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オープニング

   オープニング



 帝皇紀585年

『―厄災の滅光―』より半年後

 グランディア大陸の北部戦線基地にて(警備記録日報より抜粋・脚色)


 第27管区派遣部隊・副司令官のエクセリア=リヒテンヴィッツ少尉は、偶然にも決定的瞬間の目撃者となったことに衝撃を受けていた。

 国家反逆の危険分子としてマークされていた重要監視対象者ブラックリストのヴェイン=マグナスが、今まさに眼前で敵勢力と内通を図っているではないか。


「おー。久しぶりだな、元気してたか? 以前の戦闘で傷ついた体も、すっかり癒えたみたいじゃないか」


 エクセリアが暗がりに隠れつつ慎重に耳を澄ますと、ヴェインは古い友人と旧交を温めあう雰囲気で、人間の数倍の大きさをもつ魔蛇・ヤマタノオロチと会話を交わしていた。

 人類に仇なす存在である邪悪なモンスターと、和やかな笑顔で……。


「そんな……まさか……魔族と親しげに意思疎通するなんて……」


 俄かに信じられない現実に低く唸ったエクセリアは、息を殺して推移を見守る。


 ココは半年前に帝都の中央政府が接収した、元民間機関だったモンスター研究所。

 彼女が以前に読んだ報告資料によれば、白衣を着た職員に課せられし任務は、野生の凶暴モンスターを生きたまま檻に収容し、詳しい生態や攻撃性の強弱などを調べる危険度の高い作業が中心となっている。 


 部外者はもとより、国の上層部以外は厳しく立ち入りが制限されている極秘の基地内施設だ。

 軍幹部のエクセリアでさえ用途を知らない様々なモニター計器類やケーブル配線の束、大型の積み荷などが、そこら中に溢れ返っている。


「スキル持ちの背信者・ヴェイン=マグナス。あのウラギリモノ……」


 地方の田舎村ポンネアの、更に森の奥深く。存在自体が秘匿された場所に堂々と不法侵入したあげく、オロチを手懐けて仲間らしきコンタクトもとるとは。


「彼が人間のくせに敵モンスター共と結託し、国家転覆を企むウワサは真実だったのね。動かぬ証拠も聞いちゃったし、どうしてくれようかしら」


 エクセリアは壁の曲がり角に置かれた朱色の貨物コンテナに背を預け、膝を屈めた姿勢で逡巡する。

 8つ首のサーペンス種族モンスター・八岐大蛇ヤマタノオロチが捕獲された巨大ケージがある西棟B1の四角い箱部屋は、今の時刻だとちょうど警備兵の巡回ルートから外れていた。


「詰所に戻って誰か助けを呼ぼうかしら? ううん、アタシ一人でも対処しなくちゃ」


 高潔な白を基調とする帝都の中央政府軍指揮官制服を纏ったエクセリアは、左胸のエンブレムを強く握りしめて己を鼓舞する。

 ドラゴンに立ち向かう強靭な盾と槍を構える勇者があしらわれた刺繍の紋章は、雄渾と尊厳の象徴シンボルだ。


 エクセリア=リヒテンヴィッツ、齢17歳。


 後の世に激情の炎灼と呼ばれる赤髪の少女は、今年の春にようやく軍の士官養成学校を卒業したばかりのか弱い新兵にすぎない。

 しなやかで線の細いスタイルは、屈強な兵士というよりファッションモデルがお似合いの美しさを誇り、目鼻立ちの整った相貌は侵入者を睨むしかめっ面よりは笑顔が映えると、誰もが思うに違いなかった。


