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第74話 幽霊が斬る!

 ブラッセン侯爵は迷っていた。


 火矢を放ったものの、森に飲み込まれてしまった。

 当然、兵たちは恐れおののき、森の「祟り」だと震えるものもいた。


 このまま続行していいものか。

 侯爵が迷う一方で、参謀役のように横で輿に座ったレベートは、再び森に攻撃をしかけるよう主張した。


 そんな中、ブラッセン侯爵に目通りを願う者が現れる。


 名前を聞いても答えず、ただ聖樹の件について話がしたいということだった。


「わかった。話を聞こう」


「侯爵! 今はそんな者と話をしている場合では――」


 レベートは反対したが、ブラッセンは意見を通した。

 やがて1匹の猫を伴った男がやってくる。

 奇妙な取り合わせに、ブラッセンはおろかレベートや他の兵士たちも首を傾げた。


 フードを深く被った男の顔は見えなかったが、侯爵の前で作法通り傅く。

 やがて口を開いた。


 聖樹を斬ったという。

 さらに川の汚染もなくなり、森は正常な状態に戻ったと男は報告した。


「それをお主1人でやったのか?」


「1人ではありません。森に住む鼠牙族が手伝ってくれました」


「なんと……」


 にわかに信じがたい話だ。

 火を飲み込む生きた魔境を、非力な鼠牙族とたった1人の冒険者だけで、元に戻したという。


 ブラッセンが口髭をさする横で、レベートは怒り心頭だった。


「そんな話が信じられるか! 閣下、こんな流浪の根無し草などに耳を貸すなど言語道断です。ささ、森に再度攻撃を!」


「失礼。そちらの方は?」


 質問したのは男の方だった。


「お前に名乗る名などないわ!」


「そうですか……。しかし、あなたの部下には名乗っていただきましょう。血の匂い――しかも人間の血の匂いがするのでね」


「な――!」


 レベートは息を飲む。

 横のブラッセンも同様だ。

 事態が飲み込めず、馬上から男とレベートを交互に見つめる。


「間違いない。あんたたちだろ? メンフィスで兵士を殺したのは?」


 瞬間、レベートの輿が浮いた。

 そのまま地面に叩きつけられ、腰を強かに打つ。

 何をする、と怒鳴ったが、視界に展開された戦場に表情をこわばらせた。


 輿を持っていたレベートの4人の部下は、風を切り走る。

 手には短剣が握られ、男に向かってきた。


 左右、上下――四身一体の攻撃。

 残されていたのは、後背の退路だけだ。

 男は地を蹴る。

 その方向は前だった。


 着実な一歩を踏み込んだ刃は獣の牙のように光る。


 一閃が地平と平行に引かれた。

 さらに刃を返し、振り下ろす。


 まさに一瞬――。


 男は四方から迫った暗殺者を一刀した。


 縦、横にそれぞれ胴斬りにされた骸が、バケツのようにひっくり返る。

 ぬめった血を払い、男は刃をローブの下に隠した鞘に納めた。


「ひぃ! ひぃいぃいいいいいい!!」


 悲鳴を上げたのは、レベートだった。

 側にいた侯爵の兵の後ろに慌てて隠れる。


「み、見ましたか、侯爵! 不埒者ですぞ! わ、私の用心棒を」


 レベートはわめき立てる。

 兵士たちも、一瞬で4人を斬った男の手前に、恐れおののいている。

 槍を構え、ポーズこそ取っているが、完全に腰が退けていた。


 ブラッセンも声すら上げられなかった。

 恐怖というよりも、男の技の鮮やかさに見惚れていたのだ。

 同時に、その剣技には見覚えがあった。


 それぞれ反応を示しながら、男の声はひどく冷静だった。


「閣下、これを……」


 男が広げたのは、1枚の紙だった。

 血に濡れた痕がある。

 見た瞬間、侯爵の眉がピンと跳ねた。


 下馬し、ブラッセン本人が男に近付いていく。

 紙を受け取ると、途端眉間に皺を寄った。

 手の甲が震え、怒りを滲ませる。


「ありがとう。我が兵を弔ってくれたのか」


「メンフィスの兵には知らせました。申し訳ない。その後、どうなったかまでは」


「いや……。あなたの(ヽヽヽヽ)立場を考えれば、十分過ぎるほどです」


 ブラッセンは振り返った。

 背の低い野花を踏みしめ、レベートの所へと戻ってくる。

 渡された紙を突き付けた。


「これはある帳簿の一部です。レベート殿」


「はあ……」


