀ではないかと考えたんだ」


「ですけど……怒られませんかね? 形式的には、彼らはヴェインさんの雇用主なんですけど……。あっ、またパクついた!」


 注意する間にも懲りずにシレッと食を進める1コ歳上の同僚に呆れ、溜め息をつくサーシャ。しかし芳醇な牛酪バターの香りが漂うと、つい鼻をヒクヒクさせてしまいそうになる。


「ウ~、美味しそう……ハッ! ダメダメっ、私だけでもシッカリしませんと……」


「サーシャよ、心配には及ばないぞ。たぶんあの症状だと、三日三晩は解毒治療に専念して食事も喉を通らないからな。絶品焼き立てパンの香ばしい匂いなんて迂闊に吸い込んだら、逆に吐き気を催すのは必至だ。それに……」


 饒舌に戦況解説する途中で、ヴェインは口篭る。


 アイツら、今にも巨大オロチに捕食されてズタズタに身体が噛み千切られそうじゃん、とのブラックジョークは流石に自粛せねばならない。

 ふと戦場に目をやると、その未来予測が現実となりつつあったからだ。


 イザとなれば、丸呑みにされた彼らを犠牲にした隙をついて、馬車で山を駆け降りる検討も始めなくては……。

 ヴェインは腰の辺りを探り、二頭の馬に喝を入れるための鞭の存在をそっと確かめた。


 そんな命の危機をツユ知らず、サーシャは「それに、なんです?」と話の続きを聞きたがる。荷台の雨よけ幕に覆われた彼女の位置からでは、地面に倒れた冒険者たちの悲惨な姿が見えなかった。


「……いや」

 ヴェインは誤魔化すように豪快にパンを咀嚼しながら、沼地の方を指差す。そこには、身体に毒が巡った状態でロクに動けない男が2名ほど倒れていた。髭リーダーの部下だ。


 戦況は更に悪化の一途を辿り、一番上等な鉄製装備メタルアーマーで上半身を護ったリーダーも膝を屈して白旗を掲げる寸前で、既に危険水域に突入中。


「とりあえず勝敗は脇に置いといてだ。あの痙攣症状が回復するまでは、食欲が湧かないのは誰の目にも明らかだ……。で、どうするよ?」


 ヴェインは絶望から目を背けるため強引に話題を変え、サーシャに今後の対応策を問う。


「どうする、とは?」

「だから、冒険者パーティーの奇跡の大逆転劇を待つのか、もしくは俺らだけでもシッポを巻いて遁走するのか。イージーな二者択一だよ」


 サーシャが一言、「逃げましょう」と提案してくれたら、馬車を堂々と引き返す算段はついている。まさか彼女だって、こんな僻地で噛み砕かれてバラバラ死する末路など、御免こうむるだろう。


 運び屋の仕事は、客である冒険者を魔物の棲息地まで送ることであって、客と一緒に心中する忠誠心までは備えていないのだ。


 だが、暫しの思案顔の後、予想に反して信じがたい返答が寄越された。なんと、サーシャによって3つ目の選択肢が提示されたのだ。


「だ、だったらッ、せめて彼らに加勢してあげる発想はないのですか? ギルドクエスト失敗で人間側が敗れると、ポンネア村の皆さんが大変になっちゃいますよ」


「かせい~? カセイって、もしかして俺に援護出撃しろって意味の加勢か? ――ング! カッ、かはッ! ごほごほッ」


 あまりにピントを外した提案が背後から投げられ、盛大に驚くヴェイン。拍子でパンを喉に詰まらせて派手にむせてしまう。

 すかさず荷台に積まれたバスケットから葡萄酒を掴むと、瓶ごと飲み干すように食道の堆積物を胃に流し込んだ。


「ぷは~! 生き返ったぜー」

「ああっ、ヴェインさん! パンのみならずッ! 飲み物の賞味期限はまだ先ですよ」


 蛇毒で麻痺し息苦しそうな冒険者と、つまみ食いで窒息し息苦しそうなヴェイン。

 両者がこれだけ切羽詰った状況でも煮え切らない態度の相方に驚くサーシャは、どこからツッコミを入れるべきか迷って妙なことを口走ってしまう。


 冒険者のために用意した食料は全部が空となり、それが彼らの体力、ひいては命の灯火を暗示しているようだと、同時に不謹慎なことも想像してしまった。

 焦りを募らせるサーシャを横目に、逆に死地より舞い戻ったヴェインは冷静に呟く。


「でもなぁ……。俺たちに与えられた業務内容は、冒険者の運搬係だからなー。用心棒なんて高級な役目は専門外で契約外だ。それに、俺みたいなレベル1の戦闘力しかない足手まといが助太刀しても、彼らの邪魔にしかならないだろ? レベル1だぞ、レベル1。自分で言ってて虚しくなる貧弱さだぞ」


 レベル1をこれでもかと強調して連呼し、サーシャの要求を拒むヴェイン。

 ソレもその筈、鍛錬を重ねてレベル5以上まで成長したツワモノのみが登録できるギルドの冒険者ライセンス規定に満たない彼など、誰も期待しなかった。


 そのハズ……だった。


 瞬間、サーシャの蒼空色の瞳がキラリと光る。

 リネン製のギャザーワンピースをバサりと翻えし、彼女が声高に叫んだ。


「では、あの特殊スキルを発動させれば良いではないですか、ヴェインさん!」

「…………なんの、話だ」

 嫌な予感がする。


「なんもかんもありません! 『ウラギリスキル』ですよ! 今こそ披露する絶好のタイミングではないでしょうか」


「イヤだ」


「即答! えー! なぜです? 上手く事が運べば、一気に形勢逆転で大逆襲のヘビ退治。みんな仲良く下山できて、更に村人さんたちにも大絶賛されること請け合いです。まさしくハッピーセット状態ですよ」


 サーシャの素晴らしくお気楽な提案に対し――、

 ヴェインは、渋るように瞼を閉じて虚空を仰いだ。


「アレは……とにかくヤバイんだ。『ウラギリスキル』は関わった全員を不幸にする、ロクでもない技能だ。なんせ命を救ったヤツからも恨まれ罵詈雑言を浴びせられる、感謝の褒美など一切合切ありえない究極のクソスキルだからな。そのせいで俺たちはいつまで経っても地位も立場も財布事情も向上せず、運び屋職の底辺稼業からも抜け出せず、貧乏暮らしを長らく強いられてるんだぞ」


「ヴェインさん……」

 サーシャが押し黙る。彼女は、これまでの慎ましさが凝縮された貧困生活ぶりを反芻しているようだった。

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