 但し、凡庸の新兵ならば……の話だ。


 だが、文武両道が高水準で求められる指揮官育成コースを首席でパスし、将来の帝都ブロウディア軍幹部ポストを約束された彼女が……、

 代々その輝かしい地位を務め上げる人材を多数輩出してきた名門リヒテンヴィッツ家の娘が……、


「ひとりの賊に恐れをなして逃げるなんて、許されないわ」


 肺に息を溜めこみ、深く吐く。

 隆起した豊かな胸の高鳴りに合わせて血液が体内を巡り、活性化されていく。運動エネルギーの熱量は、既にフル充填だ。


「さぁ、いくわよっ!」


 腰の革ベルトに装着された愛剣スノウ・ラピエルに指を這わせると、エクセリアは威勢よく光源の下に姿を晒して啖呵を切った。


「ヴェイン=マグナス! 帝国刑法第88条・外患通謀罪違反の容疑で現行犯逮捕するわ!」


 先手を打って一挙に場を制圧しようと大声で凄むも、ゆったりと振り返ったヴェインは憎らしいほど余裕を保った涼やかな表情で、口角を上げて微笑んでいた。


 まるで、エクセリアの存在を察知していたかのように。

 彼女程度の障害など、物の数ではないと言いたげに。


「……なんだ、誰かと思えばエクセリアか。脅かすなよ」


「お、脅しではないわよ。自分の立場を理解しているの? 軍関係の機密施設への不法侵入は、刑法第130条抵触よ。民間人が気楽に訪れていい場所ではないわ」


「今更何だ? 俺にお説教ごっこか、第27管区のナンバー2であらせられる副司令官殿。副官とは要するに、具体的な権限を持たないヤツに一応与えるお飾りの役職だろ? 俺とやりあう気など更々ないくせに、お偉いさんはせいぜい護衛兵の後ろで震えているがいいさ」


「実戦経験が乏しいからってバカにしないで! アタシだって充分戦えるわよっ」


「フーン……そうか、戦えるか」


 不敵に言ったヴェインは嘲り挑発するように顎をしゃくると、前触れなしにいきなり行動を起こす。

 数秒前までオロチと戯れていた彼の右手が怪しく動くと同時に、モンスターを収容する巨大ケージで金具の音が響き、ロックが解除されていた。


「お、オイオイ……。こいつは一大事じゃねーか」


 大袈裟に驚いたフリをして、ヴェインがエクセリアを向く。なにが一大事か。自分でやっておいて、白々しい。


「ヴェイン! 研究で飼われている8つ首のオロチを施設内で解き放つ気? こんなデカブツが暴れまわったら、建物の崩壊だけじゃ済まないわよ」


「俺は何もしちゃいないぞ。檻が脆くて勝手に壊れたんだ。オタクの軍が、備品のメンテナンス予算をケチったんじゃないのか?」


「よくも、シャアシャアと……」


 相変わらず、煙に巻くような回りくどい語り口が鼻につくヤな男だ。


 これ以上、軍の管轄内で犯罪者に好き放題やられては、指揮官として立つ瀬がないし癪にも障る。

 我慢ならぬエクセリアが力ずくで逮捕するため剣を抜いて一歩進むと、けたたましい音量のブザーが室内にこだました。


「――なッ、何の音?」


「お? どうやら檻の安全装置が作動したらしいな。知ってると思うが、そこに棒立ちしたままだと危ないぞ、副司令官殿」


「え……。ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 出口が遠いッ!」


 エクセリアはハッとする。

 彼女の記憶によれば、魔物の脱走に備えた施設の対策管理システムは自立運転型。第一段階はシャッターが天井から降りて、そして――


「ハハハ。間抜けだなぁエクセリア、人間が檻に閉じ込められてどうするよ? 動物園のサルか」


 太く頑丈な鋼鉄柱が、キューブ型の部屋全体の壁に沿って所狭しと並び立ち、ボルト締めで床と固く接合、もうひと回り大きな新しい檻が完成した。

 早々に枠外へ避難したヴェインが苦笑する理由は、中に残されたのはオロチと、本来監視側のエクセリアだからだ。


「クっ……!」


 エクセリアは悔やむも、今さら後の祭り。


 重要監視対象者が手ぶらの隙だらけな格好でノコノコ姿をみせたと思ったのが、そもそも過ちだった。おびき寄せられ、周到な罠にかけられたのは自分の方だった。


「これはこれは……。オロチと若手エリート軍人様のタイマン勝負か。国の極秘施設に潜入した成果が、地下闘技場コロッセウムみたいなデスマッチ・ショーを特等席で観覧できる権利だったとはな。リザレクト・クラウンに戻ったら仲間に披露してやるイイ土産話ができたよ、サンキューな」


 安全な隔離壁の外から愉しげな口調で語りかけてくるヴェインに、憤慨するエクセリア。

 獰猛な威嚇音を発しながら間近に迫りくるモンスターよりも先に怒りをぶつけなければならない相手に対し、精一杯の恨みを込めて叫んだ。


「お、お、覚えてなさいよッ! この借りは必ずや倍にして返してやるわ、この……この――」


「人類の、ウラギリモノォーーーーッ!」

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