第7話 おっさん、姫を助けに竜の巣へ行く。
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アンリの父ヘイリル・ローグ・リファラス大公は、久しぶりの娘との食事に上機嫌だった。
彼が治める大公領は、レクセニル王国の実に15%を占める広大な領地だ。
肥沃な平地が領土の大半を占め、ここで採れた農作物は、内地に加え、周辺の同盟諸国にも輸出されている。
加えて、2つの鉱山を持つ経営者である彼は、言うまでもなく多忙を極める。
娘アンリとこうして食事をともにするのも、30日ぶりだった。
アンリもまた忙しい。
辺境の自警団といえば聞こえはいいが、危険であることには変わりない。
ストラバールの伝説の英雄に憧れ、剣を習い始めたが、父としては心配だった。
少し高めの葡萄酒を開け、食事をつつく娘を肴にして飲んでいると、突然アンリは銀食器を脇に置き、こう切り出した。
「父上。結婚したい殿方がいるのですが、今度お連れしてもよろしいですか?」
「ぶふっ!!」
思わず葡萄酒を吹き出してしまった。
同時にヘイリルは「(またか!)」と胸中で叫んだ。
アンリには自分より強い男を見ると、強く惚れ込んでしまう悪癖があった。
昔は猛将と名高いグラーフ・ツェヘスと結婚したいと駄々をこね、子供の身で必死に色目を使おうとしていたことさえある。
「ダメだ」
ヘイリルは腹の底からため息を吐き出す。
大人しく食事していたアンリの眉間に、深く皺が寄った。
「会わないうちに否定するなど……。父上のことが嫌いになりそうです」
「わかった。とりあえず詳しく聞かせてくれ」
娘の言葉に、父はあっさり変節する。
「なんという名だ」
「ヴォルフ様です」
「ヴォルフ? 聞いたことがないな。クラスは?」
「Dクラスです。でも、すでに引退されております」
「引退? ……年は?」
「42歳とお聞きしました」
「よんじゅぅううぅにぃッッッ!!」
テーブルが揺れる。ガシャリと食器が鳴った。
ヘイリルは荒く息を吐き出す。
無理もない。
ヘイリルと同い年なのだ。
「認めんぞ! そんなおっさん!! 歳の差を考えろ、歳を!」
「確かにヴォルフ様とわたくしは年の差があります。ですが、必ずや愛の力で克服できると信じております」
アンリは真顔で答える。
「それに年の差というなら、ムラド王とリーエル叔母様は、20歳も年が離れておられます。しかし、お二人ともあんなに仲むつまじく――」
「ムラド王と妹は、お互い共通の趣味があったからだ。お前のように『ただ自分よりも強い』という勇ましい理由で結婚したのではない!」
「ならば、わたくしとヴォルフ様にもきっと何か共通する部分があるはずです。わたくしたちは必ずや幸せな家庭を築くことができます」
何を根拠に、とヘイリルは頭を抱える。
困った娘だった。
このまま悪癖が直らなければ、今度は『自分よりも強かったから』といって、ドラゴンでも連れてきそうだ。
(うん? ドラゴン?)
