紙クズの様に脆く
雷鳴が響き、ポツポツと雨粒が降りその雨粒は少女の履くローファーに落ちた。悪夢はより一層赤黒く染まった瞳で金属の巨人を睨む。
「絶対に。許さない…」
少女の影が不気味に蠢く、本来の小柄な影は無くなり、不自然に肥大した黒いシミが地面に広がる。
「食い尽くせ」
バグがそう言い放つと黒いシミから黒く光沢のあるナニかが這い上がる。それは九本の脚を持つ蜘蛛の様な生き物だった、大きさは猫と同等かそれ以下だ、さして強そうにも見えない。
「?!!」
だが、次々と這い出て、無尽蔵にその数を増やして行く。その光景にビルは少し動揺する、が直ぐに立て直し襲い来る蜘蛛モドキを迎撃するべく動く。
「くかか!貴様と戦うのにこの我輩が何の対策もしてないとでも?死ぬがよい!!」
ビルの余裕のある声が何処からか響き、メタルゴレムが頭部から炎を吐き出す。その炎に焼かれた蜘蛛モドキは藻掻きながら灰となってゆく。
「……」
「くか、さしもの悪夢も聖火の前ではなすすべも無しか、かか!このまま貴様も灰にしてくれる!」
メタルゴレムの炎は更に勢いを増し迫り来る蜘蛛モドキ達を灰に変えて行く、その光景にビルの高笑いが響く。
「かっかっか!!愉快愉快!噂の悪夢もこの程度か?たかが知れるは!」
メタルゴレムの放つ聖火の火がより一層増し、一瞬にして辺り一帯を焦土に変える。蜘蛛モドキは全て焼かれて死んでしまったが、バグとバグの周囲数メートルは無傷だ。
「ふっ、ご自慢の使い魔は全て死んでしまったようだが?守るだけでは勝てんぞ、お嬢ちゃん♪くかか!」
黒いシミはまだまだ大きくなる、煮え立つ様に脈打ちながら地を蝕む。だがまだ来ない。
「……遅い…」
バグは溜め息を吐く様に呟きムスッとする。
ビルはバグが大人しくしている事を『打開策を模索している』と推測し、好機と捉えた。
「さて、いつまで耐えられるかの?」
何もしないバグにメタルゴレムの拳が迫る。拳はバグの数メートル手前で何かに激突し、凄まじい轟音を発生させる。攻撃は止まない、何度も何度もメタルゴレムの拳が視えない何かと激突し、衝撃波と轟音を響かせる。
「お嬢ちゃん…一つ良い事を教えてやろう」
メタルゴレムの攻撃は続く。
「どれほど強固な防壁も、強度には限界がある」
ピキッ 何も無い空間に亀裂が入る。
「ほれ、丁度こんな風に、の!」
バキバキバキ! 空間が砕け歪む、否、それほど強力な防壁が崩れた事で空間に穴が空いたのだ。しかし、自らを守る盾が破壊されても尚、バグは眉一つ動かさずただ巨人を見つめるのみ。
「チェックメイトだ」
巨人の拳がバグに迫る。真面に食らえば肉は弾け、骨は粉々になり即死するだろう。まぁ、当たればの話だが…
黒く染まった地面から腕が伸びる、それは黒黒しい地面とは対照的な白い体毛を生やした猿の腕だった。
「何!!」
猿の腕はバグに迫るメタルゴレムの拳を易々と止め、そのままメタルゴレムの拳を握る。
「なっ!動かぬ!!」
猿の腕から逃れるべくメタルゴレムは必死に足掻くが、猿の腕はビクともしないそれもそうだろう。何せサイズが違い過ぎる、まるで赤子が大人に手を掴まれている様なものなのだから。
そしてまた、黒い地面から白い猿の腕が生える。それも次々に…
「やっと来た… 遅すぎる…」
バグが眉を顰めてそう言うと、猿の腕の本体は急いで地面から現れる。
「――…」
ビルは現れた異形を目にし、絶句した。
前面は首が無く断面から常に赤黒い血を垂らし、裂けた腹から白い歯が剥き出しで見え、胴より太く肥大した巨腕を六本生やし、所々赤黒いシミがある白い体毛の猿だった、が、背面は巨大な蜘蛛の脚が無数に生え、根本には隙間なくビッシリと人間の目玉がこべり付いていた。
「そいつ、殺せ」
バグのその言葉にビルは正気に戻る。
「!!―焼き尽くせ!」
メタルゴレムの頭部は今日一番の輝きを放ち、目の前の異形に凄まじい業火ぶつけた。相当な魔力を注ぎ込んだのか、頭部にある聖火を囲う檻と首周りはドロドロに溶けてしまった。
メタルゴレムの周りは焼け焦げた匂いと、煙が視界を覆う。
「か、かか…どうじゃ聖火の最大出力は?悪魔すら灰にする、ご…うか――」
その異形はまるでタバコの煙でも払うかの如く、周囲の煙を手で仰ぎ晴らす。異形は無傷だった、焦げ跡すらない白い体毛を纏う異形は、メタルゴレムの腕を掴む手に力を込め始める。
「ば、化けも――」
それがビルが最後に残したちゃんとした言葉だった。異形はメタルゴレムを持ち上げ地面に叩きつける。
「――――――――!!!!」
何度も何度も叩きつける。まるでそれは幼い子供が人形を乱暴に扱い遊んでる様だ。バキン!メタルゴレムの腕が千切れ空中に投げ出される。
「Fooo」
異形はつまらなそうに千切れた腕を捨て、落ちてくるメタルゴレムを見つめる。六つある腕でタイミング良くキャッチし千切れた方とは別の腕を掴む。もう後わかるだろう?
