第8話 竜を斬る!
次々と眠っていく竜の姿を見て、驚いていたのはリーマットたちだけではない。
高台に登り、遠くから鉱山を見ていたヘイリル大公もまた息をもらす。
お付きの私兵たちも唖然としながら、希有な光景に見入っていた。
「いかがですか、父上。わたくしの婚約者は」
1人アンリだけが当然という顔をし、己の功でもないのに胸を張る。
人の手によって竜が眠る姿を見るのは初めてだが、ヴォルフならやれると確信だけは持っていた。
ヘイリルは遠見の眼鏡をしまい、ぐっと顎を引く。
「なるほど。見所がある男だ。辺境で燻っていたとは思えぬほどに」
「でしたら――――」
「だが、この後はどうするのだ? ヴォルフという輩は、まだワイバーン共を眠らせただけで、撃退したわけではない」
「問題ありません。ヴォルフ様ならきっと竜を退治してみせるでしょう」
アンリは指を組み、祈る。
鉱山の上の空を見上げた。
すると、何か影のようなものが見える。
目を凝らすと、どんどんその姿は大きくなっていった。
「あれは――」
風切り音が大きくなる。
いよいよ兵士たちも気付いた。
にわかに騒がしくなり、慌てて武装を始める。
それは翼を大きく広げたドラゴンだった。
「ワイバーンだ!!」
兵士の悲鳴が上がる。
素早く剣を抜いたのは、アンリだった。
走り、兵士たちの前に出る。
「父上、おさがりください!!」
戦闘モードに入った姫騎士アンリが、正面に出る。
瞬間、突風が吹き荒れ、ドラゴンの嘶きが響き渡った。
◇◇◇◇◇
「ハシリー……。わたし、家に帰っていいかしら」
深いため息とともに、レミニアは机に顎を乗せる。
あてがわれた専用の机には何もない。
艶の良い木目が広がっているだけだ。
それどころか、レミニアの専用の研究室には何も置かれていなかった。唯一、ハシリーの机だけが、前任の任地から引き継いだ資料を置いてあるのみである。
本来なら着任と同時に、研究作業を始める予定だった。
だが、国が用意していた研究道具、資料などを、着任早々すべて引き払ってしまった。
理由は簡単だ。
気にいらなかった。
ただそれだけ。
むろん秘書官であるハシリーは食い下がった。
何せ血税で購入したものだ。
感情論としか思えない理由で、「はい。そうですか」とはいえない。
説き伏せようとしたが、レミニアは予想以上に強情――いや、わがままだった。
結局、国にすべて返却するという形で決着がついた。
結果的には王国の対応に問題があったことが認められた。
レミニアが王国の研究機関で働く条件として、研究の一切の指揮を彼女に一任するとあったからだ。
それを無視し(国側も厚意としてやったことだが)、研究機材を揃えてしまった国側にも落ち度はあった。
現在はレミニアが指定した機材を待っているところで、日がな1日机の上でゴロゴロするだけの日々を送っている。
とはいえ、今帰郷させるわけにはいかない。
今回の悶着で、王立魔導研究機関の上層部から、当然のことながら目を付けられてしまった。
暇だから休暇を取るなどといったら、今度は(ハシリーが)何を言われるかわからない。
「ダメです。……もう懐郷病ですか?」
「だって、パパが心配なんだもの」
何が心配なのか……。
ハシリーは再び息を吐く。
物理攻撃増加。
物理防御増加。
敏捷性上昇。
魔法軽減。
さらに、すべてに置いて最大レベル。
いや……。賢い勇者のことだ。
もしかしたら、さらなるギミックが用意されているのかもしれない。
【大勇者】が本気で強化した人類唯一の人間。
それは、もはや生体兵器に近い。
仮に素体がSクラスの英雄であれば、もしかしたらSSクラス――いや、人類未到のSSSクラスになり得るかもしれない。
あまり心配はしていないが、暴走しないことを祈るだけだ。
隣にいる【大勇者】のように……。
「パパってすっごくいい男でしょ」
再び唐突にレミニアは切り出す。
「だから、変な女の人に騙されたりしていないかしら」
「それは……ないんじゃないですか?」
挨拶した程度だが、とても女にだらしないようには見えなかった。
ただ、あれぐらいの年の男が、女を知って、火傷を負う話は、飲み屋ではよく聞く話だ。
心配だわ、とレミニアは椅子の上で三角座りしながら、不安そうに窓の外を眺めた。
◇◇◇◇◇
ヴォルフは自分の身体の変化に気付き始めていた。
最初は気の持ちようであったり、長年続けていた鍛錬の成果が出てきたのだと思っていた。けれど、ここ最近の戦いや仕合において見せた異常な膂力、反応速度はさすがに説明がつかない。
原因はわかっている。
というより、こんなことを出来るのは、1人しかいない。
ワイバーン討伐は、それを確かめる絶好の機会となる。
だが、今はアンリの命が最優先だ。
そのために【竜睡薬】を持ってきた。
