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海原春馬

 四月の終わり。

 桜は全て散ってしまい。新緑の葉がちらほらと顔を見せる。

 今日もいつも通り、暖かな日差しを浴び、ぼんやりと通学路を楽しみながら学校へ行くと、気のせいか学校の雰囲気が違う気がした。途中廊下でバタバタと走る佐々木先生とすれ違った。

 教室の扉を開けると、中もなにやら騒がしい。いや、いつも騒がしいのだが、今日は輪をかけてというか、いつもと感じが違う。近くで喋っている女子の会話が少し聞こえた。

『……で、犯人は生徒らしいんだって』

『それってヤバくない?退学とかじゃないの? ……』

 何の話をしているのか分からなかった。他にも何人か、横から話を聞いていたが、どうやらクラスの皆が話している内容は同じで、どれも似たような会話だった。おそらく他の教室も同じ状態だろう。

 机に鞄を置き自分の席に座ろうとしたら、夏樹がやって来た。

「おはよう大地。なんだか大変なことになってるわね」

「夏樹、何か知ってるのか?」

「って知らないの? のんびりしてるわね」

 少し俺に呆れた様子だったが、夏樹は教えてくれた。

「学校が管理しているサーバに誰かが無断で侵入したんだって」

「サーバに進入?」椅子に座りながら繰り返した。

 頷きながら夏樹は続ける。

「なんでも全生徒の成績のデータを改ざんして、全部の教科を百点にしたとか。いわゆるハ、ハ、……なんだっけ?」

「ハッキングと言いたいのは分かるが、その場合はクラッキングと言うのが正しいな」と俺が補足。

「え? そうなの? ってそれより……」

 どこから仕入れた情報かは知らないが、夏樹は持っている情報の全てを提供してくれた。

「ふーん。そういうことか。通りで騒がしいわけだ」

「そうなのよ。学校のパソコンルームから侵入したらしいからその可能性が高いって。だから先生たちもテンヤワンヤって状態なワケ。今、緊急の職員会議をしているそうよ」

 朝のHRの時間は過ぎているにも関わらず、先生は教室に来なかった。夏樹の言うとおり、会議中だろう。


 …………………………………………ちょっと待て。


「夏樹、今なんて言った?」

 少し聞き方がおかしかったか? 若干動揺した状態で聞いたので夏樹に不審に思われたかも知れない。

「え? だから先生達はテンヤワンヤって……」

 夏樹の返答はいつもと変わらなかった。俺の様子には気付いてない。

「ちがう。その前だ」

「その前って……犯人はパソコンルームから侵入したこと? それがどうしたのよ」

 それを聞いた俺は、ダラダラと冷や汗と脂汗の中間のような、なんとも嫌な汗をかいていた。

 夏樹は俺のそんな状態には気付かず、一人で犯人について考えている。

 俺はもう夏樹を見ていなかった。俺の視線の先には、自分の席について本を読んでいる男が一人。

 俺の視線に気付き、そいつは振り返る。

「どうしたのさ? 大地」

 シレっとした顔で聞いてくるその男。それとは反対に俺は顔を引きつらせながら、

「…………いや、何でもねえよ。春馬」

「そう」と、海原春馬は再び読書を始めた。

 引きつった顔がさらに歪んだ。

 俺は隣で話している夏樹がいることを忘れて、昨日のことを思い出していた――


 前日の放課後

 俺は現国の授業中の居眠りの罰として、図書室の傷んで読まれなくなった本を文化部棟にある倉庫に運んでいた。

 俺が向かっている文化部棟とは、普段授業を受ける教室がある校舎とは別に存在する多目的校舎のことである。社会科資料室や視聴覚室など、普段あまり使われない教室が置かれており、四階建てのその校舎は、2階までは特別教室や、図書室の倉庫として使われ、三階からは、園芸部や演劇部などの、文化部に所属している生徒が部室や練習場所として各教室を使用している。なので生徒たちからは、この校舎のことは「文化部棟」と呼ばれていた。

「よし、これで最後っと」

 最後の本の束を倉庫に運び終えた俺は、倉庫を出て扉を閉める。そのまま図書室に置いてある鞄を取りに戻ろうとしたその時、階段の付近にいる一人の生徒を見つけた。

「あれは……春馬か?」

 その生徒は、同じクラスの海原春馬だった。春馬は何やら考えながら二階に向かっている。

 あいつ、文化部だったのか?

