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魔女の再編  作者: 紗音
第一章
13/16

Change before you have to.1―Jack Welch

長くなってしまいそうなので、分けることにします

 

 午後、部屋にこもって読書に集中していたイーニアは、ざわざわとした喧騒に顔を上げた。

 いつも部屋周辺は誰も近寄らず、冷たい静けさがあたりを覆っているというのに。どうしたことだろう、と持っていた本を脇に置くと、扉に近づきぴたりと耳を当ててみる。しばらくそうしていると、ようやくざわめきの正体が分かった。


「面倒くさいことになったわね…」


 煩わしいこと全てから逃げ出してしまいたい。本気でそんなことを考えながら、これから起こる面倒事に頭を抱える。その時、服の裾を弱く引かれ、下に視線を動かす。イーニアの感情をほんの少し感じ取ったのだろう。不安そうにまなじりを下げて見上げてくる双子に、安心させるように大丈夫よと囁いた。けれど、その様子を離れた場所で心配気に見つめている精霊の存在には、気が付くことができなかった。


「遠路はるばる、このような田舎にお越し下さいまして、光栄の至りにございます、王太子殿下」

「やあ、ニア。ご丁寧につれない挨拶をどうもありがとう」


 なぜ、先触れもなしに貴方のような高貴な身分の存在が、気軽に辺境の土地に来ているのだと仄めかす。けれど、わかっていないのかわかっていて無視しているのか、感情が読めないさわやかな笑顔でかわされてしまう。それだけでなく、一瞬で距離を詰めてきた王太子に、イーニアのこめかみはずきずきと痛みだした。


「それで、ご用件を伺ってもよろしいでしょうか」


 無礼なことをしてくれるなよ、という突き刺すような使用人らの視線が煩わしい。ここに立っている人間の身分を、本当の身分で彼らは理解しているのかどうか、怪しいところだ。いっそ屋敷の使用人を総入れ替えしなければならない事態に追い込んでやろうかと物騒な算段を頭の中に描き始めたところで、心底呆れたような王太子の声が邪魔をした。


「用件って…今日は君の誕生日じゃないか。それも、十二歳の」


 祝いの品と、祝いの言葉を直接告げに来たという王太子の言葉に、今度はイーニアが呆れる番だった。確かに女性の十二歳は婚姻ができるようになる歳。婚約者としては目出度いと思うのもおかしくはない。けれど、それは婚約者が一般的な好青年であった場合のことだ。この腹に一物や二物抱えていそうな王太子が、純粋にイーニアの誕生日を祝いに来たなどと本気で信じると思っているのだろうか。だとしたら、馬鹿にするのもいい加減にしてほしいところだ。

 文句たらたらなな心情を覆い隠すために、表情筋が無事に動いていることを願いながら微笑む。使用人が目を光らせている今、失態を演じることだけはできない。そんなことをすれば、敵になぶるための材料を与えてしまうことになる。本当の目的を何としてでも吐かせなければ。そう、考えていた時だった。耳障りなほどに可憐な声が、イーニアの耳をぞわりと撫でた。


「お姉様!お客様が来たって本当?わたしもご挨拶したいわ!」

「フェネシア、今は…!」


 侯爵が妹を止めようとしている声も聞こえる。ごちゃごちゃとした雑音にさらに気分が急降下する中、ぽてぽてと走ってきたそれに目を向ける。しばらく会わないようにしていたというのに、最悪なタイミングで出てきた妹に溜息さえ出てこない。運命という言葉が、頭をよぎった。


「御無礼をお許しください、殿下…!」

「構わないよ、侯爵。こちらこそ、先触れも出さずにいきなり訪れたんだ。お互い、細かいことは無しにしよう」


 侯爵が申し訳なさげに近づいてきたところで、距離を置く。少し下がった場所から見るその光景は、絵本に出てくるお姫様と王子様の邂逅として遜色ない。軽やかに微笑みながら、淑女の礼をするその姿は、まるで白百合の花のように可憐で愛らしい。

 けれど、本物の淑女は会話している途中で割って入ってなど来ない。会話を打ち切られたこと自体はどうでもよいが、イーニアが記憶している妹の姿と、今の妹の姿に違和感を感じえない。前は子どもの頃も大人しく、いつも控えめに微笑んでいる貞淑な淑女そのものだったというのに。これではただの甘やかされたお転婆娘ではないか。

 気づかれない程度に首を傾げていると、王太子がこちらを見つめていることに気が付く。見る人すべてがほれぼれするような表情のまま、その瞳は微かな苛立ちが垣間見える。気のせいではなく、さっさとこの茶番を終わらせろと言外に言っていた。

 なぜそのような表情になるのかと思考に没頭していた意識を周りに戻せば、侯爵だけでなく侯爵夫人まででてきて、イーニアではなくフェネシアを妃にというようなことを延々と違う言い方で押していた。その横で、肝心の妹はきょとんとした表情で父親と母親を見つめている。まさか、この状況下で察することさえできていないのだろうか。なんと察しの悪い、といっそ哀れに見つめていたのが悪かったのだろう。視線を感じたのか、こちらの方に顔を向けてきたフェネシアは、何を思ったのかイーニアに駆け寄りその手を取った。侯爵たちの顔色が、いっそ面白いほどに青白いものへと変わっていった。


「王太子さま。王太子さまからも一言お言いになってくださいませ」

「…何をかな?」


 王太子が形式上とは言え返事を返してくれたのが嬉しいのか、妹は仄かに赤い表情のまま、嬉し気に語る。イーニアは、耳を塞ぎたい衝動に駆られていた。妹に手を取られて、良かったことなど一つも思い浮かばない。

 何を言うつもりなの?お願いだから何も言わないで、その無邪気なさえずりでこれ以上かき乱さないで!


 俯き目を瞑るのと、妹が喋りだすのはほぼ同時だった。

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