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第72話 空より流るる白き相棒

28,000pt突破しました。

ブクマ・評価いただいた方ありがとうございます!

 ビィイイイイイイン! ビィイイイイイイン!


 ヴォルフから発せられた警告音は、聖樹の森から遠く離れたレクセニル王国王立魔導研究所でも鳴り響いていた。

 けたたましい音は、石で作られた研究所の壁さえ貫き、全館で聞こえている。

 所員たちは手を止め、足を止め、不可思議な音を確認した。


 やがて音の発生源が、【大勇者(レジェンド)】の部屋だと知ると、何事もなかったかのように耳に栓をし、職務を続ける。

 【大勇者】が騒ぎを起こすことなど、しょっちゅうなのだ。


 そのレミニアの研究室では、秘書官のハシリーが耳を塞いで喚いていた。


「な、なんですか、この音は! レミニア!!」


 叫ぶのだが、警告音で掻き消えてしまう。

 対するレミニアは呆然とした様子だった。

 視線は中空をさまよい、脱力している。


 やがて、確かにこう呟いた。


「パパがピンチだわ……」


「え? ヴォルフさんが」


「行かなきゃ」


 夢遊病者のようにレミニアはおもむろに実験着を脱ごうとする。

 慌ててハシリーは止めた。


「ちょっと待って下さい、レミニア!」


「待たない!! パパが魔獣に襲われて、触手でグルグル巻きになりながら、レミニアの助けを求めていたらどうするの!」


(なんですか、その見てきたような具体的なシチュエーションは……!)


 ハシリーは頭を抱える。

 咳を払い、冷静になるよう務めた。


「落ち着いてください。今、実験を止めたら、10日間の努力が水の泡ですよ!」


 レミニアたちは、持ち帰ったなりそこないとマノルフの結晶の分析を行っていた。

 それぞれには非常に高度な術式が組み込まれており、その解呪のためここ10日ずっと交代で解析していたのだ。

 今も、レミニアの手には、なりそこないの破片がある。

 一時的ならまだしも、時間がおいて中断すれば一からやり直し。


 つまり、10日間の努力がパアだ。


 それでもレミニアならヴォルフを優先するかと思ったが……。


「う……。それもイヤだ」


 素直に認めた。

 紫水晶の瞳が、左右に震える。

 みるみる顔色も悪くなっていった。。


 レミニアはこういう地味な解析作業が苦手だった。

 大魔力を操る【大勇者(レジェンド)】にとって、この10日間はまさに拷問の日々だったのだ。


 かといって、ハシリー以外の所員には任すことが出来ない。

 秘書と交代することも考えたが、彼女は今さっきレミニアと代わったばかりで、魔力が底をついていた。

 たとえ魔力を回復させたとしても、10万桁に及ぶ術式の解析はとてつもない集中力が必要になる。

 交代できるコンディションにはなかった。


「どうしよう……」


 とうとう紫水晶の瞳から滂沱と涙が流れた。


 ヴォルフは英雄や虚神をはねのけるほどの強さを持つ。

 それがピンチに陥っているなど、考えられない事態だ。


 でも、パパ大好きのレミニアにとっては、やはり心配なのだろう。


 わかりました。行ってください。


 その一言を絞り出す寸前、研究室のドアが開いた。



 ■



 レミニアは転送魔法を唱え終わる。


 魔法は成功。

 光とともに東の空へと消えていった。


 光跡をたどるようにレミニアは、空を見上げた。

 胸の前で手をギュッと握り、憂いを帯びた表情を浮かべている。

 その小さな肩にハシリーは手を置いた。


「大丈夫ですよ。ヴォルフさんはきっと無事です」


「うん……」


 肩を寄せ、励ます。

 それでも【大勇者】の浮かない顔は消えない。

 依然として、空を眺めていた。


 やがてぽつりと口にする。


「ハシリー……。あのね」


「なんですか?」


「魔力……。なくなっちゃった」


「は――――?」


「転送魔法……使ったから」


「え゛? つまり――」


 10日間の努力がパア???