ヘイリルは顔を上げる。
テーブルの上にゆっくりと手を置いた。
「アンリ、私が経営する鉱山でドラゴンが棲み付いたことは聞いているね」
「ええ……。まだ解決してないのですか?」
「もし、そのヴォルフという男がドラゴンを討ち果たせたなら、我が家に招待してもいい」
「ホントですか?」
アンリの顔が輝く。
その父は大きく頷いた。
早速――と、アンリは食事もそこそこに部屋を出ていく。
夜も遅いのに、今からニカラスへと向かうつもりだ。
扉を閉めて出ていくアンリを見送った後、ヘイリルは鼻で笑う。
「ヴォルフという男が何者かは知らんが、ドラゴンを倒すほどではないだろう」
血のように赤い葡萄酒をグラスに注ぐのだった。
◇◇◇◇◇
「アンリ様、事情を理解したのですが、どうやってヴォルフ殿を連れてくるつもりですか?」
尋ねたのは、ダラスだった。
ニカラスへと向かう街道の上。
事情を聞かされた魔導士は、素朴な疑問をぶつけた。
「問題ない。ヴォルフ様なら必ずや受けてくれるであろう」
「……。考えてもみてください。すでにあの方は冒険者を引退しているのです。今さら、危険なドラゴン討伐に協力してくれるとは思えません」
「そうだろうか」
アンリはもう1人のお付きであるリーマットに意見を求める。
若い騎士は、主にわからない程度に肩を竦めた。
「難しいことかと」
リーマットとしても、ヴォルフは気になる存在ではある。
ダラスやアンリを圧倒した剣技。
それがドラゴンにも通じるのか。
彼の力量を見極めるための絶好の機会でもあった。
しかし、ドラゴンを倒せるような冒険者が、なんの噂もなく、ただ辺境で隠棲してるとは思えない。
竜種は総じて危険な魔獣だ。
命あっての物種。
アンリと結婚すると聞いて、明らかに気の進まない顔をしていた男が、腰を上げるとは思えない。
アンリは馬を止める。
しばし考え始めた。
恋する乙女になっても、普段は理性的な騎士だ。
さすがに道理に気付いたらしい。
しかし――。
「良いことを思いついたぞ」
アンリの恋愛街道に、終着点は存在しなかった。
◇◇◇◇◇
「ヴォルフ殿、アンリ様がドラゴンにさらわれた!」
ヴォルフの家に飛び込んできたのは、黒ローブに身を包んだ魔導士ダラスだった。
家の主は薬研を挽く手を止め、立ち上がる。
「な! アンリ様が!!」
ヴォルフは盛大に驚いた。
ダラスは心の中でも汗を拭く。
ひとまず信じてくれたらしい。
もちろん、アンリがさらわれたなど嘘だ。
ヴォルフを鉱山に引きずり出すための方便に過ぎない。
アンリ曰く。
『勇者様がドラゴンからお姫様を救うのは、英雄譚の鉄板です。必ずヴォルフ様は私を助けてくれるでしょう』
ただ単に、英雄譚を再現したいだけなのではないか。
しかし、本人はこれで大真面目にいっているのだから、始末に負えない。
「では、早速ギルドに連絡を」
「お待ちを、ヴォルフ殿。そんな悠長なことをしていては、姫様がドラゴンに食われてしまうかもしれません。それに北の魔獣戦線のおかげで、この一帯にはAクラスの冒険者がいないようです」
「なるほど……」
「ですから、是非ヴォルフ殿のご助力を願えないかと」
「俺に?」
「はい。是非」
ダラスは息を飲む。
背中に汗が滴った。
今、ギルドなんかに通報されれば、大事になってしまう。
「周辺であなた以上に力を持つ冒険者を私たちは知りません。どうかお力をお貸し下さい。ニカラスのヴォルフ」
遅れて入ってきたリーマットがダメ押す。
2人は頭を下げた。
辺境の名もなき冒険者に向かって。
嘘の英雄譚にも関わらず、だ。
(この任務が終わったら、給料を上げてもらおう)
リーマットとダラスは心の中で決めた。
「わかりました。微力ながらお手伝いしましょう」
ダラスはホッと息を吐く。
主の命令とはいえ、心が痛んだ。
◇◇◇◇◇
鉱山にたどり着く。
離れたところから、遠見眼鏡を使い、ヴォルフは様子を窺った。
「ざっと12匹はいますね」
「ここからは確認できないが、少なくともあと1匹はいるだろう」
意見したのは、魔導士ダラスだ。
ヴォルフは眼鏡から視線を切り、頷いた。