ヴォルフは竜が眠っているうちに、アンリを助けようと考えていた。
しかしリーマットはそれでは困ると言い始めた。
元々ワイバーン討伐はアンリの父君であるヘイリル大公から依頼されたものらしい。その途上で、彼女はドラゴンに捕まった。これではリーマットたちはおろか、仮にアンリ姫が助けられたとしても、罰を受けることになるかもしれない。
姫のためにも、是非ヴォルフにドラゴンを倒してほしいと依頼する。
「しかし、これほどのワイバーンをすべて討伐するのは難しいでしょう」
「もちろん、我々も協力します。ですが、確かに仰るとおりですね」
リーマットは涼しげな顔でヴォルフの意見に同意する。
一方、相方のダラスは汗をびっしょりになっていた。
「まず尻尾だけを切るというのはどうでしょうか?」
「「尻尾を?」」
思わぬ提案に、2人は眉根を寄せる。
ヴォルフは地面にワイバーンの絵を描く。
特徴を捉えたなかなか達者な絵だった。
「ワイバーンは飛行に特化した魔獣です。それ故、地面での動きは鈍い」
「はあ……。それは承知しているが、何故に尻尾を?」
ワイバーンの尻尾は、空中で姿勢制御するための――いわばバランサーのような役目を担っている。尻尾を切られると、飛び立つことすら難しくなるのだと、ヴォルフは解説した。
飛べないワイバーンなど、ただの動く岩だ。
動きさえ制限できれば、たとえ起きたとしても、討伐は容易くなる。
加えて、ワイバーンの尻尾付近は、再生を繰り返すため痛覚がなく、眠っていても起きることはないのだという。
「ヴォルフさん、その知識も冒険者に?」
「ええ……。まあ、そんなとこです」
質問したリーマットは、顎に手を当てる。
ここまでの竜に対する深い考察は初めて聞いた。
薬のことといい、尻尾といい、冒険者たちの中で周知されていないのもおかしい。この手の攻略情報は、ギルドを通して全世界に送られるからだ。
ますます若い騎士は瞳を光らせた。
◇◇◇◇◇
早速、3人は作業に入る。
先陣を切ったのは、ダラスだった。
「風成るものの戯刃!」
力強い言葉とともに、風の刃を射出する。
深い眠りに落ちた竜の尻尾を次々と切り裂いていった。
ドラゴンの体躯は総じて硬いが、尻尾は別だ。
Lv4程度の魔法でも、切断することができる。
「魔法を使える人は羨ましいですね」
ぶつぶつと文句をいいながら、リーマットもまた指示通りに尻尾を切っていく。
その剣技は、華麗でいて、また流麗だった。
足運びにはまったく無駄がなく、振るう剣にもそれが出ていく。
上質なロースにナイフを入れるように、尻尾を切り裂いていった。
リーマットはBクラス相当の騎士だが、剣技でいえばAクラスになってもおかしくない実力者だ。
だが、その彼以上に竜を狩る者がいた。
ヴォルフだ。
眠っている竜の尻尾を次々と切り裂いていく。
手に持っているのは、安い銅の剣。
なのに、リーマットと同じ――あるいはそれ以上の斬撃で、成果をあげていく。
そのヴォルフの動きが止まる。
1匹眠っていないワイバーンがいたのだ。
おそらく煙から遠くにいたのだろう。
ヴォルフの方に近づき、鋭い声で嘶いた。
「ヴォルフ殿! お下がりを」
ダラスが魔法を詠唱しようとする。
その前に、ヴォルフは駆けていた。
ワイバーンは赤い炎を吐き出す。
一瞬にして、ヴォルフは火にくるまれた。
「「――――ッ!!」」
リーマットもダラスも息を飲む。
アンリが認めた男をこんなところで死なせてしまった。
一瞬、そんな罪悪感が胸の中にこみ上げる。
が、それは杞憂だった。
ワイバーンの炎の中からヴォルフが飛び出す。
全くの無傷だった。
いくら小竜といえど、その吐き出す炎は通常のそれではない。
触れれば一瞬に炭化するほどの熱量。
なのに、ヴォルフの身体には火傷1つなかった。
「おおおおおおおおおッッッ!!」
気合いを吐き出す。
ワイバーンの頭上へと跳躍すると、そのまま振り下ろした。
竜の身体が真っ二つに切り裂かれる。
自ら流した血の海の中に竜は倒れ、絶命する。
「ワイバーンを……両断した……」
リーマットは絶句する。
ワイバーンもまた竜鱗に覆われている。
また竜種で小さい方とはいえ、人間から見れば決して小さくない。
その胴を縦に断つ。
それも銅の剣でだ。
それがどれだけ難しいことか、リーマットは瞬間的に理解した。
Bクラス相当の冒険者が驚愕する横で、ヴォルフは軽く返り血を拭う。
偉業を誇るわけでもなく、平然とリーマットたちの方へ向き直った。
「ここは任せます。私はアンリ様を捜してきますので」
鉱山に立ちこめる煙の中へと、ヴォルフは分け入っていった。
おかげさまで日間総合18位まできました。
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