 ◇◇◇◇◇



 今のが娘のパパ保護対策であることは確信をもっていえる。

 ところが警告音はすれど、何かが起こる様子はない。

 ただ森に鳴り響くだけだ。


 その間も、ゆっくりと根は迫ってくる。

 【剣狼】を縛り上げ、完全に自由を奪った。


 強化された肉体によって、なんとか抗う。

 息を奪われることはないが、脱出することも出来なかった。

 剣すら握ることもできない。


「レミニア!」


 娘の名前を呼ぶ。

 空を臨む。だが視界に映っていたのは、密集した梢だった。

 せめて1度でいい。

 愛娘の顔を最後に見たかった。


 意識が遠くなる。


 【剣狼】、落つ……。


 矢先、梢の間に光る何かが見えた。

 急激にこちらに近付いてくる。


 かすかに声が聞こえた。

 獣が喚いているような……。


 事実、それは白い獣だった。



「あっちのご主人様に何してんだ!!」



 瞬間、光が弾けた。

 青白い雷が聖樹の森を覆い尽くさんばかりに広がる。

 木々を吹き飛ばし、聖樹の再生能力すら超えた。


 ヴォルフを縛っていた根も一条の落雷によって切り裂かれる。


「う、おおおおお……」


 いきなり空中に放り出されたヴォルフは、なんとか姿勢制御しながら着地する。


「危ないだろ、ミケ!!」


 思わず叫んでしまった。

 それが再会最初の言葉となったことに、言った後で後悔する。


 ご主人様の盾になるように立ちはだかったのは、白く巨大な幻獣。


 【雷王(エレギル)】のミケだった。


「うっせぇ! レクセニルからわざわざ助けにきたんだ! ちょっと感謝しろよ」


「す、すまん。助かった。しかし、お前――」


「あっちはご主人様の契約幻獣じゃにゃいのか?」


 ぴしゃりと言い放つ。

 まるで九尾の尻尾で殴られたかのように激しい言葉だった。

 ヴォルフは戸惑いながら、言葉を返す。


「いや、お前は俺の幻獣だ」


「だったら四の五いわず、命令しろし。あいつを倒せって」


 すると、聖樹の巨人はヴォルフたちに襲いかかってきた。

 呪いで泥のようになった水を弾き飛ばし、もはや根なのか幹なのかわからない腕を振るってくる。


 ヴォルフは飛び、回避する。

 一方、ミケは雷を使って迎撃したが、勢いは止められない。

 ついに根負けして 主人がいるところまで交代した。

 揃って巨人を見上げる。


 ミケの言うとおりだ。

 今は、巨人を何とかしなければならない。


「なんだい、あの再生能力は……」


「元は聖樹だ。中身は魔力の塊だから、あれぐらいの芸当は出来るんだろう。俺の剣でもダメだった」


「聖樹? そうか。リヴァラスか。どっかで見たことがあると思ったら」


「思い出話は後で聞かせてもらおうか」


「あいつをどうするかにゃ。あっちの雷じゃ。動きを止めるのも精一杯だにゃ」


「同じく……。だったら――」


「やることは1つにゃ」


「久しぶりにやるか!」


「錆びてにゃいだろうな」


「お前の方こそな!」


 ヴォルフは1度剣の柄を握った。

 しかし、その手を【カムイ】へと伸ばす。


(もってくれよ……)


 祈るような気持ちで【カムイ】を抜いた。

 う゛ぃぃん、と愛刀が震える。

 任せろ、といっているような気がした。


「命令しろ! ご主人」


「ああ……。ミケ! 俺と一緒に戦ってくれ!!」


 ミケは雷精の塊を精製する。

 空中へと放り投げると、そこにヴォルフが飛び込んだ。



 【雷獣纏い】!