「よお春馬、何してんだ?」

 俺は春馬の後を追い、声を掛けた。春馬は声を掛けられて少々驚いていたが、

「大地か。何してんの?」と逆に聞かれた。

 春馬とは教室の席が近かったので、自然と会話をすることが多かった。今では下の名前で呼び合うくらいだから、仲は悪くない。しかし、入学式の事については俺は何も聞かなかった。よく考えたら、それほど気になる事でもなかったので、話しの話題にすら上がらなかった。

「何って俺は居眠りの罰だ。お前も見ただろうが、俺が頭をはたかれたとこ」

「まあね、あの先生は気に入らないと、すぐに罰を与えるからね」

「それより、お前は何してんだ? 文化部棟にいるってことはなにか部活やってるのか?」

 俺が質問すると、春馬は少し戸惑いながら、

「そういうわけじゃないけど……」

 となにやら歯切れの悪い答えが返ってきた。

「いや、別に言いたくなければいいんだ。じゃあ俺はこのまま帰るわ」

 春馬にそう言って帰ろうとしたその時、

「……ちょっと待って。少し手伝って欲しいことがあるんだ」


 着いた場所は文化部棟の二階にあるパソコンルームだった。

 ここも特別教室の一つで、使われることはほとんどない教室で、俺たちにしてみればまだ一度も使ったことがない教室でもある。

「春馬、こんなところに一体何のようだ?」

 春馬に聞いてみたが、「ちょっとね」と言うだけで何も教えてくれなかった。大和は辺りをキョロキョロ見ながら、教室の鍵を開ける。

「んで? おれは何を手伝えばいいんだ?」

「大地はここで見張ってて欲しいんだ。先生がもし来たら僕に知らせてくれないか?」

「はあ? お前は何を……」

「じゃあよろしく頼むよ」

 俺の質問を最後まで聞かずに、春馬はパソコンルームの中に入っていった。

「ったく、人の話は最後まで聞けっての」

 仕方がないので、春馬の言うとおり、俺は廊下で先生が来ないか見張ることにした。


 春馬がパソコンルームに入って約十分。

 先生は来なかったが、一人の生徒が俺の前を通り過ぎようとした。あれ、この人は……

 その人は通り過ぎようとしたが、俺と目が合うと立ち止まってしまった。そして俺を頭からつま先までまじまじと見ている。

「……お前、一年だな? ここで何をしている?」

 と質問されてかなり焦ってしまった。正直に「先生が来ないように見張ってます」なんて言えるわけがない。

「えっと……それは……」

 とここで踏みとどまって、すぐに気を取り直す。

「いや、友人がこの教室に忘れ物をしたみたいで、一緒に取りに来たのはいいけど扉が閉まっているから今鍵を取りに行ってるところなんです」

 我ながら上手い切り替えしをした。伊達に中学時代の幾多のトラブルを乗り越えてきたわけじゃねえぞ。夏樹のおかげでこうも口達者になってしまった。

 しかし、相手は俺の嘘を全く耳に入れておらず、その目は後ろの教室を見ていた。

 しばし教室を眺めた後に、俺に視線を戻す。

 その時のその人の表情は、少し笑っているように見えた。

「……そうか」

 一言漏らすと、その人は振り返り、腰まで伸びたストレートな髪を揺らしながらその場を去っていった。……とりあえず、深く突っ込まれなくて良かった。


 春馬が教室に入ってから三十分が経過したくらいで扉が開いた。

「おまたせ。先生は来なかったみたいだね」

 春馬の言うとおり、先生は来なかったが、一人の生徒のことを報告した。

「先生ではないが、さっき生徒会長が通ったぞ。何をしているって聞かれちまった」

「りょ、……日野会長が?」

「ああ、でも何も喋ってないぞ。あの人なにやら一人で納得した感じで去っていった」

「……そう」

 春馬は何やら考えている表情をしていたが。直ぐにいつもの穏やかな表情に戻った。

「ありがとう大地。おかげで助かったよ」

「別に気にすんな。それよりお前何してたんだ? 俺に見張りまでやらせて」

「黙っておくことじゃないけど、ここでは何も言わないよ。それに、明日になれば分かることだし」

「明日? 明日になればお前がここで何をしていたかわかるのか?」

 俺は質問したが、春馬はそれ以上は何も喋らず、「じゃあ、また明日」と一言告げて帰っていった。

 結局その日は何も分からずじまいで終わってしまった。


「――地、ねえ大地ってば、聞いてるの?」

 少しむくれた夏樹の声で、俺は我に帰った。意識が遠くに行ってしまっていた。

「すまん、少し考え事をしてた」

「まったく、人の話をちゃんと聞きなさいよ」、と夏樹に注意されてしまった。

 黒板の上に設置されている時計を見ると、朝のHRが始まってから10分が経過していた。時間を確認したその直後、佐々木先生がガラッと勢いよくの扉を開けて入ってきた。走ってここまで来たのか、少し息が上がっている。

