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魔女の再編  作者: 紗音
第一章
3/16

Whether you think you can or whether you think you can’t – you’re right.―Henry Ford

誤字脱字、読みにくいなどありましたら遠慮なく言ってくれると嬉しいです!

よろしくお願いします。

 

 屋敷からほど近い場所にあるコテージガーデンは、イーニアの産みの母親がデザインしたものだと誰かが言った。色とりどりの花が綺麗に配置され、統一感を出しているこの庭は、密かにイーニアも気に入っている。とはいえ、今までイーニアが庭園に顔を出したのは、片手で足る回数であったのだが。


 庭園を奥に進んでいけばいくほど、イーニアの歩みは遅くなっていった。妹と初めて会ったのは、この庭園であったからだ。可憐な妹。みんなから愛される可愛らしい妹。そして、愛することを息を吸うより簡単に成す妹。イーニアにとって、妹は誰よりも理解の及ばない人間だった。

 初めてこの庭園に訪れた時、妹は庭園の奥で一人泣いていた。おそらく転んだのだろう。膝は擦り切れ、血がにじみ出ていてとても痛そうだった。イーニアは今すぐ傷口を洗って消毒して、薬を塗った方がよいとその時は考えたが、しかし手元に薬などはなく、水をとってくるにしても屋敷からでは往復で時間がかかってしまう。何かないかと見まわしたイーニアの目に水の入ったじょうろが映った。これだ、と思ったに違いない。そのじょうろを手に取って、イーニアは泣いている子どもの近くに走り寄った。けれど、「大丈夫?」の一言がかけられなかった。

 突然現れたイーニアに、もちろんその子どもは驚いて涙を引っ込めた。大丈夫の一言は言えなかったイーニアだが、「これで傷口を洗って」とは言うことができた。そのままじょうろを傾け、子どもの膝に遠慮なく水をかけた。この時、本当ならば水の量を調節してそっと傷口を洗い流すべきだった、とイーニアは苦く思い起こす。とても傷にしみた筈だが、子どもは何も言わずに傷口を洗おうとするイーニアを見つめていた。そのあと、結局子どもについていた侍女が子どもの名前を叫びながら近づいてくるのが分かったために、イーニアは子どものそばから逃げ出すように駆け出したのだ。実際、逃げ出すようにというよりも、逃げ出したのだろうが。


 それが、本来の妹とイーニアの出会いだ。


 庭園を歩くうちに、小さく子どものすすり泣く声が聞こえる。イーニアは迷いなくじょうろを手に取り、その子どものそばに近づいた。二度目の出会いでも、やはり「大丈夫?」とは聞けなかった。いきなり現れたイーニアに子どもはびくりと体をびくつかせて驚いた。安心させてやるべきなのだろうが、生憎イーニアの表情筋は既に役割を放棄している。子どもはイーニアよりも二つ年下だ。つまり、六歳。幼いながらにきつい顔立ちのイーニアは、さぞ恐ろしく見えるに違いない。

 イーニアは子どもに近づくと、そっと傷口に水を流す。子どもは痛そうに一瞬眉をしかめたが、やはり何も言わなかった。


「これで傷口を洗って、水滴を拭き取ったら薬を塗るわ。当て布はできないから、薬が取れてしまわないように注意して」


 子どもはじっとイーニアを見つめていた。体験するのが二度目でも、それはあまり居心地の良いものではなかった。膝から血液が流れると、持っていたハンカチでとんとんと水滴を吸い取る。あとは小瓶の中の薬を塗るだけだ。指につけた薬を膝につける一瞬、イーニアは動きを止めた。そして一言「しみるわ」と呟く。キョトンとした顔でそのつぶやきを拾った子どもは、そのつぶやきが理解できなかったに違いない。理解する前に、イーニアはさっさと傷口に薬を塗りつけたのだから。ひゅっと子どもの息をのむ音が聞こえたが、イーニアは構わず薬を塗り込んでいく。ようやく塗り終わり、イーニアが顔を上げた時には子どもの瞳にはうっすらと膜が張っていた。

 それを見たイーニアは分かりやすく動揺した。そこまで痛かったのか。どんな言葉をかけて宥めればいい?頭の中でぐるぐると回る思考の波は、子どもの名前を呼ぶ声でぷつりと途切れた。そして前回同様、イーニアは逃げ出した。逃げ出す直前、ようやっと絞り出せた言葉は「ごめん」の一言だった。


 侍女が慌てて傍に駆け寄るさまを横目に、フェネシアは走り去る女の子の姿をずっと見つめていた。侍女が平服状態で謝る様に、にこりと人好きのする笑顔を向ける。大丈夫よ、とその可憐な声で答えれば、ほっとしたように侍女も肩の力を抜いた。

 侍女に手を貸してもらいながら立ち上がるころには、もうすっかり女の子の姿は見えなくなっていた。「どうかいたしましたか?」と問いかける侍女になんでもないと言うように首を横に振る。来た道を戻りながら、フェネシアが思っていたのは先程の女の子こと。


 女の子が表れた時は、怖いと思った。けれど、逃げるように去ってしまった女の子を、フェネシアはもう怖いとは思わない。けれど、どうして逃げていってしまったのか、とフェネシアは心の中で疑問に思った。表情の強張った、けれどとても綺麗な女の子。走り去るその後ろ姿は、白金の髪が太陽の光で輝いてまるで白鳥の羽が舞ったかのよう。赤い瞳は、時たま空に昇る赤い月のようで少し怖くもあったが、同時に神秘的だった。また会えるだろうかと、フェネシアはここがどこかも忘れて呑気に思った。

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