 レベートは紙に顔を近づける。

 そしてすべてを理解した。

 バタバタと後ずさる。

 贅肉をたっぷりぶら下げた顔から、湧水のように汗が湧き出た。


「これはあなたの商会の裏帳簿です。ここにはあなたがメンフィスの商工会の会費の一部を横領したという証拠が残っています。ご説明いただけますか?」


「知らん! そんなもの知らん!!」


「あなたは、森を焼き、ここに街道を建設しようとしていましたね」


「そ――。な、何故それを!?」


「街道に自分の名前を入れようとしていた」


「そ、そんなこと――」


「私もあまり信じたくなかった。だが、内偵を進めていた兵が帰ってこないことで、あなたへの疑心は深まった」


「待て、侯爵。そんな紙切れ出鱈目に決まっている」


「もうすぐそれもわかるでしょう。今、私の兵に(ヽヽヽヽ)あなたの屋敷を調べさせています」


「侯爵の兵! 馬鹿な! あなたの兵はここにいるのがすべてのはず」


「ここにいるのは、王にお貸しいただいた兵です。あなたに怪しまれないよう偽装はしてもらいましたが」


「な――」


 領地の問題は基本的に領主が解決しなければならない。

 貸し出されている王国兵も、魔獣や治安の維持など国に関わることでなければ、動かすことは難しい。


 だが、ブラッセンは王国兵を演習という名目で、聖樹の森にまで連れてきた。

 事実、彼らがやったことは、火矢を森に向かって射かけただけだ。


「鈍った兵に演習をさせるならば、王もお認めいただけるだろう」


「ブラッセン、謀ったなあ!」


「そう。すべてはあなたをおびき出すための計略だったのです」


「くそ! 先生! どうか私を助けてください。この不埒者に鉄槌を!!」


 振り返る。

 だが、レベートの目に、帽子を目深に被った魔導士の姿は映らなかった。

 いつの間にか消えている。

 見えているのは、侯爵家の家紋が入った武具を纏った王国兵だけ。

 大商人の味方は、もはや1人としていなかった。


「鉄槌を受けるのは、どうやらあなたのようです。さあ……。どうか大人しくなさって下さい」


「ふ、ふざけるな! こんなところで!!」


 レベートは懐に手を伸ばす。

 魔導石というものだ。

 高位の魔法が埋め込まれており、どんな人間でも強力な魔法を使うことが出来る。

 炎属性であれば、周囲の一帯を瞬時に灰にすることも可能。

 森を焼く時の切り札として用意していたものだった。


「死ねぇ!」



 斬――――ッ!!



 剣線が閃いた。

 石を摘んでいたレベートの指が、積み木のように落ちる。

 瞬間、血が噴き出した。


「ぎゃあああああああ!!」


 もはや豚の悲鳴だった。

 レベートは草原を転がりながら、悶え苦しんだ。

 しかし、誰もその姿を目で捉えていない。

 皆の興味は、残心を残したままの謎の冒険者にあった。


「お見事……」


 ほっと息を吐くようにブラッセンは、言葉を絞り出す。


 冒険者は剣を再び鞘に納めた。

 フードを引っ張り、顔を隠す。


「用は済みました。俺はこれで――」


「礼をさせてはくれませんか」


「すいません。先を急ぐので」


「では、今度私の屋敷に来てください。いつでも門を開け――。いえ。あなたには必要ないかもしれませんね」


「…………」


 男は何も言わなかった。

 ただ軽く会釈をかわし、猫とともに歩き出す。

 陽を背にし、長く伸びた影法師を見送った。


「閣下、よろしいのですか? あの男は……」


 兵長がブラッセンに問いかける。

 その後ろではレベートが引っ立てられていた。


「捕まえてみるか、兵長」


「いえ……。それは――」


「そうだ。誰も彼を捕まえることはできない。あれは幽霊だ。死んだ人間を誰も捕まえることはできない」


 ブラッセンは広い背中に向かって、一礼するのだった。


次回で章最後になります。

一応、19日更新予定してます。


申し訳ありませんが、今後だいぶ不定期になると思います。

書籍の作業や家内のこと、別件の仕事とかなり重なってきまして……。

更新期間が度々空くということがあると思いますが、

なるべく皆様のご迷惑にならない範囲で更新していきますので、

今後ともよろしくお願いします。

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