「遅れてすまん。皆、悪いが今から緊急の全校集会を行う。速やかに体育館に移動してくれ」

 だそうだ。今、全校集会をする理由は一つしかないだろう。

 俺たちも体育館に向かった。


 既に体育館には全校生徒が待機している。

 今回は、内容が内容なだけに、生徒のざわつきが納まらない。むしろ騒がしい。 

 騒々しい体育館の壇上に、二人の生徒が上がるのが見えた。

 堂々と歩いているのは、昨日会った日野涼子会長だ。もう一人の女子生徒は……副会長か?

 しかし、ほとんどの生徒が気付いてないのか、日野会長が壇上に上がってもそのざわめきは収まらない。浮ついた雰囲気のまま、日野会長は、マイクを自身に傾ける。気になるその第一声……

『ぎゃーぎゃーうるさいぞ貴様ら! 見境いなく騒いで恥ずかしいと思わんのか! ガキのクセに欲情するのは十年早いぞ!』

 ………………

 はい、収まった。

 入学式の時もそうだったが、あの人の発言力は半端ねーな。全校生徒に向かって欲情……ってあれ? 日野会長まだ続けてるよ。

『お前らが異性に興味があるのは分かるぞ。若さと馬鹿さが溢れる青春真っ盛りのお前らに、異性に興味を持つなっていう方が無理だからな。でもな、お前らは理性というものをもっている人間なんだ。そこらの動物園でケツ振ってるサルじゃねーんだから、時と場所を考えろ。人間が理性を失ったら犬畜生にも劣るからな。そもそもなんで人間が理性を持っているか分かるか? いいか? 人間は進化していく過程の中でだな、集団生活を』

『会長、話がズレています』

 なぜか人間の進化にまで発展した日野会長のマイクパフォーマンス(この表現が一番合っている気がする)は、副会長の一言により中断された。なるほど、あの副会長はストッパーの役か。

『え? あー悪い悪い。今回集まってもらったのは、貴様らももう知っていると思うが、成績のデータ改ざんの件だ。この後教頭から話がある。少々長くてめんどくさいが、耳穴かっぽじってよく聞けサル共』

 あ、結局俺たちはサルなんだ。



「犯人はきっと成績不審者だわ」

 その日の昼休み、俺と夏樹は、教室で今日一番の話題である「サーバ進入事件」について喋っていた。教室にいるほかの連中もその話で盛り上がっているようだ。

 全校集会での教頭の「少々長くてめんどくさい話」の内容は、簡単にまとめるとこうだった。

 一つ目は、データが書き換えられても、生徒の成績に影響が無いこと。二つ目は、この件について他言無用だということ(下手したら警察沙汰になるらしいから、その対策だろう)。最後に、この件について何か知っていることがあれば、速やかに報告すること。とのことだった。

 あと、これはよく分からないのだが、入学式の次の日に、教頭の車が動かなくなったらしく、誰かのイタズラということなので、何か知っているならこれも報告するよう に、と付け加えられた。

「成績は変更されないっていうのには少しがっかりだけど」

「いくらデータが改ざんされたといっても、バックアップはとっているはずだ。もしバックアップごと改ざんされたとしても、各教科ごととか、先生個人でデータを所持しているだろうから、大した被害にはならないと思うぜ。学校はそこまで馬鹿じゃない」

「大した被害にならないんだったら、なんでそんなことしたのよ?」

 その質問に対しては言葉が詰まった。

「……それは、犯人しか知らないことだな」

 確かに夏樹の言うとおり、犯人の本当の目的が分からない。学校のサーバに侵入できるくらいの技術を持っているなら、他の場所にデータがあることも簡単に分かっていたはずだ。実質今回の事は何の意味もない。中身のない犯行。そう考えると、犯人はただの馬鹿か、それまでの過程を楽しむ愉快犯になってしまうが……下手したら退学するかもしれない程の危険を冒してまでそんなことするのか? それに犯人は……

