第81話 おっさん、少女の秘密を見る
【書籍化情報】
ツギクルブックス様より7月10日より発売が決まりました。
支えていただいた読者の皆様のおかげです。
ありがとうございます。これからもよろしくお願いします。
森を抜け、開けた場所に出た。
広がっていたのは、小さな池だ。
とはいえ、それなりに深さがあるらしい。
夜ではあるが、水底がよく見えなかった。
「いない……。アローラ様が。ここで水垢離されているはずなのに」
リックの指摘通り、どこにもいない。
まさか魔獣に水底へ引きずり込まれたのだろうか。
最悪の予感を想像し、ヴォルフが水の中をのぞき込んだ。
すると、影が広がる。
何かが上がってきたと思った瞬間、水しぶきを上げて、それはは跳ね上がった。
「――――ッ!」
月の光を受け現れたのは、少女だった。
真珠のような肌。
南海を想起させるような青緑色の髪。
瞳は吸い込まれそうな金色をしている。
だが、そこまでなら単なる年若い少女だ。
普通と違うのは、少女の下半身には魚鱗がびっしりと生え、魚の尾のようになっていた。耳の部分にもエラのようなものが、小刻みに動いている。
人魚族だ。
獣人の中でも滅多にお目にかかることのない希少種。
しかも、海の近くでもなんでもなく、内陸の山野でその姿を拝見できるなど、滅多にないことだろう。
が、一番驚いたのが、その少女がよく知る人物だったからだ。
「アローラ……」
突然、名前を呼ばれたアローラは、そこで池の縁にいた男たちの存在に気づく。
一旦池の中に飛び込むと、水面から半身だけを出した。
「薬屋……さん? それにリックまで……」
黄金色の瞳を大きく開く。
声も震えていた。
3人はしばし固まる。
ちなみに、アローラは何もつけていない。
一糸まとわぬ姿。
年頃の少女と比べて慎ましい胸が、その先端まで丸見えになっていた。
「きゃ……!」
アローラは水の中に入る。
す、すまん、とヴォルフは後退した。
さしものの狼も慌てていたのか。
足をもつれさせると、ぺたんと尻餅をつく。
「む……」
何か触りがあると思い、手を挙げた。
指先に女性物の下着が絡まっている。
「く、薬屋さん! 何をしてるんですか?」
「ちょ! 待て! アローラ、これは誤解だ!!」
「やはり貴様……!!」
「2人とも離れてくださぁぁぁぁぁぁい!!!!」
人魚の悲鳴が山野に響き渡るのだった。
◇◇◇◇◇
「あははははは!!」
声を上げて笑ったのは、ベードキアだった。
その横でヴォルフとリックがそれぞれ肩を落としている。
アローラは少し顔を赤くしながら、反省する男たちを気にしていた。
あの後、やってきたベードキアによって、ようやくアローラは介抱された。
今は野営地から岩石地帯に戻る道すがらだ。
すでに夜が明けようとしている。
黒一色だった空に、青みがさしてきた。
「うふふふ……。薬屋さんはともかくとして……」
「何がともかくなんですか、ベードキアさん!」
「まさか男が2人して覗きなんて。意外と大胆なんですね、リックくんも。我慢できなかったんですか?」
「わ、わたくしはアローラ様の悲鳴を聞いて」
「悲鳴? ああ。あれは近くに苦手な虫がいて。つい――」
どうやら些末なことだったらしい。
虫が苦手とは、アローラにも女の子らしいところがあるものだ、とつい感心してしまった。
「しかし、まさかアローラが人魚族なんて思わなかった……」
「そうですね。正直にいうと、あたくしも驚きましたわ、アローラ」
「ごめんなさい。……隠すつもりはなかったのですが」
人魚族はその存在自体が稀少だ。
だから、奴隷市場では人族の1000倍以上の値段で取引される。
また国によっては、人魚族の血は「不老の妙薬」ともいわれ、こちらも高値で売買されていた。
つまり、アローラそのものが歩く黄金のような存在なのだ。
「大丈夫なんですか? 今から戦うのは炎獣。火はアローラさんにとって、天敵では?」
「はい。……ですが、街の人が困っている以上、見過ごすわけにはいきません」
アローラは顔を上げる。
黄金の瞳に恐れも、迷いもなかった。