「母竜が見えませんからね。……どこかに隠れていると思いますが」
ほとんどの魔獣の生態が不明な中、ワイバーンについては一部解明されている。
基本的に彼らは群で行動し、春期になると地熱の温度が高い場所に集まり、母竜を守る。産卵のためだという学者もいるが、魔獣の繁殖方法はまだまだ謎に包まれていて、仮説の域を出ていなかった。
周りにいる子竜を倒すのは、リーマットたちでも可能だが、母竜はAクラス相当の強敵。子竜を倒している間に、母竜が出現なんてことになれば、全滅は必至だ。まず母竜の位置を掴む必要がある。
「それにアンリ様の姿が見えませんね」
リーマットとダラスはピクリと身体を震わせる。
遠くを見つめるようにして、ヴォルフから目を背けた。
「そ、そうですな」
「だ、大丈夫ですよ。あのばか――違った――姫は必ず生きています」
「だといいのですが」
心配そうに目を細める。
2人の心がまたちくりと痛んだ。
少し離れたところで、父親と一緒に戦況を眺めている主犯に今のヴォルフの顔を見せてやりたかった。
「それよりもこれからどうしますか、ヴォルフさん」
リーマットは改めて尋ねる。
するとヴォルフは荷物を下ろした。
出てきたのは薬を作る道具だ。
ごつごつした岩肌の上に座り、ヴォルフは薬を作り始めた。
その作業をリーマットが横から覗き込む。
「何をしているんですか?」
「まあ、見てて下さい」
しばらくして、薬が出来上がる。
ヴォルフは燃えやすい枯れ枝や葉に、作った薬をまぶすと、燃やした。
すると、濃い紫色の煙は立ちのぼる。
風に乗ると、ゆっくりと鉱山の方へと流れていった。
煙が鉱山の中に立ちこめていく。
薄い紫煙の向こうで、次々とワイバーンに変化が現れた。
「ワイバーンが眠っていく」
竜たちの瞼が次々と閉じていった。
岩肌にへばりついていた竜は、音を立てて落下したが、それでも眠っていた。
「なんと――。竜を眠らせる薬とは……」
竜種は総じて状態異常耐性が高い。
故に、搦め手での攻略は難しく、討伐をより困難なものにしていた。
その竜をヴォルフは薬1つで眠らせてしまった。
ダラスたちが驚くのも無理はない。
「まさか竜を眠らせるなんて……。一体、どんな魔法を使ったのですか?」
「是非レクチャーしていただきたい!」
次々と賞賛の声を浴びせる。
ヴォルフは照れくさそうに癖毛を掻いた。
「ある冒険者に教えてもらったんです。……レシピについては、討伐が終わってからお話しましょう」
「ありがたい! して――いかほどお金を用意すればいい?」
「お金なんていただけませんよ」
「それはいかん! そなたの薬は、豪邸一軒建てられるほどの大発明なのだぞ」
ダラスは赤ら顔で訴える。
ヴォルフは苦笑した。
「俺もタダで教えてもらったので。気にしないでください」
これは嘘だ。
ヴォルフは冒険者に教えてもらっていない。
まして自分で開発したわけでもない。
そして、天才であるレミニアもこの件に関わっていなかった。
何故、ヴォルフがこんな芸当をできるのかというと、レミニアの母親が残した本から教わったことだった。
レミニアが興味を引いた【二重世界理論】以外にも、残した本にはたくさんの魔獣の詳細が書かれていた。
ほとんど意味不明であったが、理解できる内容の中に、この【竜睡薬】が存在した。
しかし、書いてる内容をなぞり、調合できるほど簡単なものではない。
長年、分量の加減などを研究し、実際効果があると証明してみせることができたのは、ひとえにヴォルフの努力の賜物だった。
「薬が効いている間に、早速向かいましょう。人間には効きませんから、安心してください」
ヴォルフは歩き出す。
その後に、ダラスが続いた。
一方で、リーマットは不審に思っていた。
鋭角に曲がった顎を撫でる。
若いながら思慮深い騎士は薄い瞳を開けて、ヴォルフを見つめた。
(おかしい。Dクラスの冒険者が何故、ドラゴンの攻略法など知っているのだ?)
日間総合38位まできました。
10ずつ上がってる感じです(次は28位かなwkwk)
ブクマ・評価いただいた方ありがとうございます。
今後も更新頑張るのでよろしくお願いします。