北海道遠くない?
ここは都内の何処か、ジメジメとした部屋に複数の人間が集まっていた。
「七海!WEBに上がってたぞ!例の事件!」
勢いよく部屋の扉が開き、厳ついオッサンが怒鳴り声を上げながら来店。その声に一人の若い男が肩を竦める。
「勘弁して下さいよぉ目撃者何人居たと思ってるんですか?しかも2日連続ですよぉ??」
「それでもやるんだよ!お前はちまちまパソコン弄ってるだけかもしれないが!こっちは現場の対応で手が回らんのだ!!大体お前は――」
パンッ 乾いた音が室内に響き厳ついオッサンを静かにさせる。
「落ち着いて下さいバンズさん、今日はザインの御手の対策会議なのでその話は後程」
「む、そうだったな!すまない!続けてくれ!」
元気一杯の厳ついオッサンはガハハと笑い席に着く。若い男はホッと胸を撫で下ろした。
「ええ、それでは各班長が集まったみたいなので対策会議を始めますね」
先程オッサンを黙らせた男が立ち上がる。その者は顔にのっぺらな何の装飾も模様もない仮面をしているのが特徴だ。
「まずは諜報班の七海さんより報告があるので、どうぞ」
先程厳ついオッサンに怒鳴られたひ弱そうな若い男、七海が立ち上がる。厳ついオッサンを横目で見ながら、錚々たる面々を前に胃がキリキリと言い出した七海は報告書を読み上げる。
「げ、現在、例年に比べ都内で二倍以上の魔が出現、観測されています。そ、それと時を同じくして『ザインの御手』が活発に動き出しました。現場の状況から、しゅ、出現した魔をザインの御手が回収していることは間違いないと思われ、何らかの手段で魔を探知し、わ、我々より早く行動しています。回収した魔を従属させている可能性が高く、ザインの御手をこれ以上放置するのは危険と、判断します」
やり切った!七海は自身を称えると同時に力尽き、椅子に座り込んだ。
「だから言ったのだ!俺は!北海道支部を潰す時!序に潰せばよかったのだと!」
厳ついオッサン、バンズは大声を荒げる。隣の少女が眉を顰め嫌そうにしている。
「バンズはそういうがあの時は欠員も多かったし、何しろ」
「ザインか……」
革ジャンを着た壮年の男が忌々し気にそう呟く。
「やっぱ平田さんもあの野郎が厄介だと思うか」
「あぁ、少なくともあれは… 準眷属級、下手をすれば眷属級並みのフィジカルだった。まともにやりあえるのは支部長くらいだろう」
革ジャンのオッサンはタバコを吹かしながらそう言う。
「ガハハハッ!!貴様らは弱腰過ぎる!あのような奴らなど!この俺が片手で捻り潰して来よう!!ガハハッ!」
「おい、アホのバンズ!平田さんの話聞いてなかったのか?眷属級がいるっつてってんだろ!テメェじゃミンチにされて終いだ」
平田の隣の席に座る、革ジャンが似合わない金髪の男はバンズを睨みながら言う。
「貴様と同じにするな!妖精の!魔術師など!この俺が挽き肉にしてやる!ガッハッハ!!」
「あ"ぁ"?大阪で魔術師し相手に死にそうになった奴のセリフにゃ聞こえねぇな?」
妖精は煽る様にそう言い、バンズは額に青筋を立て怒鳴る。
「なにおう!あの時は状況が悪かったのだ!!今の俺なら!あの様な不覚は取らぬ!!」
バンズの隣に座る少女は耳を塞ぎ耐えている、その顔には苦悶が浮かぶ。
「ハッ、状況が悪かっただって?どう考えても――」
パンッ 支部長が手を叩き二人は静かにさせる。
「はい、そこまでです。お二人共お静かに、話を戻します。今年に入ってから異常な程『魔』が出現しています、当初は何らかの霊的災害かと思われていましたが、諜報班によりザインの御手が関与している事が発覚。今日はその本格的な対策会議です。よろしいですね?」
支部長は各班長の顔を見て問題ない事を確認し、話を切り出す。