 俺は夏樹よりも誰よりも先に、犯人に目星をつけていた、というか確信している。その根拠となるものは、昨日の出来事だが。

 まだ犯人は誰なのか予測している夏樹の横を、犯人と思われる生徒が通りすぎた。

「あ、海原君」

 夏樹が声をかける。どうやら学年一の秀才の意見を聞きたいようだ。

 夏樹は昔からこういうイレギュラーな出来事が起こると、自らそれについて首を突っ込んでいくという習性を持っている。そのせいで、過去に俺が巻き添えを食うことが何度もあった。一番危なかったのは確かあれだ、他校に夏樹が乗込んだ事だったか。俺までまさかあんな目に合うとはな。まあ今回はそういう危険性は見えないし、ほとんどの生徒が気になっていることだからしょうがないが。

「海原君、今回の事件についてどう思う?」

 フレンドリーに会話を始める夏樹と春馬。

 春馬と夏樹だけでなく、このクラスは男女隔てなく仲がいいのが特徴だ。先程も、こいつは他の男子に混じって同じ話題について話をしていたようだ。

「僕の意見といっても……」

 春馬は少し困ったように笑う。……こいつ、この事件に関して傍観者になろうとしてやがる。追求したいが夏樹やクラスの皆の前でおいそれとできねえし……しょうがない、今はお前の三文芝居に付き合ってやるよ。

「夏樹、質問がアバウトすぎるぞ。」

「え? そう? じゃあどう聞こうか?」

「なら俺が質問していいか? 春馬」

「いいよ、大地」

 アバウトすぎる夏樹の質問から逃れられた春馬の表情は、いつもの穏やかな元の表情に戻る。ように見える。

「犯人がサーバに侵入した理由って何だと思う?」

 恐らくこいつも俺が疑っていることを分かっているだろう。俺を巻き込んだ張本人だしな。

 さあ、俺の質問にどう答える。

 春馬は腕を組みながらしばし考える。フリをしているように見える。

「そうだねぇ。僕はサーバに進入してデータを改ざんすることが目的じゃないと思う」

 俺にはそれが口から出たでまかせなのか、春馬自身の考えなのか分からなかった。

「なになに、それってどういうこと?」

「少し落ち着け」と身を乗り出そうとする夏樹をなだめた。夏樹が落ち着いたことを確認し、春馬は眼鏡を掛けなおしながら続けた。

「僕の推測だけど、犯人は最初からデータを書き換えても意味が無い事を知っていたんだと思う。クラッキングするほどの知識と技術を持っている人が、本気で成績のデータを変えようと思って起こした事件だとしたら、今回の事件はあまりにも稚拙すぎるんじゃないかな」

 普通に考えればそれは妥当な意見だな。昨日のことがなければ俺もそう考えていただろう。

 夏樹は納得したのか、フムフムと頷いていた。続けて質問する。

「そしたら、目的はもっと別のところにあるってこと?」

「そうだと思う。きっとサーバに進入したことは、ある目的の為の手段なんだよ」

「成績の改ざんが目的じゃないのに改ざんしてるっておかしくない? 私はてっきり成績不審者による犯行と思っていたのに」

 夏樹と同じ考えを持っている生徒は結構多い。確かに事件をそのまま捉えれば、一番しっくりくる意見だが。

「夏樹には悪いが、その可能性はほとんどないな、俺は最初にその考えは捨てたよ」と俺も意見する。

「じゃあ大地の推理はどうなのよ、私の推理を否定する理由は?」

 夏樹が「推理」という言葉を使い出した。こいつの中ではこれはもうゲーム感覚らしい。

 話を合わせる為にテキトーにそれらしい理由を述べる。こんなところで俺の唯一の特技であるデマカセを披露するとは思わなんだ。

「さっき春馬が言った、元々意味のない犯行ということを知っていた可能性って事も理由の一つだが、他にもある。一度他の可能性を考えないで、夏樹の言う推理のように、成績の悪い奴が犯人だとすると、この犯行の目的は何になる?」