ヴォルフにいわせれば自殺に等しい。
人魚族の火属耐性はかなり低い。
竈の火ですら、彼女たちに致命傷になる可能性がある。
アローラがいうほど、簡単なクエストではない。
そんな人魚族の宣教騎士に、ベードキアはひしと抱きしめる。
「ああ……。なんと健気なんでしょう」
「ちょっと! ベード」
ベードキアのふくよかな胸に、アローラの小さな頭が収まる。
同性とはいえ、恥ずかしいのだろう。
人魚族の少女は、顔を赤くしていた。
「あたくしの妹にしてあげたいぐらい可愛いですね」
「妹なんてそんな……」
「あたくしがお姉さんではダメかしら」
「そんな……。でも、そうですね。私にお姉さんがいたら、こんな感じかもしれませんね」
「うーん。もう! アローラちゃん、可愛すぎです!」
よしよしと、アローラの頭を撫でる。
さらに自分の胸に押しつけた。
今にも窒息しそうだ。顔の横にあるエラをピクピクと動かしている。
男たちは可愛い人魚と美人のダークエルフの抱擁を見ていることしかできない。
リックなどは、今にも鼻血を出さんばかりに赤くなっていた。
アローラがいなければ、地面でのたうち回っていたかもしれない。
「可愛いですわよね、アローラちゃん。ねぇ、薬屋さん」
「え、ええ……。――って、私に振らないで下さいよ、ベード――」
途端、ベードキアの顔が険しくなる。
同時にヴォルフと、隣にいたミケも気づいた。
遅れて、リックとアローラも身体をかがめる。
腹ばいになりながら、崖下を見下ろした。
炎獣たちが悪魔の行進のように並んでいる。
岩石地帯に入ると、洞窟の中へ次々と入っていった。
「作戦は大当たりですね」
ベードキアは薄く笑う。
炎獣たちの後を追えば、源泉へと辿り着けるだろう。
同時に、アローラとはお別れということになる。
ヴォルフは懐から大葉にくるんだ薬をアローラに差しだした。
「炎熱の耐性があがる薬です。……気休め程度かもしれませんが、これを使って下さい」
「あ、ありがとうございます」
「本来なら、あなたも私とここに残ってほしいのですが」
「お心遣いありがとうございます。しかし、これも私に与えられた苦難です。ラムニラ教の教えには、苦難もまた善行という教えがあります」
「…………」
その言葉を聞き、ヴォルフは複雑な気持ちになった。
ラムニラ教大司祭マノルフ・リュンクベリのことを思い出していたのだ。
レクセニル王国を発つ前、ヴォルフはマノルフのことを調べていた。
極貧の生活の中、ラムニラ教に出会い、歪んだ解釈は結局自滅するまで変わることは無かった。
アローラもまた、彼のようになるのではないか。
そんな一抹の不安を感じずにはいられなかった。
「ですが、私が受けるべき善行は、他の人に受けてほしいと思っています。だから、薬屋さん。どうか息災に。あなたに聖天ラムニラのご加護がありますように」
印を切った。
いつだったか、マノルフに同じようなことをされたことが、脳裏に蘇る。
それが【剣狼】をより一層寂しくさせた。
アローラはにこやかな笑みで締めくくる。
ヴォルフはやや決まりの悪い笑みで返した。
「リックさん、ベードキアさん。どうか御達者で。アローラ様をよろしくお願いします」
「お前にいわれなくてもわかっている」
「薬屋さん。野菜汁、おいしかったですよ。今度会った時は、あたくしをもらってくださいね」
リックはムッと顔を向け、ベートキアは投げキッスを送る。
それが別れの言葉になった。
3人は洞窟へと向かう。
ヴォルフとミケは手を振って見送るのだった。
書籍化に伴い、タイトルが大幅に変更されます。
新タイトルは、
『アラフォー冒険者、伝説になる ~SSランクの娘に強化されてSSSランクになりました~』になります。
大幅にタイトルが変わりますので、
混乱を防ぐため、なろう版のタイトルは2018年5月17日13時以降に変更いたします。
ご理解のほどよろしくお願いしますm(_ _)m
(※詳しくは活動報告にて)
次回の更新は5月20日予定です。いよいよ戦闘開始です。








