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魔女の再編  作者: 紗音
第一章
9/16

In the middle of difficulty lies opportunity.―Albert Einstein

 

 お茶会から一週間後。領に帰ってきていたイーニアは、いつもと同じようにビャクダンの家にて寛いでは…いなかった。


 イーニアは、時折頬を風が撫でるのにも気にせずスコップを土につきたてていた。そんな彼女の姿を、いかにも楽し気にビャクダンは眺めていた。その手には淹れたてらしい紅茶の入ったカップが握られている。土いじりを始める前にイーニアが淹れたものだ。眺めるといっても、実際に肉眼で見られるわけではない。相変わらず、ビャクダンの目元には包帯がきつく巻かれているのだから。イーニアの様子がビャクダンに分かるのは、そばで囁く風の声が聞こえるからだ。

「土が随分と硬いみたい。木製のスコップじゃやりにくいだろうね。あの子の腕、細くて小さいもの」


 風の声とはその名の通り、風の精霊の声だ。ビャクダンは目が見えない代わりに、昔からそれらの気配に敏感であり、精霊もまた昔からビャクダンのそばをよくうろついた。精霊は悪戯好きで、最初はビャクダンの目が見えないのをいいことに、やりたい放題したものだ。いや、やりたい放題しているのは今現在もそれほど変わらないが、周りへの被害は当初の方がひどかった。皿やカップを宙に持ち上げ、悲鳴を楽しんだり。夜中、何もないところに火をともして怖気づかせたり。

 けれど、精霊たちが驚かせたいその本命であるビャクダンといえば、驚くこともびくつくこともなかった。精霊が驚きもせず、身じろぎもしないビャクダンに対し、何を思ったかは今もわかっていない。けれど変わらず精霊はビャクダンのそばに居座っている。そしてときたま揶揄う様に、ビャクダンが欲しい薬草の匂いを消してくるのだ。あれにはビャクダンもほとほと困り果てている。何故なら、薬師を生業とする者にとって、薬草の知識は客の信頼に直接響いてくる。それなのに、薬草を間違えて配合していたなどということが広まったら、ビャクダンから薬を買うものはいなくなってしまう。


 そういえば、イーニアと初めてであった時もあの悪戯に困らされていたのだと思いだした。あの時は内心、心臓が飛び出そうなほど緊張していたのだ。幸いだったのはイーニアが客ではなかったことと、ビャクダンが取り間違えそうになっていた薬草の香りが似ていたこと。薬師の知識があったイーニアは騒ぎだてることもなく、そのまま調合を眺めていた。ビャクダンはそのことから、イーニアを面白いと思ったのだ。少女のそばにある気配も含めて。

 イーニアのそばに感じた気配。それは精霊のものだった。あまり集団で行動しない精霊が三体も。その精霊はイーニアに付かず離れず、いつも彼女のそばにいるのだ。


 精霊は力の強さによって体の大きさも異なる。ビャクダンの傍にいる精霊は六頭身。イーニアの傍にいる精霊は八頭身が一体と四頭身が二体。小さな二体は双子のようにそっくりな気配を持ち、ビャクダンの精霊曰く幼女の姿をしている。もう一体は長身の男性の姿をしており、イーニアを密かに手伝っていることが多いのは、この力の強い方の精霊らしい。


 なぜかは分からないが、精霊に好かれる、または興味を持たれる人間というのは稀有な存在で滅多にいない。そもそも精霊自体、一所に留まることを厭う存在である。個体によっても差異はあるが、大概が悪戯好きで自由奔放。自然に干渉できる力を持ちながらも、それを悪戯にしか使おうとしない無害で人騒がせな存在なのだ。精霊が傍にいる時点で珍しいのに、三体も。ビャクダンが思わずイーニアに対して警戒心を放り投げてしまったのは、この精霊の要因が大きい。

 イーニア自身は精霊に気付いてないようだが、最近夜窓辺に温めたミルクを置くようになったらしい。精霊たちが、前よりも機嫌よさげにイーニアの傍を揺蕩たゆたっているのが感じられた。夜窓辺に置くミルクは、精霊たちへの労いや感謝の証とされている。それがなくとも精霊は気にしないが、あったほうが嬉しいし好感度も上がるというものだ。


 おそらく、誰かにやった方がいいと指摘されたのだろう。本人はあの行為の意味があまり理解できていないようだが。そもそも精霊自体、見えていないし感じてもいないのだろう。今も、幼児くらいの大きさの二体がイーニアの背中に乗って遊んでいるが、まったく気にしていない。


 そして、先程からイーニアが何をやっているかというと、ビャクダンの家に、薬草菜園を作っていた。なんでも、イーニアの屋敷での端に作られた薬草スペースを使用人にめちゃくちゃにされたらしい。静かに怒りをたたえたイーニアの気迫は、そばにいた精霊がびくりと肩を震わせたほどだ。今回王都で自領では珍しい薬草の株を買ったため、その株まで駄目にされてなるものかと、ここに植えることにしたらしい。


 硬い土にいまだ苦戦しているイーニアをしばらく見ていた男の精霊が、ついと親指を動かす。すると、僅かも動かなかったスコップが一気に沈んだ。途端、きゃっと短い悲鳴をあげたイーニアに、思わずビャクダンはクスリと笑った。

 その声を聞いたイーニアが、むすっとした顔でビャクダンを振り返る。汚れた手で汗をぬぐったせいか、真っ白い頬にも茶色く汚れてしまっている。それを横で精霊が指摘したものだから、ビャクダンはまた吹き出してしまった。二度も笑われたことで、イーニアはその眦をいっそうつり上げた。


「何か、言いたいことがおありのようね?」

「いや、頑張っているなと思ってね」


 ポットに手を伸ばすビャクダンの手を、精霊が下方調整する。カップに危なげなく紅茶を注いだビャクダンの手元。それを、手についた土をはたき落としながら立ち上がったイーニアは、じっと観察する。そこに感じた違和感を、けれど言葉にすることができず、イーニアは結局は何も言うことなく株を植え始めた。



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