「それはだから、成績が悪いからデータを書き換えてごまかそうとしたんでしょ?」

「そうなるが、だったらなんで、全校生徒の成績を書き換えたんだ?」

 夏樹は少し考え、すぐに答えを出す。

「それは特定の生徒だけ書き換えると、それがそのまま犯人になるからでしょ? だから犯人は誰だかわからないように全員の成績を書き換えた」

「それだと当初の目的である成績のごまかしの意味がなくなるだろ? 成績良くなろうとして他の生徒の成績も上げてしまったら本末転倒じゃねえか」

「あ、そうか」夏樹は俺の意見に納得する。

「それに、これは大前提の話になってしまうが、たかだか学校の成績を書き換えないとヤバイくらいの奴が、そもそもクラッキングなんて高度な技術を持っていると思うか?」

 夏樹がまたも「あっ」と声を出した。

「……それもそうね」

 案外素直に納得した。

「だろ? 天才高校生ハッカーなんぞテレビや漫画の世界にしか存在しないんだって」

 俺と夏樹の会話を横で聞いていた春馬は、

「すごいね、大地。そこまで考え付くなんて」

 と抜かしている。どうやら俺がこの場では追求しないことに気付いたな?

「……何言ってんだ。目的が別にあるって言った時点で春馬もココまで考えていたんだろ?」

 というか、お前が犯人だろ?

「それはそうだけど、でもノーヒントでココまで来たのはすごいよ」

「ノーヒントじゃねえよ。すごいかどうかは分からないが、俺はただ人より深く考えることが出来ただけだ」

 お前のおかげでな。

「そうなんだ。じゃあ大地は犯人の目的はなんだと思う?」

 春馬の質問に少し考える、フリをする。

「……わからないな。こればっかりは本人じゃないとわからんだろう」

「海原君は犯人の目的は何だと思うの?」と夏樹。

「僕?」とまた考える、フリをしているように見える。

「……犯人はこの状況を作りたかったんじゃないのかな?」

 気のせいか、春馬の表情が変わったように見えた。微妙に笑っているような……

「この状況ってどういう事?」

 夏樹は春馬の言いたいことがよく分からなかったらしく、そのまま質問している。

「まんまの意味で捉えてくれていいよ。皆いつもと違う出来事に対してかなり興味持っている。 現に僕たちもこうやって犯人について話してる。要するにただの話題づくりだったんだじゃないかな? さらにわかりやすく言うと、ニュアンスは変わるかもしれないけれど、愉快犯と言ってもいいよ」

「愉快犯ねえ……分からないでもないけど、また随分な推理ね」と少し呆れ顔の夏樹。

 夏樹は春馬の考えにはあまり賛同してないみたいだ。

「確かにお粗末に感じるけど、こういうのって案外そんなオチだよ。それにあくまでこれは僕の『推理』だからね」

 妙に推理の部分を強調する春馬。そのせいでさらに説明に胡散臭さを感じる。

「まあここでどんなに考えても答えは分からないんだし。大地はどう思う?」

「俺? ……学年首席がそう言うんなら、そうなんじゃねえの?」

 夏樹の質問を流すように答える。……そろそろ頃合か。

「悪い。喉が渇いたからちょっとジュースでも買ってくるわ」

 椅子から立ち上がり、学年首席の目を見ながら言った。

「……僕も行くよ」

 俺の意思が上手く伝わったらしい。返事をするかのように春馬の眼鏡が光を反射した。

「なに? 売店に行くの? だったら私の分も買ってきてよ」



 夏樹にお茶を買ってきてと頼まれた俺は春馬と一緒に、売店ではなく校舎裏に来ていた。先程までいた騒がしい教室とはうって変わって、ここは物静かな空間だ。

「藤野さんが一緒に来なくてよかったね」

 校舎の壁に寄り掛かる。その表情はいつも見せている穏やかな表情をしている。

 校舎裏に来た理由は簡単。今から話す事が他の人に聞かれないようにするためだ。今、校舎とフェンスに挟まれた空間に存在しているのは俺と春馬だけで、周りには誰もいない。

「……単刀直入に聞くが、今回のことはお前が犯人だな?」

 周りに誰もいないなら遠慮は要らない。俺は春馬に問い詰めた。

「犯人かどうかと聞かれれば、僕が犯人だけど。その前に、何も教えずに大地を巻き込んだことは謝らないといけないね」

 教室にいるときと変わらない穏やかな口調だ。

「いや、それはもういい。安心しろ。過ぎたことをとやかく言うつもりはないし、お前を先生の前に突き出すつもりもない。下手したら俺も共犯者としてしょっぴかれるかも知れないしな」

