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第76話 薬売りのおっさん

新章『宣教の騎士篇』早くもスタートです!

 幻獣ミケの異色の眼に、男が映っていた。


 顎にびっしりと生えた髭。

 大きな背嚢を背負い、一見商人にも見えなくはない。

 だが、顔を斜めに断つ眼帯は勇ましく、頭にのった布巻帽子は明らかに巻き慣れていない様子だった。


 歯をむき出し、口元をピクピク動かしながら、愛想笑いを浮かべるのだが、幻獣の純粋な眼には、ますます疑念が積もっていった。


「あやしい……」


「あやしいってなんだよ。完璧に商人スタイルだろうが」


 頭に手をやり、布巻帽子に触る。

 すると緩んでいた布がほどけた。

 慌てて抑えるものの、ますます布が地面に広がっていく。

 結局、すべてほどいてしまい、男の癖毛が丸見えになった。


 契約幻獣に睨まれるこの男は、かつては英雄、今は亡霊の冒険者。

 ヴォルフ・ミッドレスであった。


 とはいえ、今はミケの指摘した通り、如何にも胡散臭い男にしか見えない。


 東の国ワヒトを目指す一行は、ローシャンという街に来ていた。

 レクセニル王国王都から南東にある貿易中継都市で、大通りは冒険者よりも買い付けに来た商人やその馬車で溢れ返っている。

 一方で肥沃で平らな土地が広がり、西からは大きな川。

 その土地を利用し、農業も盛んな街としても知られていた。


「それでご主人様はなんでそんな格好をしてるにゃ?」


 ミケは道ばたに座り、耳の裏を掻く。

 自ら尋ねたにもかかわらず、まるで興味がなさそうだった。


「さっきもいったろ。メンフィスで顔ばれしたって」


「だから、変装したのか? ますますあやしさが増したような気がするにゃ」


「おい。待て、タダ飯食らい。その言い方はまるで俺が元々怪しい風貌してたってことじゃないか?」


「そりゃあやしいにゃ。自覚なかったのか? 明らかに冒険者の適齢期を過ぎたおっさんが、これ見よがしに刀をぶら下げてる。ご主人様は自覚ないかもしれないけど、昔から目立ってたんだにゃ」


 がーん……。


 頭をハンマーで打ち付けられたような気分だった。

 ショックだ。

 自分が他人から注目を浴びていたなんて。

 全くの無自覚だった。

 そりゃあ……。何か視線を感じるなということは多々あったが、それは猫連れが珍しいからだと思っていた。


 がっくりと項垂れるご主人の頭を、ミケはペロペロと舌で慰める。


「その様子だと本当に無自覚だったらしいにゃ」


 だが、ヴォルフが注目を集めている最大の理由は、往来のど真ん中で1匹の大きな猫と延々と会話していることだった。



 ◇◇◇◇◇



 気を取り直したヴォルフは、沿道の空いているスペースに茣蓙(ござ)を敷く。

 手際よく薬を並べ、値札を貼り、威勢のいいかけ声を放った。


「さーさー。寄ってらっしゃい! 見てらっしゃい!」


 一際大きな口上が大通りに突き刺さる。

 行き交う人の目を否応にも引く――よく通る声は、そのまま滑らかに続いた。


「こちらに並べたるお薬は。実は由緒もいわれも故事来歴もございません。けれどびっくり我が王ムラド陛下のお墨付き。つまり王室御用達のお品にございます。我らが民のため国のため政務に励む陛下のお腰を、ピンと伸ばしたるはこのお品!」


 ヴォルフはピンと軟膏をすりつけた湿布を伸ばす。

 それはよくニカラスで老人たちに貼っていた腰薬だった。


「成分になんの怪しみもございません。怪しいのは私の顔だけでございます。薬研で挽いた矢帳鳥の爪。深奥のそのまた深奥。山深き場所、清流が流るる沢の縁に生えますマスの花。養殖じゃあございません。天然由来のお肌に優しいお薬となっております」


 ヴォルフは薬研を挽き、その場で薬を作り始める。

 淀みのない口上と動きに、人が集まってきた。

 横のミケも、見たことのない主の姿に呆然としている。


 薬研を挽きながら、リズムを取り、ヴォルフは口上を加速させた。


「さらに取りだしたるは、ミシャの湖草。ご存じですか? 深い湖底にしか生えない貴重・希少な薬草にございます。挽いて良し。そのまま食べて良し。塗り薬にして傷口に塗ればたちどころに傷が治るといわれております。それをたっぷり入れまして。私の愛情も入れまして。ぎーこぎーこと……。ちょっと卑猥な腰つきです」


