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第78話 おっさん、手を挙げる。

 戦闘は終わった。


 リックは静かに剣を鞘に納め、大盾を背負い直す。

 アローラに近付いた。


「お怪我はありませんか、アローラ様」


「リック、ありがとうございます。ええ……。問題ありません」


「あれほど、わたくしから離れませんよう申し上げましたのに」


「ごめんなさい。……この薬屋さんがかわいそうで、つい――」


 アローラはしゅんと肩を落とす。

 安堵と呆れが混ざったような息を吐き、リックは怪しい面容の薬屋の方を向いた。


「絡む方も絡む方だが、こんな道ばたで商売している方も悪い。商売をしたいなら、きちんと自分の店を持つんだな」


「はあ……。すいません」


 ヴォルフは自分と同じように茣蓙を引き、商売をする商人を見つめる。

 俺の方を見るなよ、という具合に睨み返されてしまった。


 またリックの方に視線を戻すと、ちょうどアローラが割って入るところだった。


「お怪我はありませんか、薬屋さん」


「は、はい……。ありがとうございます」


「リック、あまりキツい物言いはダメですよ。商人さんだって、本当はお店を持って商売したいのでしょうから。それが難しいから、ここで商いをしているのです」


「その割には稼いでいるようだがな」


 リックの態度は変わらない。

 ヴォルフの横にある金袋を睨んだ。


 実は、店を持つと税金を払わなければならなくなる。

 だから賢い行商人は自分の店を持たず、路頭に出て商売をしていることが多い。事実、こうした商人が売る商材の方が店で買うよりも安く、良い物が置いていることがある。

 こうやって往来で商売しながら、1等地に一軒家を建てる商人も少なくない。

 行商富豪という言葉があるぐらいだ。


 合法的な節税方法なのだが、世間一般では感心される行為ではない。


 この青年はヴォルフが行商富豪の1人なのだと疑っているのだろう。

 肥え太った財布を見れば、誰でも行き着く結論だ。


「まあ、おかげさまで……」


 ヴォルフは誤魔化した。

 自分は行商富豪でもなければ、御殿を持っているわけではない。

 普通にお金がないから、薬を売っていただけなのだ。


「あら?」


 アローラが何かに気付く。

 周りをキョロキョロと見渡していた。


 先ほどの喧嘩の野次馬は解散し、今は元の往来の姿に戻っている。


「先ほどの方々がいませんわ」


「先ほどとは……ああ、あの暴漢ですか?」


「さっき逃げていきましたよ。我々が喋ってる間に」


 ヴォルフは逃げた方向を見渡す。

 胸のラムニラ教の象徴を握り、アローラは俯いた。


「そうですか。傷の手当てをしようと思っていたのですが」


「そんな必要はありません、アローラ様」


「ダメですよ、リック。聖天ラムニラ様は誰にでも平等なお方です。その使徒たる我らが手を差し伸べなければ、彼らは己の悪行によって身を滅ぼすでしょう」


 アローラの説法を聞いて、ヴォルフの脳裏に1人の人物が浮かぶ。


 レクセニル王国支部ラムニラ教大司祭マノルフ・リュンクベリだ。


 まさにアローラの言葉通り、己の悪行によって身を滅ぼし、最後は【剣狼(ソード・ヴォルバリア)】の牙によって食いちぎられた。


 割と最近のことではあるのだが、もう随分昔のことのように思える。


「お二人はラムニラ教の関係者の方で?」


「自己紹介はまだでしたね。私たちはラムニラ教の宣教騎士です」


「宣教騎士?」


 辺境を巡回し、ラムニラ教の教えを広める一方で、地方にある小さな問題点を解決する役目を負うのが、宣教騎士だ。

 聖天騎士が神殿や司祭を警護する近衛ならば、宣教騎士は辺境派遣騎士といったところだろう。


 そういう人間がいることは知っていたが、本人たちを見るのは初めてだった。


(それにしても……)