「それは僕としても助かるよ、そうなってしまったら、これから学校で身動きが取れなくなってしまうからね」

「で? あんなことをした理由は?」

「んー、今喋っても二度手間になりそうだしね。多分そろそろ……」

 その時、校内中のスピーカーからジングルが鳴り響いた。校内放送だ。

 《あ、あーー? なんだこれは、マイクは入ってるのか? え? もう入ってる? 分かりにくいな、放送室の機材というのは》

 こんなグダグダの校内放送は聞いたことなかった。というかまだ用件を言ってない。

 《一年A組、海原春馬。繰り返す。一年A組、海原春馬。至急生徒会室まで来い。来なければあれだ、紐無しバンジーの刑だ。以上》

 ブツンッと強引に切られた音が聞こえた。……紐無しバンジーって要するに死刑じゃねーか。

 誰かが呼び出されたらしい。俺の名前じゃなかったし関係ないかと一瞬思ったが、良く考えると呼ばれた生徒って言うのは、

「……今のって、日野会長だよな。お前、呼び出されてんぞ」

「そうだね、タイミングよかった。大地も来なよ。そうすれば大地の疑問は解消されると思うよ」

「……次から次になんなんだ一体」

 当の本人は終始落ち着いた様子で、背を向けて歩き出した。今分かったが、どうやらこの放送を待っていたようである。いまいち状況が飲み込めない

 俺は半信半疑で春馬の後を追う。校舎裏を離れ、生徒会室に向かった。


 生徒会室は文化部棟の最上階の端にあった。

 俺は生徒会室の場所なんて知らなかったが、春馬が場所を知っていたので、難なく辿り着くことができた。

 扉の前で立ち止まる。上のプレートを見ると「生徒会室」と黒の明朝体で表記されている。目の前の扉を見ると、扉には赤の油性ペンで「関係者以外立ち入り禁止」と手書きの張り紙が張られていた。

 春馬はコンコンと二回、扉をノックする。「失礼します」と扉に向かって言うと、そのまま開けた。

「来たか、春馬」

 日野会長の姿が見えた。春馬に続いて俺も中に入る。

 中は思っていたより整理整頓がされていた。教室の半分くらいの広さの部屋の壁には、本棚が設置されてあり、赤色や青色等のファイルがしまってある。中央には、よく受付などに使用される長机が二つ横に並べられている。その上には様々な書類が置かれており、奥には、書斎机のような大きな机が置かれているのが見える。その上にはパソコンのモニターと、ストローが刺さったコーヒー牛乳のパックが置かれていた。これは会長席だろう。日野会長は校長室に置いてありそうな、黒光りした椅子に深々と座っていた。

「流石に紐無しバンジーは嫌ですからね」と春馬は会長の目の前で歩みをやめた。そのやや後ろで俺も立ち止まる。

「私としては見てみたい気もするが……ん? 貴様は……」

 日野会長は俺を見た。こうやってまじまじと見られるのは二回目だが、何とも緊張してしまう。その眼光は鋭い。整った顔立ちからより強くそう思うのかも知れないと思った。

「名前は?」

「つ、月島大地です」

「クラスメイトですよ。昨日会ったらしいじゃないですか」

「昨日? ……ああ、パソコンルームの前にいた奴か」

「彼に見張ってもらっていたんですよ。それより、僕が呼び出されたってことは、結果が出たんでしょう?」

 ワケがわからないまま、勝手に話しが進められていく。

「あ? ああそうだ。職員会議で管理の見直しが決まったそうだ」

「それはよかったじゃないですか。頑張った甲斐がありましたよ。具体的にはどうなるんですか?」

「業者に頼んで管理のシステムを変えるらしい。予定外の出費になるし予算の再編成もしないといけないだろうから、時間は掛かると思うが」

「この事が世間にバレるよりは、よっぽど良いと思いますけどね」

「まあな。それと、お前に聞きたいことがあるんだが」

「なんです?」

「今日の騒ぎのことだ。私は進入しろとしか頼んでないぞ。誰が書き換えろと言った」

「そのことですか? あれは皆に――」

「スンマセン! ちょっとタンマ!」

 俺の声で日野会長と春馬の会話は中断した。二人はあっけに取られた感じで俺を見ている。ちょっと待ってちょっと待って。話についていけない。

「……なんだ?」

 会長がいぶかしげにこっちを見る。

「話の途中で申し訳ないんですが、お二人は一体何の話をしているんですか?」

 俺の問いかけに、日野会長は俺にではなく、春馬に切り返した。

「春馬、話してないのか?」

「あ、すいません。ここで一緒に説明したほうが理解もしやすいと思っていたので、まだ話してなかったんですよ」

 春馬は近くにあったパイプ椅子に静かに座り、事の一部始終の説明を始めた。

「いや、実はね――――」


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