第67話 大勇者の弱点(パパ以外)
ハシリーはノックの音に目を覚ました。
まず窓の外を見る。
月が天頂よりやや西にあった。
まだ深夜だ。
王宮はひっそりと静まりかえり、王都の方から犬の遠吠えが聞こえる。
「は~し~り~~~……」
なんとも弱々しい声が聞こえ、振り返った。
扉の外からだ。
「またですか……」
ハシリーは乱れた白い髪をさらにくしゃくしゃにする。
やがて精神を集中し、【解錠】の魔法を使った。
扉が開く。
赤い髪の少女が寝間着のまま裸足で立っていた。
ぬいぐるみをギュッと抱き、肩を震わせている。
デフォルメされた狼のぬいぐるみには「ぱぱ」と書かれた名札が下がっていた。
部屋への扉が開いたことに気付くと、ハシリーに走り寄ってくる。
細い腰に抱きついた。
ハシリーは頬を染めながら、赤い髪を撫でる。
そして、長い息を吐いた。
「一体、いつになったら慣れるんですか、レミニア?」
「だってぇ~」
上司は甘えた声を上げる。
ハシリーに向けた目には若干涙がにじんでいた。
「こ、この王宮広すぎるんだもの……」
「だからって、15歳の少女が厠に大人同伴というのも、おかしいと思いますが」
「む~」
真っ赤になって、寝間着をぐしゃぐしゃになるまで握った。
全くもって可愛いことこの上ない。
このままガラスケースにしまっておきたいぐらいだ。
だが、これが世界に2人しかいない【大勇者】の称号を持つ少女だと思うと、目眩がしてくる。
「わかりました。付いていきますよ」
「やった!」
紫水晶の瞳がキラリンと光る。
「人にお願いする時は、なんていうんですか?」
「おトイレまでレミニアについてきてください」
素直にお願いする。
これでは15歳の少女ではなく、5歳の幼女だ。
ハシリーはまた深いため息を吐いた
◇◇◇◇◇
「あ、あんまり離れないでね」
必死にレミニアはお願いする。
その手はがっしりとハシリーの腰をホールドしていた。
これでは離れたくても、離れられない。
王都はいよいよ夏期本番だ。
夜とはいえ、かなり暑い。
2人の寝間着には、レミニア特製の氷属性強化が施されているが、こう密着されては、その効果もあまり望めない。
注意したいのだが、小動物のような目が阻んでくる。
「夏とはいえ、お水を飲み過ぎましたね。あれほど寝る前はお水を控えろと忠告したのに……」
「だって暑いんだもん。それに寝てる間の脱水症状の方が怖いのよ」
「はいはい……」
そこまでいうのなら、1人で厠へ行ってほしいものだ。
こうしたレミニアとの連れションは、彼女が王宮に来てからずっと続いている。
【大勇者】がここに務めるようになって、100日以上が経過している中、いくら彼女が方向音痴だからといって、私室近くにある厠の場所がわからないわけがない。
理由は1つ。
怖いのだ。
何が……?
