第80話 おっさん、若い騎士の過去に号泣する
修正の度に反応していただいている方、申し訳ない。
間が空いてしまいましたが、最新話更新いたしました。
「ご主人は人が良すぎるにゃ」
幻獣ミケはため息を吐いた。
尻尾をピンと立て、このクエストを受けてから終始ご機嫌斜めだ。
それでも主人への忠誠心は忘れていないらしい。
辺りに転がっていた枯れ木をくわえると、あらかじめヴォルフがまとめておいた薪の束の上に置いた。
その横で、ヴォルフは剣を抜き、素振りをしている。
王都を出て、亡霊となった今も、鍛錬をかかしたことはない。
1人と1匹がいるのは、岩石地帯からほど近い森の中だった。
ほとんどが枯れ木で、夏真っ盛りというのに青葉の1枚も生えていない。
おかげで乾いた木が多く、薪には事欠かなかった。
まだ隻眼になれていないヴォルフは、森を歩くのに四苦八苦している。
薪を拾うのにも何度も空振りしていた。
距離感が狂うのだ。
眼帯を外せば済む話ではあるのだが、これも修行と思ってそのままにしている。
ヴォルフは汗を拭った。
なかなか機嫌を直してくれない相棒に、困り顔を向ける。
「お前のいいたいことはわかるよ。俺の天敵であるラムニラ教徒に何故、手を貸すのかっていいたいんだろ。……でも、2人は困っていたし」
「だから、人がいいにゃといっているにゃ!」
ミケの圧力に、ヴォルフはつい「すまん」と謝った。
ちょっと言い過ぎたことを反省した幻獣は、少し声のトーンを落とす。
「それに相手は炎獣にゃ。いくらご主人が凄い剣士でも、魔法なしで討伐は難しいにゃ」
「その点は心配するな。一応対応策は考えてある。それに――」
「それに?」
「頼りになる相棒もいるしな」
ミケは毛がビリビリと逆立つ。
やがてふんわりと柔らかくなった。
心なしか白い体毛が赤く見える。
照れを隠すように、ミケは足で耳の後ろを掻いた。
「おだてたって、許さないにゃ」
「どうやったら許してくれる?」
「1等級の魔鉱石!」
異色の瞳を輝かせる。
結局、それか――。
というより、それを要求したかっただけなのかもしれない。
ヴォルフは相棒の背中を撫でながら、苦笑を浮かべた。
突然、ミケの耳がピンと立つ。
ヴォルフもまた森の奥に視線を放った。
慌てて肩にローブを掛け、布巻帽子を巻く。
現れたのはリックだった。
「お前か……」
ランプを掲げる。
同行している薬屋だと気づくと、やや警戒を緩めた。
鋭い眼光は納めず、ヴォルフに向けたままだ。
街を経って以降、彼の警戒心は1度も緩んだことがない。
ヴォルフだけではなく、素性が明らかなベードキアにすらだ。
よほど狭量な人間なのか。
それとも、人一倍アローラを大事に考えているのか。
おそらくは後者だろう。
「こんなところで何をしている?」
「薪を拾っていただけですよ」
側にある薪の束を指さす。
リックは鼻を鳴らした。
眉間に皺を寄せ、完全に警戒を解く様子はない。
「リックさんこそ、どうして?」
「アローラ様が勝利を祈念し、水垢離をされている。周囲に不審なものがいないか見回っていたら、お前がいたというわけだ」
「私は不審者じゃないですよ」
「どうかな?」
リックはランプを置く。
腰に差した剣を引き抜いた。
切っ先をヴォルフに向けて、詰問する。
「答えろ! 何故、我々に同行した? 何を企んでいる」
「別に何も企んでませんよ」
ヴォルフは何気なく装う。
だが、横のミケは怒り心頭だ。
さすがにご主人に刃を向けられては、契約幻獣として許せなかったのだろう。
うー、と低く唸る幻獣をなだめながら、ヴォルフは苦笑する。
敵意がないことをアピールした。
「しいていえば、アローラ様に惚れ込んだからでしょうか」
「何!? お前もアローラ様のことが好きなのか!?」
「も――。私はあの方のお優しいところに惚れ込んだだけで、別に恋愛感情は……」
「ぐ――!?」
リックは息を呑んだ。
切っ先がブルブルと震えている。
さらに、その顔は真っ赤になっていた。
明らかに動揺している。
青年騎士の反応に、ヴォルフとミケは顔を見合わせた。
お互いにニヤリと笑う。