ギギギと金属が軋む音が聞こえメタルゴレムの腕が千切れる、ついでに足も千切る。
「ぎゃあああああああ」
掠れた老人の悲鳴が木霊する。そこで漸く異形は楽しそうに口を歪ませる。
「Bo♪」
メタルゴレムはジタバタと暴れる、異形はそれを鋭い蜘蛛の脚を使いメタルゴレムを突き刺す、何回も何十回も敢えて急所を外しながら。
「ああああぁぁぁあああぁぁ」
ビルは狂った様に叫ぶ、異形はそれをとても楽しそうに眺める。
「バズー。遊ばない、殺せ」
その言葉にバズーは主人の方を振り返る、そこにはゴゴゴと聞えて来そうな程、威圧を放つ主人の姿だった。バズーに恐怖と焦りが迫る、少し勿体無いがメタルゴレムを潰す事に決めた。
バズーは六つの手でメタルゴレムを掴み、加減する事なく捻じる。ガキン!メタルゴレムは真っ二つに割れた。
カランカラン。割れ目から何かが落ちた。
「Fuoo?」
バズーはそれを摘み上げる。それは瓶だった、中には人間の脳みその様な臓器が詰まっていた。
バズーが拾い上げた脳みその瓶詰をバグは近くに来て見る。
「『ビル・ローゲン』。ふ~ん、やっぱり。人間ってバカ」
バグは虫けらでも見る様な目をしながらそう言い、手でバズーに「潰せ」と合図する。バズーは無い首で首肯し腹にある大口を開く、口内には四列にも及ぶ歯がビッシリと生え、放り込まれた脳みその瓶詰を咀嚼する。バキ!ぐちゃ!ゴクン
「バズー、お座り」
バズーはお座りをした。
「よしよし。えらいぞ」
バグはバズーの腕を優しく撫でる。
「Guoo♪」
バズーは嬉しそうに鳴き声を洩らす。
悪夢はその声を聴き満足すると、瀕死で倒れる妖精の元まで向かい手提げの鞄から紫色液体が入った瓶を取り出す。
「フェアリー、飲んで」
瓶の蓋を取り、悪臭が盛れる。だがバグはお構い無しにフェアリーの口に突っ込む。
「ぐ、ぐふ」
悪臭と気を失っているせいでフェアリーは薬を呑み込めず口から零してしまう。
「むぅ。どうしよう…」
バグは誰かを治療した経験が浅い、それはいつも人と組まないからであり、組んでも相手は班長クラスで被弾する事はそうそうないからである。
バグが困っていると、意外な所から助け船が出された。
「Bofoo!」
それはバズーであった、何かをバグに言っている。仲間を救おうとする主人の姿が見ていられなかった様だ。
「どう、すればいい。か、わかるの?」
主人の期待が満ちた瞳がバズーを射抜く。
「GOOO!FedooBoo!」
バズーは何かを必死に主人に伝える。バグも内容を理解し頷く。
「わかった。んっ、ん…むっ…」
そう言ってバグは紫色の液体を口に含む。悪臭とえぐみと生臭さがバグの口内を蹂躙する。バグは眉を寄せ辛そうな顔をする。
「Foo!」
バズーは主人を応援する。
バグはしゃがんでフェアリーを優しく抱き寄せる。そして顔を近付け…唇を重ねる。
「ん、んん。ぷはっ… やった…」
ちゃんとフェアリーが薬を飲んでくれた事に若干顔が赤いバグは喜ぶ。余談だが、この薬にはアルコールも含まれている。
「これで、内臓は無事。本当に、よかった」
バグはどんどん顔を赤くしてゆく。
「ふしゅぅぅうう」
バグは完全に顔が赤くなった。
「Fuo?」
バズーは主人を心配する。
「らいじょぶ!バズズ~わたし、へいき!」
バグの目はグルグル目になっていた、そしてにやけ笑いを浮かべフェアリーに抱き着く、彼はまだ気絶している。
「ん♪フェアリー、生きてて。良かった…」
◆その後目覚めたフェアリーは口の中の地獄の様な悪臭と、何故か異様に顔の赤いバグが自分を抱きしめた状態で眠っているのと、目の前に異形が座っているのとで状況の理解が追い付かず固まるのだった。
「ふぇありー…」バグは寝言を呟いた。
『ビル・ローゲン』享年95歳
ザインの御手所属の地系統魔術師、魔鋼で出来たゴレムを使役し実力も高い。本体は魔法薬に浸かった瓶詰の脳みそ。それを使役するメタルゴレムの中に埋め込み最強の鎧として使っていた。人間だった頃の肉体をデコイとして使用するなど、倫理観など欠片もない。
まぁ、魔術師なぞどいつもこいつも狂った奴らばかりだが。