 ヴォルフが薬研を挽く姿と口上に、どっと笑いが起こる。

 集まっていた子供たちは、親に「なんのこと?」と首を傾げた。


 十分薬研で挽いた薬を、カブトツムリの粘液を付けた大葉に刷り込み、ヴォルフの腰薬は完成する。

 長い口上とパフォーマンスに、拍手が鳴った。


 ヴォルフのデモンストレーションは終わらない。

 腰を曲げた老婦人を捕まえると、こっちと招き入れた。


「婆さん、なかなかの腰つきだね。そんなになるまで旦那を喜ばせていたのかい」


「馬鹿いいな! 最近、すっかり枯れ草坊主さ、旦那がね」


 老婦人が杖を振り回す。

 また笑いがどっと起こった。


「じゃあ、そんな切ない婆さんに今日はサービスだ。1枚貼ってやるよ」


「え? いいのかい?」


「ああ……。これは秘密を暴露されちまった婆さんの旦那へのお詫びさ」


 老婦人はこつんとヴォルフの額を軽く叩く。

 すると大人しく腰を見せた。


「色々試したんだがね。最近は気を抜くと下を向いているよ」


「大丈夫。俺に任せておけ。ちょっと冷っとするぜ」


 大きなシミができた腰に、ヴォルフはそっと貼る。


 婦人は「あふ~」と妙に色っぽい吐息を漏らした。

 効果はすぐ現れる。


「お……。おお……。おおおおおおおお……」


 老婦人の上半身が徐々に屹立していく。

 やがて腰から首まで一直線に伸びていった。


 どよめきが起こる。

 一番驚いていたのは、薬を試した婦人だった。


「すごい! すごいよ! こんなに目線を高くしたのは、久しぶりだ」


 老婦人は世界を見回す。

 皺のよった瞳には涙が溢れていた。


「そいつはよかった」


 ヴォルフは穏やかに笑う。

 腰の病気に悩まされていた老婦人が全快したことを喜んだ。


 薬は、民間療法に近い。

 普通は気休め程度のものだ。

 しかし、ヴォルフが作ると効能は格段に上がる。


 むろん、レミニアの強化によるものだ。


 ヴォルフは冒険者人生の3分の1を薬草の採取や薬の作成に使った。

 薬系のスキルは一通り使うことができ、そのほとんどがレベル3に相当する。

 その中に【効能上昇(フェクト・ライズ)】スキルがあって、それがレミニアの【技術増大(スキル・イグリム)】というスキル強化系の魔法によって、効能が格段に上がっていた。


 民間療法だろうと、魔法体系によって作られたものでも関係ない。


 すでにヴォルフの薬は、Aクラス薬師が作るものに匹敵していた。


 本人は気付いていないが、最初にかけた口上にもレミニアの強化が入っている。

 スキル【交渉術(商売)】も【技術増大】によって強化され、聴衆の目と耳を引きつけていた。


 加えて薬売りは冒険者晩年にはよくやっていて、ヴォルフの得意技の1つだ。

 レミニアに強化される前から評判で、それで生計を立てていけるほどだった。


 【大勇者】によって強化された口上。

 薬の効果も絶大。

 そして、ヴォルフの経験。


 売れないわけがなかった。


 人々は我先と殺到する。

 ここからがヴォルフの真骨頂だった。

 あらかじめ作っていた薬は一瞬で売り切れたが、そこからさらに薬研を挽く。

 その手際は見事なものだった。

 通常の倍近い速さで作ると、残っていた材料すべて使い切るまで挽き続ける。


 それでも結局、朝から初めて昼の鐘が告げる頃には、完売した。


「すげぇ……。あっち、初めてご主人のことを尊敬したかもしれない」


 ミケは銀貨や銅貨がザクザク入った袋を見つめる。

 その口元から涎が垂れていた。

 きっと、これが好物の魔鉱石になるのを想像したのだろう。


「お前はどっち見ていってんだよ」


 ヴォルフは相棒の頭を軽く弾くのだった。


亜獣人に自分が浸かった水を飲ませたりしますもんね。そりゃあやしいですわ。

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