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魔女の再編  作者: 紗音
第一章
12/16

Wear a smile and have friends; wear a scowl and have wrinkles.―George Eliot

 

 何故彼が今まで生きてこられたのか。イーニアはずっと不思議に思っていた。

 彼の周りを揺蕩う、ジェイドのように淡く輝く緑色の髪と同色の瞳を持つ精霊が見えるまでは。


 朝の早い時間。厨房からかっぱらった残り物の硬いパンを口に詰めながら、朝露の光る森を駆け。補整された道から、人一人がやっと通れる幅の獣道を通り抜ける。やがて暗い視界からだんだんと光が見え始めると、森の中にぽっかりと開いた空間が眼前に広がる。その先に見えるのは、赤い屋根のレンガで作られた家。玄関横に作られた薬草菜園スペースは小さい柵で周りを囲まれ、周りには如雨露じょうろや小さなスコップが乱雑に置いてある。どこかほのぼのとした空気をまとう、ビャクダンの家だ。


 この家を誰かに見つかられても困るため、ここに来るまでの目印は一切つけていない。勘でいつも歩いているが、何故か迷わずにたどり着ける、不思議な場所。実家よりもよほど寛げる、森に囲まれた緑豊かで静かな場所。けれど、とイーニアは考える。ここが心安らげるのは、ここが自然の中だからなのかもしれないと。自然が異質を受け入れる性質を持つというのならば、森の中にあるこの家が居心地よいのも頷ける。


 庭(いじ)り…薬草いじりに忙しそうなビャクダンの背中に声をかけようかと近寄った。けれど、ふわりと視界を横切った緑色の風にはっと息をのんだ。

「いらっしゃいお嬢さん。相変わらずよく来るね。お嬢さんは何だか一緒にいると気分がいいから、いっそここに住んでくれてもいいのに」


 低く落ち着いた声は、独り言のように空に向かって話しかける。この精霊は、まだイーニアが見えるようになったことを知らないのだから、当然なのだが。イーニアがどう声をかけようか躊躇している間も、緑色の精霊は話し続ける。どうもおっとりとした容姿に反しておしゃべりな性格らしい。ビャクダンとは正反対だ。

「ビャクダンはさっきから薬草に水をやったり雑草抜いたり間引いたりで忙しいし、ちっとも僕に構ってくれない。まあ、構ってくれなくてもこうしてそばにいられれば結構満足だからいいんだけれども」


 のほほんと垂れ下がった目尻に緩く弧を描く口元。雰囲気は屋根で昼寝でもしていそうなゆったりとした精霊は、一人で気ままに話し続けている。おっとりという人種も様々だったらしいとイーニアが呆れ半分に感心していると、いつの間にかビャクダンがイーニアの方を振り向いており、びくりと肩を揺らす羽目になった。

 目が見えないというのに、気配に敏いこの男はイーニアがどこにいて何をしているのか見ていなくても大体把握しているというのだから恐ろしい。この話好きな精霊がイーニアが何をしているのか話している場合もあるのだろうが、目の前の精霊は、イーニアがどこにいるかなど、少しも話題に出していない。

「お邪魔しているわ、ビャクダン」

「ああ。いらっしゃい、レディ。お茶にしようか?それともあれを作ろうか」


 あれ。とはもちろん、あのまずそうな見た目のスープのことである。今はいいわと答えれば、少し残念そうにビャクダンは頷いた。

 ビャクダンの家でくつろぎ始めた頃、自然に精霊を無視し続けていることに今さらながらに気付いたイーニアは頭を抱えた。この状況でいきなり精霊が見えるようになったというのは不自然であるし、ビャクダンが見える人間なのかさえ未だわかっていない。おそらく見えていると思うのだが、何分口数の少ない男だ。見えると証明するものが何もない。何しろ、イーニアといる時に不自然な動作などしたことがない。相槌を返すやら、宙のある一点を注視していたりなどもしていたことがない。当時は見えなかったイーニアの前でそのような行動をとれば、完全に頭がいかれていると判断されかねないのだが、イーニアはそこまで頭が回らなかった。色々なことが一度に起こりすぎて、未だ頭の中は混乱を極めていたのだ。


「ねえ、ビャクダン?お嬢さんが珍しく澄ました表情を崩してるよ。可愛らしいねえー」

「それは、見れないのが残念だ」


自分の思考に忙しかったイーニアは、そのような会話が傍でされていたことには、終ぞ気が付かなかった。イーニアのそば近くでその様子をうかがっていた水色と茶色の精霊も、意外と抜けている彼女にくすりと微笑みを交わしたのだった。



今まで出てきた精霊の髪色や目の色を表す名詞はすべて宝石や鉱石から抜擢しております。

ジェイドも、そういう石の一つです。

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