「ザインの御手を潰すに当たり彼等の戦力を把握する必要があります、なので妖精と悪夢に偵察をお願いします。大雑把でも構いません、ザインの御手の拠点、保有している魔の総数を調べて来て下さい。妖精と悪夢が戻り次第もう一度各班を招集し、攻勢に移ります」
「あぁ一ついいですか?」
妖精が遠慮がちに挙手する。
「どうぞ」
「俺は分かるがなんでバグなんだ?偵察なら黒金の方が適任だろ」
妖精の言葉に悪夢も頷く。
「ええ、確かに偵察だけなら彼が適任でしょう。ですが、その理由を説明するには先にバンズさんが言っていた例の事件を語る必要がありますね」
妖精が首を傾げる。
「アレか?死体が無いのに夥しい量の血があったっていう」
「ええそうです」
「でもあれは人の犯罪じゃないのか?」
「私も最初はそう思ったのですが、現場で魔の犯行と断定しました。なにせ魔の残滓が残っていましたから。そして、詳しく調べ様とした所」
徐に支部長は自身の右腕を出し、腕に巻かれた包帯を解く。すると赤黒く爛れた肌が露わになり、部屋に居る殆どの者が驚愕した。
「?!!」
「なんだそりゃ!」
「おいおいマジかよ」
「酷い怪我だな!」
「支部長、何があったんだ?」
「術式を使って痕跡を辿ろうとした所急激に術が暴走しまして、この通りです。おそらく術式に反応する魔法が仕掛けてあったのでしょう。更に術式の暴走により残滓は掻き消え追跡は不可能になりました」
支部長は肩を竦めた。
「支部長が見落とす程完璧に隠蔽された魔法に、わざと残滓を残して追跡しようとした奴を狙った?」
「狡猾だなそして力もある、危険だ。支部長にそれほどの傷を負わしたんだ、ただの魔ではないだろう」
「で、そいつとザインが関係してると?」
「まだ断定は出来ません、ですが警戒するに越した事はないでしょう。それにあの魔法を仕掛けた魔と悪夢は相性が良いでしょうから」
そう言って支部長はバンズの隣に座る少女へと視線を向けた。
「私と?」
少女の翡翠色の瞳が支部長を見る。
「マジかよ、邪神の血族かよ」
妖精は頭を抱えた。
「確かにそれはバグが適任だな!」
「良いですか?くれぐれも慎重にお願いします。万が一の時は…霊装の使用を許可します」
「それほど、だったのか?」
平田が真剣に尋ねる。
「ええ、霊装無しでは厳しいでしょう。犯人は準眷属級と想定します、ですからくれぐれも慎重に」
その発言に各班長が各々に話し合う。霊装とは支部長が使用許可を出して初めて使う事の出来る、第三位階の対魔兵装。異形狩りの切り札と言われている。
パンッ 部屋に響き渡る支部長の手の音で皆が静かになる。
「ですがあくまで万が一の保険なので、使わないに越したことはありません。それでは妖精、悪夢、偵察よろしくお願いします」
「はい!任せて下さい」
「りょーかいフェアリーは私が護る」
親指を立て、任せろ!とバグは元気一杯に応える。何人かの班長はそれを見て和んだ。
「これで会議は以上です」
支部長が立ち上がり、それに続いて各班長も立ち上がる。
「皆、命第一で行動して下さい。解散」パンッ!
支部長の合図と共に各班長はジメジメとした部屋から去ってゆき、支部長だけが部屋に残る。
彼は負傷していない方の腕でスマホを取り出し電源を入れる。支部長は会議中電源を切る派だ。
「さて」
彼の視線の先、スマホの画面にはラインが開かれております、一人の人物から大量にスタンプが送られ通知が999+となっている。その人物の名前は――『暗黒神スレイブ』
「まったくどうしたものでしょう」
彼はトークを開き既読を付ける。すると直ぐに相手からメッセージが送られて来た。
「本当に…どうしたものでしょう」
一人しか居ない部屋に深い深い溜め息が響く。異形狩り日本支部、支部長は今日も今日とて疲労を蓄積する。願わくば彼の疲れが無くなることを――
◆無理です(神の意思)