「もしかして――というよりは、やはりリックさんはアローラ様のことが」
「それ以上いうな!!」
「(やっぱり……)」
「いいか! このことは誰にもいうなよ」
いわなくても、おそらくベードキアも気づいているだろう。
人間関係に興味のない幻獣のミケすら察しているのだ。
気づいていないのは、アローラぐらいだろう
『悲しいにゃー』
ミケは「にゃー」と嘶いた。
「ところで、アローラ様のどこが好きなんでしょうか?」
「いや……。それは――――その……」
その時にはすっかりリックの警戒は解かれていた。
当然、抜いた剣は下を向き、照れた顔は年相応の青年にしか見えない。
ここに年上のベードキアがいれば、さぞからかわれただろう。
「アローラ様と出会ったのは、俺が宣教騎士になる前だ」
こんこん、とリックは語り出した。
まだ朝まで時間はある。
暇つぶしにはちょうどよかった。
リックは昔、冒険者だった。
生まれ持った体力と頑強な身体。そして人一倍強い精神力を買われ、パーティーの要となる【盾騎士】に選任された。
彼がいたパーティーはとてもバランスがよく、若く勢いがあった。
さらにリックの活躍などもあって、どんどん名声を高めていった。
その折り、リックがいたパーティーは王国側に請われ、北で起きた魔獣戦線の参加依頼を受ける。
もし目立った戦果をあげれば、Aクラス待遇の補償を受けることが出来る。
そうなれば、王都に家を築き、一生遊んで暮らすことも可能だ。
パーティーはいろめき、魔獣戦線に挑んだ。
結果、リックを残して全滅。
【盾騎士】は仲間を1人も守る事が出来なかった。
失意のうち、リックはそっと戦線を離れ、王国に帰った。
毎日酒を浴びるように飲み、荒れた。
ギルドから受け取った参加報酬も酒代に代わった。
死のう――そう考えない日はなかった。
「そんな折り、アローラ様に出会ったのだ」
場所は酒場の裏口。
顔に喧嘩の痣を作ったリックを、彼女は丁寧に介抱してくれた。
その時は何も思わなかった。
綺麗だとも、優しいとも。
「むしろ説法だけで金をせびるインチキ尼さんぐらいに思っていたよ」
それほど心が荒んでいたのだ。
アローラはリックに寄り添い続けた。
ラムニラ教の話は一切しない。
よく自分の故郷の漁村の話をしてくれた。
生活は貧しかったが、幸せな家族だったという。
ある時、魔獣戦線での話をした。
それを聞いた彼女は涙し、こういったのだという。
『あなた1人だけでも生き残ってくれてよかった』
きっと仲間は、そのことを喜んでくれている――と。
「その一言で俺はようやく立ち直ることが出来た。同時に、恩人であるアローラ様は絶対にお守りすると心に誓ったのだ」
リックは上を向く。
周りは枯れ木ばかりだ。
半月が浮かぶ空がよく見える。
白い天体の表面は、アローラの肌のように輝いていた。
「ぐすっ……」
何故か、すすり泣く声が聞こえた。
顔を薬屋に向けると、ポロポロと涙を流している。
何故か、横の猫まで泣いていた。
「そ、そうですか……。色々あったんですねぇ、ぐすっ」
『うう……。泣かせる話にゃ』
「お、お前、何故泣いて……。猫まで」
リックは若干腰を引く。
ヴォルフは涙を袖で何度も拭った。
最近、年のせいか涙腺が緩くなっていた。
「恋に付ける薬はないと申しますが……。リックさん。あなたの恋路、是非応援させてください!」
「いや――。そもそもお前とは洞窟までだろう。その後は関係ないはずだ」
確かにそうだ。
彼らが洞窟に踏み込めば、ヴォルフたちは引き返さなければならない。
「きゃあああああ!」
突如、悲鳴が聞こえた。
聞き覚えのある声だ。
「アローラ様だ!!」
リックはランプを拾い上げ、剣を鞘に納めず走り出す。
ヴォルフとミケも後に続いた。
中途半端なので、明日も更新いたします。
すでにお気づきの方もいるかもしれませんが、
書籍での内容の変更、タイトルに鑑み、ヴォルフの年齢を5歳ほど引き下げさせてもらいました。
なろうの方でも修正を反映させていただいてます。
後日、書籍の詳細発表とともに、タイトルも変更させていただきますので、
ご了承いただきますようお願いいたします。