 かなり若い。

 リックは20歳手前。

 アローラはフードで半分顔が隠れているから正確にはわからないが、声音からしてまだ10代だろう。


 だが、2人の会話からして、ラムニラ教に置ける地位はアローラの方が上。

 平等を口にするラムニラ教で地位の上下とは皮肉な話だが、少なくともリックは年下の少女を敬っているように見えた。


「私の名前はアローラ・ファルダーネ。彼はリック・スタッタラッパと申します」


「俺は――」


 言いかけた瞬間、ミケは主人の顔に飛びついた。

 爪を立て、がりがりと軽く引っ掻く。

 おい、やめろと表面上では怒鳴ったが、内心ほっとしていた。

 さすがに本名をここでいうのはまずい。


 アローラはともかく、後ろに控えるリックはまだヴォルフに対して警戒を解いていなかった。


「だ、大丈夫ですか?」


 アローラは慌てて駆け寄る。

 主人想いの(ヽヽヽヽヽ)猫を、ヴォルフはようやく顔から引っぺがした。


「大丈夫ですよ。どうも最近ボケてきたのか。時々、癇癪を起こすんですよ――痛った!!」


 次にミケはヴォルフの太股を噛む。

 今度は先ほどと違って本気だ。

 主人の言い訳がお気に召さなかったらしい。


「ですが、爪が結構深く……あら、もう治ってる」


「(しまった! レミニアの【時限回復(リルミット・ヒール)】!)」


 ヴォルフは慌てて顔を隠した。


「いや……。さっき時限回復系の魔法薬をあらかじめ飲んでいたんですよ。絡まれた時ように……」


「ああ……。そうなのですね」


 アローラは懐に伸ばした手を引っ込めた。

 おそらく回復薬を出そうとしたのだろう。

 一連の動作から考えて、治療師(ヒーラー)ではないのかもしれない。

 胸のタリスマンも、よく見れば増幅器とは違うような気がする。


 今度、細い手を掴んだのはリックだった。


「アローラ様、そろそろ行きましょう」


「え? しかし……」


 アローラはヴォルフを見つめる。

 心配げな表情とは裏腹に、横に立ったリックの表情は硬い。

 視線が合うと、強い疑念と怒りが混じった眼光が閃く。

 先ほどの一件。どうやら【盾騎士(ガーター)】の疑いをさらに深める結果となったらしい。


 詰問するよりも、アローラから危険因子を遠ざけることを優先したのだろう。


「(若いが、自分の立場と役目をきっちり理解しているようだな)」


 疑り深いのはヴォルフにとっては難点だが、アローラの守護騎士の対応としては満点だ。


「では、失礼します」


 アローラはペコリと頭を下げながら、リックに連れられていった。


 雑踏に2人の姿がなくなる。

 ほぼ同時に幻獣と契約主は息を吐いた。


「危なかった……。助かったよ、ミケ」


「ご主人は迂闊だにゃ。あと、ボケってなんにゃ! ボケって! これでもミケは、幻獣界隈では若い方にゃ!! ピチピチにゃ!」


「悪かったよ。後で魔鉱石を食べさせてやるからさ」


「やったぁぁああ!!」


 ミケは飛び上がって喜ぶ。

 ここのところまともな飯をあげていなかったから仕方ない。

 かくいうヴォルフの腹も、朝から悲鳴を上げていた。


 2人が消えた方向をぼんやりと見やる。


「宣教騎士か……」


「なんだか厄介そうな連中だにゃ。飯食ったら、さっさと街から出ようぜ。あいつらにまた見つかる前に」


「そうだな……」


 ヴォルフは腰を上げた。



 ◇◇◇◇◇



 しかし、ヴォルフは再び宣教騎士に出会う。


 飯も食べ終え、相棒の忠告通りローシャンから出立しようとしていた矢先、聞き覚えのある声に足を止めた。


 側の建物からだ。

 何故か人だかりが出来ている。

 どれも屈強な冒険者たちだった。

 つと看板を確認すると、『ギルド ローシャン支部』と書かれていた。


「ご主人……。行こうぜ」


「ちょっとだけ、な」


 靴紐を引っ張る相棒を無視し、入口に近付いていく。

 割と広い受付エントランスには冒険者たちが集まっていた。

 背嚢を背負いながら、ヴォルフは人混みを縫うように入っていく。


 やはりいたのは、アローラとリックだった。


「どうか……。私たちに同行いただける冒険者の方はいらっしゃいませんか」


 宣教騎士の少女は必死に訴えていた。

 その横でリックが複雑な表情を浮かべている。

 さらに側には、老夫婦がアローラと一緒に嘆願していた。


「なあ……。どうしたんだ?」


 ヴォルフは側にいた冒険者に事情を聞く。


 実は、ローシャンは炎獣という魔獣に悩まされていた。

 炎獣とは炎属性を帯びる気体状魔獣全般を指す言葉だ。

 気体故、その形状は様々であることから、総称で呼ばれることの方が多い。

 その強さはピンキリで、熱量がそのままクラスとしてカウントされる。


 厄介なのは水、氷属性の魔法もしくはそれらを付与された武器しか効果がないことだ。魔法や魔法付与でしか攻撃できないという点において、幽霊系の魔獣と変わらない。


 ただ幽霊系とは違って、炎獣を生み出す源泉があり、それを叩かないことには、討伐したことにはならない。


 炎獣は夜な夜な現れては、ローシャン周辺の田畑を燃やし回っているらしい。

 昨夜も現れ、アローラの側にいる老夫婦の畑を焼いたというわけだ。


 後は聞かなくてもわかる。

 優しいアローラが老夫婦の嘆願を聞き、一緒に討伐してくれる仲間を探しにきたというわけだ。


 しかし、その願いも虚しく進み出る冒険者はいない。


 炎獣討伐は簡単な任務ではない。

 まず優秀な魔導士が必要なこと。

 炎獣を倒せる力と、その源泉を封印する力が必要になる。

 普段、後衛におく魔導士がメインアタッカーとなるため、危険も大きい。


 最低限Bクラスの冒険者は必要になる。


 しかし、ここは王都ではない。

 比較的大きな地方都市とはいえ、優秀な人材が揃っているかといえば、必ずしもそうではないようだ。


 それに、これほど誰も出てこないところをみると、すでに炎獣討伐は何度か実行され、そのいずれも失敗した。

 ここに集まっているのはB以下か、魔導士以外の冒険者なのだろう。


 皆、リスクを取りたくないのだ。


 声が枯れるまでアローラは嘆願した。

 結果は芳しくない。

 いよいよリックが彼女を引き留めようとした瞬間――。


 そっと手が挙がった。


 足下にいた幻獣が「あちゃー」と両手で耳を覆った。


 アローラの瞳に、先ほど出会った背嚢を背負った男が映る。


「あなたは……」


 眼帯をした薬屋が手をあげていた。


いつも感想ありがとうございます。

一部返させていただきました。


ちょっと忙しくてなかなか返せていないのですが、

すべて読ませてもらっております。

今後ともよろしくお願いします。

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