 無数の雷が主人の身体を貫く。

 肉体に力が漲った。感覚が研ぎ澄まされていくのを感じる。

 【雷王】の力を得たヴォルフは、さらに呪文を唱える。


「【強化解放(アヴリース)】」


 さらに、強化の封印解除を行う。

 【物理攻撃増加(フォース・バースト)

 【敏捷性上昇ライジング・アジリティ

 2つの強化魔法が解除され、狼にさらなる力を与えた。


 【雷王】の【雷獣纏い】。

 さらに強化全開(フルブースト)

 そして刀匠が精魂を込めた【カムイ】。


 おそらく、これは今ヴォルフが出せる最高値だった。


 【剣狼】は踏み出す。

 青白い光は流れ星のように巨人へと向かっていった。

 そのスピードの前では、聖樹の動きなど止まっているも同然だ。


 それでも聖樹は枝や根を伸ばす。

 全方向――あらゆる空間へと射出した。

 青白い塊を捉えようとするも、ことごとくかわされる。

 気が付けば、聖樹の胸元に飛び込まれていた。


「おおおおおおおおおお!!」


 ヴォルフは咆哮を上げる。

 【カムイ】で聖樹の身体を切り裂いた。

 強烈な再生能力が、空いた穴をたちまちふさいでいく。

 だが、その再生能力よりも速く、ヴォルフの牙は聖樹に食い込んだ。


 裂帛の気合いを上げながら、中へと侵入していく。


 それは勝負だった。


 ヴォルフが斬る速さ。

 聖樹リヴァラスの再生能力の速さ。

 どちらが速いか。


 ただそれだけの勝負だった。


「いけぇぇぇぇぇえええええ! ご主人!!」


「ヴォルフ!!」


 声援がヴォルフを後押す。


 狼は孤高の存在だ。

 故に、ヴォルフは1人旅立った。


 しかし、いつの日もヴォルフの側には人がいた。


 娘がいて、弟子がいて、相棒がいた。


 そして、誓った。

 その前で、絶対に敗北は見せないと。

 2度と負けまいと心で誓約をしたのだ。


「でやぁぁぁああああああああ!!!」


 ヴォルフの回転が上がる。

 闇雲に斬っていない。

 すべて最善手を選び、枝を斬り、根を払い上げた。


 やがて、感触が軽くなる。


 気がつけば、ヴォルフの前には光る聖樹リヴァラスの核があった。


(あと少し!!)


 刹那、【カムイ】の一部が欠ける。

 ほんの小さな欠片が、ゆっくりとヴォルフの目の横を通り過ぎていった。

 一瞬、ヴォルフの手が緩む。

 それを警告したのは、他でもない【カムイ】だった。


 行け! そのまま振るえ! 俺は大丈夫だ!!


 そういっているような気がした。

 ヴォルフは悟る。


 【剣狼】が立てた無敗の誓い。

 しかし、あれは自分に限ったことではない。


 英雄との一戦目。

 【カムイ】はヴォルフの唯一の敗北を誰よりも近くで見ていた。

 あの時の悔しさ。無念……。

 愛刀もまた、あの焼け狂う感情を味わっていたのだ。


 絶対負けない!

 自分がまだ斬る能力がある限り、主の牙となる。

 そんな強い誓いを感じさせた。


 そうだ。

 ミケだけではない。

 ヴォルフの側にはずっと頼りになる相棒がいたのだ。


「【カムイ】! 行くぞ!!」


 祈りとともに振り切った。

 愛刀は見事に応える。


 核と繋がった枝を切り裂いた。

 手で掴む。ヴォルフはそのまま外皮を突き破り、脱出する。


 巨人の胸元から降り立つと同時に、【雷獣纏い】が解除された。

 がっくりと膝を突き、荒く息を吐き出す。

 久方の相棒との合体技。

 さすがに負担が大きい。

 【カムイ】の刃も欠けてしまった。


 もし次があるならば、あとは撤退しかない。


 そう覚悟し、ヴォルフは立ち上がる。


 汗をほとばしらせながら、巨人に振り返った。


章の途中ですが、明日、明後日お休みさせていただきます。

日曜には再開できると思うので。

今、しばらくお待ち下さい。

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