目に見えない恐怖。
具体的にいうと、【大勇者】は、幽霊が苦手なのだ。
本人は否定するのだが、先日王都に来ていた父親に言質を取った。
どうやら、村にいた頃からこうらしい。
昔、レミニアに読んであげた本が影響していると、ヴォルフはいっていた。
以来、【大勇者】のトラウマになっているそうだ。
ちなみに内容は、悪戯をした子供が幽霊に食べられるという幼児向けの創作話ではありがちなものだった。
これが覿面に効いた。
今でも深夜になると絵本のことを思い出し、今の現状に至っている。
特に王宮は夜になると、ひっそりとするので、余計怖いそうだ。
そうこうしているうちに、厠に着いた。
「着きましたよ、レミニア」
すると、レミニアは目を開ける。
ずっと瞼を閉じて、付いてきていたらしい。
余程幽霊が怖いようだ。
「は、ハシリーはここにいてよ!」
「はいはい……」
「絶対だからね!」
「はいはい。とっとと済ませちゃってください」
レミニアは涙目になりながら、厠に入っていく。
しばらくして……。
「は、ハシリーいるの?」
「はいはい。いますよ」
(どれだけ怖いんだろう)
いつか本物の幽霊を見せてあげたい。
そんないじわるなことを思う秘書官だった。
◇◇◇◇◇
川を辿り、ヴォルフは聖樹リヴァラスが立つ森に入っていた。
霞がかった森の中は、昼間だというのに薄暗い。
視界は悪く、洞窟の中に入り込んだかのようだった。
そして腐臭……。
腐った臭いが立ちこめ、ヴォルフの強化された臭覚を刺激した。
仕方なく、レミニアの強化魔法を部分的にカットする。
こういう使い方が出来るのも、【強化解放】のメリットだ。
それでも臭いは収まらない。
ヴォルフは鼻の上に皺を作り、森の奥へと入らなければならなかった。
森のあちこちで小動物の死骸を見つける。
生きているのは、熊のような大型動物ぐらいだ。
だが、死臭が漂うこの場所を逆に好むものがいる。
ペルガ・ゴースト……。
いわゆる幽霊系といわれるDクラスの魔獣だ。
「ひょろろろろろろろろろろろろ……」
奇妙な音を鳴らし、髑髏に白いベールをかぶせたような幽霊たちが集まっていた。
その直下には、人影が見える。
襲われているのか。
それともペルガ・ゴーストに生気を奪われ、死にかけているのか。
ともかく、ヴォルフの身体は動いていた。
早速、もらった剣を抜く。
ペルガ・ゴーストが集まる場所をめがけて、振り下ろした。
ヴォルフの剣圧に、ゴーストたちは散っていく。
だが、手応えはまるでない。
ちっ、と思わず舌打ちした。
幽霊系が厄介なのは、物理攻撃が効かないことだ。
Dクラスといえど、剣士との相性は最悪。
いかな【剣狼】とて、打倒は難しい。
属性付与された武具なら倒せるが、生憎と鍛冶師にもらった剣も、【カムイ】も無属性だった。
ヴォルフは足元を見る。
フードを被った小柄な人間が倒れていた。
どうやら魔導士らしい。
側には木を削って作ったと思われる杖が落ちていた。
助力を請いたいところだが、反応がない。
ともかく、魔導士を抱えて逃げるしかない。
手を伸ばした時、ペルガ・ゴーストが襲ってきた。
「くそ!」
ヴォルフは闇雲に手と剣で払った。
パンッ!
破裂音が森に鳴り響く。
ヴォルフの瞳が大きく見開かれた。
視界に流れた光景に、驚愕する。
ペルガ・ゴーストがヴォルフに触れた瞬間、弾け飛んだのだ。
何が起こったのかわからなかった。
が、すぐに事態を察した。
ヴォルフはまた手を振る。
襲いかかってきたペルガ・ゴーストが消滅した。
「やれる!!」
打倒する手段さえあれば、【剣狼】に怖いものなどいない。
次々にゴーストを払っていく。
気が付けば、周囲にいた幽霊魔獣を殲滅していた。
ヴォルフは自分の手を見る。
強化された瞳で、自分にかかっている魔法を確認した。
「やっぱりな……」
強烈な聖属性が付与されていた。
理由は考えなくてもわかる。
レミニアの強化によるものだろう。
それにしても、Dクラスの魔獣を触れるだけで倒してしまうとは……。
相変わらず心配性らしい。
「レミニア……。幽霊苦手だしな」
自分が苦手ゆえに、特に念入りにしたのだろう。
ともかく助かったことは事実だ。
ヴォルフは改めて魔導士に近付いていった。
フードを払う。
現れたのは、鼠の顔をした亜獣人だった。
その幻想をぶっ壊(ry








