Change before you have to.3―Jack Welch
今回は少し短くなっています。
依然、問い詰める姿勢を緩めない王太子を前にイーニアは思考を巡らせるしかなかった。
どうこたえるのが最善なのか、そもそもそれを聞いて王太子は何をするつもりなのか、こんなにも長く王太子と接したことがなかったイーニアにとって、この状況は大変思わしくないものだった。
「…この部屋に、頻繁に人が出入りするのは良い気分ではないので、私は侍女を傍に付けていません」
考えた結果、なんとかひねり出した答えにも、王太子の表情が緩むことはない。冷や汗が背筋を伝った。こうなると知っていたならば、早々に妹に接待を押し付けて部屋に辞していたものを!
「侯爵や夫人も、しきりに妹の方を私に勧めていたな」
「妹の方が、器量がいいですから」
「…とてもそうは思えないが」
吐き捨てるように呟いた王太子に、イーニアはあら?と首を傾げた。王太子が妹のことをそのように言うとは、全く思っていなかった。イーニアにとっては近寄りたくもない妹ではあるが、王太子はフェネシアに惚れていた。今度もまたそうなると思っていたのだが…
王太子が心底同情するように紡いだ言葉に、耳を疑った。
「あんなのが妹とは、貴女も苦労するだろう」
あんなの、といったのか。フェネシアを深く愛し、それ故にイーニアを追い詰め、死に追いやったこの男が。言うに事欠いて、あんなの、と。…これは、単純なやり直しなどではないのではないか。初めて、そんな考えが思い浮かんだ。がつんと、頭を強く殴られたように感じた。
王太子の態度、言葉、精霊の存在やビャクダンとの出会い。予想もしなかったことが次々と起こった。自然と、イーニアは唇を噛みしめていた。なぜなら、その中で自分は何も行動を起こしてなどいない事に気が付いたからだ。怠惰に日々を過ごし、延々とこれから起こるであろうことに怯え、逃げ続けていただけだ。自分の行動に後悔などしていない?その言葉を免罪符に、考えるのをやめていただけではないか。
精霊が見えても、結局何も行動に移しはしなかった。魔女とも連絡など取っていない。ビャクダンの家に度々訪れては、家族との接触を避け続けて。意気地のない選択を幾度も繰り返して。噛みしめた唇から血が伝った。
今の状況を客観的に顧みれば、生きていることを放棄しているのと何ら大差なかった。
だって、目標がまるでない。何のために生きているの?何のためにここにいるの?生きながら死んでいくためではなかったはずだ。これなら、まだ研究に没頭していたあの頃の方が生きていた。
望みもなく、夢もなく、こんな愚かな生き方で、生涯を終えるの?
嫌だと思った。そんなのは許せない、と。誰が許そうと、イーニア・アリストリス自身が許すことはできない。人にどう思われようと、化け物だと気味悪がられようと、自分は侯爵家の人間だ。果たすべき義務を、またもや放棄してよいのか。答えは否、だ。放棄していいはずがない。守るべき者すら守ろうとしない自分に、尻尾を巻いて逃げる権利など、ある筈もなかったのだ。
再び、イーニアが顔を上げた時、その目を見た王太子は息をのんだ。今まで何の色もなかった瞳が、まるで炎のようにゆらゆらと光を伴っていたからだ。感情のまるでなかった婚約者の、突然の変化に驚きこそするものの、同時にわずかな興奮をも感じていた。