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第66話 おっさん、ファンにばれる

新章『聖森の守護者篇』が開幕です。

よろしくお願いします。

「これは……。とてもじゃねぇが、うちでは扱えないぞ」


 ひげ面の鍛冶師は、客から依頼された刀に目を細めた。

 禿頭には汗が浮かび、赤くなった肌からは炭の匂いが漂ってくる。

 店の奥から鎚を打つ音が聞こえ、その度に火花が散った。


「そうですか……」


 癖毛を掻いたのは、ヴォルフだった。

 愛刀【カムイ】が返されると、自分の眼でも確認する。

 まだ小さいが刀身に刃こぼれが出来ていた。


 ラムニラ教大司祭マノルフとの激闘――。


 彼の“呪い”によって、ヴォルフは王都を離れなければならなくなった。

 だが、その効果は持続しているらしい。


 マノルフを斬った際、ほんの少しだが刃が欠けてしまったのだ。


 まだ小さいため、さほど切れ味には影響していない。

 しかし、アダマンロールのような超硬度物質を斬ることは無理だろう。

 それに刃こぼれは、刀にとって病気のようなものだ。

 放っておけば、欠損や折れに繋がる。

 早期の処置が必要なのだ。


 いくら【大勇者(レジェンド)】に強化されているとはいえ、【カムイ】ほどの名刀のメンテナンスをすることは、ヴォルフには出来ない。


 立ち寄った街――メルフィスで1番の鍛冶屋を訪ねたが、返答は期待したものとは違った。


「すまねぇな。力になれなくて」


「いや、いい……。やっぱり作った人間に見せるしかないな」


 その制作者の行方がさっぱり検討がつかない。


 ヴォルフは途方に暮れた。


「ワヒトに行くしかないんじゃないか?」


「ワヒト王国か……」


「あそこなら刀匠がわんさかいるからな。本人でなくても、研ぐことぐらいなら出来るだろう」


 確かに一理ある。

 もしかしたら、エミリにも会えるかもしれない。

 ワヒト王国はかなり遠い。

 だが、【カムイ】の命には代えられない。


(それに……。一旦レクセニルからは離れた方がよさそうだしな)


 ヴォルフの腹は決まった。


「親方……。今回も駄目ですぜ」


 突然、店の奥から職人が現れる。

 手には剥き出しの刀身があった。


 ヴォルフは思わず「う」と口を抑える。

 目を細め、刀身をつぶさに観察した。


 客の反応に気付いた鍛冶師は、口を開く。


「わかるかい? 別にわざとじゃねぇんだぜ? 最近、ずっとこうなんだ」


 まだ研ぎが入っていない剣を摘み、カウンターに置いた。


 匂い立つようだった。

 剣から、黒い臭気のようなものが立ちのぼっている。

 だが、これはくさいという生やさしいものではない。


 呪いだ(ヽヽヽ)


 それもかなり高濃度の呪いに汚染されていた。


 属性付与のため、鍛冶師があらかじめ剣に魔法を付与する技術もあるが、これは度を超えている。

 レベルの低い冒険者が持てば、狂気に駆られるだろう。


「別に作りたくて作ったわけじゃねぇんだぜ。この街で作ると、みんなこうなっちまうのさ」


「原因はわかっているのか?」


「水さ」


「水……」


 刀身を冷却する際、剣も刀も水を使う。

 メルフィスでよく使われる川の水が汚染されているため、刀身に“呪い”が付与されてしまうという。


「これでも1度、清めの葉に浸した水を使っているんだぜ」


「ずっとこうなのか?」


「いや……。メンフィスがなんていわれてるか知らないのか?」


 【聖水の都】メンフィス。


 レクセニル王国の中でも、聖水や液体系の回復薬の生産地として有名な街だ。

 その中心に流れる川は、聖樹リヴァラスを水源としていた。

 【祝福】を受けた水は、それだけで低レベルの魔獣を撃退する効果がある。

 そのため魔獣の生息数は比較的少なく、【不可侵領域(バリアル・エア)】とも呼ばれていた。


「俺たちは他から水を買えば、なんとかなる。使う水も、少ない方だからな。けど、回復薬を作る工房は大変らしいぞ」


 ここに来る前、ヴォルフは街で売っていた回復薬の値段を見て、驚いていた。

 相場の10倍の値段だ。

 しかも、どこの薬屋も閉まっていて、闇市で買わなければ手に入らないほど、品不足に陥っていた。


 普段は、他の街よりも安く効果の高い薬を求めて、冒険者たちでごった返ししているメンフィスも、今は閑散としている。

 この鍛冶屋を訪ねた客も、ここ7日でヴォルフただ1人らしい。


「水が汚染されているってことか……。水源で何かあったと考えるべきだな。原因はわかっているのか?」


「さっぱりだ。聖樹の森に住みついている亜獣人が悪さをしてるんじゃないかって噂もあるけどな」


「亜獣人か……」


 聖樹が生えているような場所は、聖域と呼ばれる。

 大概の場合、そうした聖域には守護者が住み、維持管理しているのが通例だった。


「ギルドが冒険者を募っているが、今のところ調査にいって帰ってきたものはいないってよ。商工会の会長なんて、森を焼き払えって鼻息荒くしてる。物騒だね。北の戦線が終わったばかりだってのに……」


 鍛冶師は肩を落とした。

 ため息の1つも吐きたくなるだろう。

 このままでは、メンフィスの産業が根本から壊れることになる。


「ひとまず田舎に帰る予定だったが、予定変更だな」


 ヴォルフは鞘に刀をしまう。

 老いた冒険者の言葉を聞いて、鍛冶師は色めき立った。

 奥に1度、引っ込むと一振りの剣を持ってくる。


「うちで一番の業物だ。……その刀には及ばねぇが、バックアップとしては申し分ないだろう」


 ヴォルフは2、3回振ってみる。


 鍛冶師は謙遜したが、なかなかの業物だ。

 空気にかかる感触もなく、素直に刃先を出すことが出来る。

 重さも好みだ。


「お代はいくらだい?」


「あんたがこの水の原因を解明してくれればそれでいい。俺はこの街が好きなんだ。この街を救ってくれるヤツは大歓迎さ。それに俺はあんたのファンなんだよ」



 な! ヴォルフ・ミッドレスさんよ。



 ヴォルフは絶句する。

 思わず顔を背けた。


「ななななななななななんの話だ。俺はヴォルフなんかじゃ……」


「下手な芝居打つなよ。あんな名刀ぶら下げて、その年で冒険者やってるヤツなんて、他に思いつかねぇよ。やっぱ生きてたんだな」


「む……」


「心配すんな。ラムニラ教のヤツらなんかに突き出したりしねぇよ。さっきもいったが、俺はあんたのファンなんだ。だから、この街を救ってくれ」


「……わかった。微力を尽くすよ」


「あと……。あんた、変装とかした方がいいぜ。せめて髭を生やすとかよ」


 正直にいって、意外だった。

 ここまで自分の顔が売れているとは思っていなかったからだ。

 レクセニル王国を救った英雄。

 どうやら、この肩書きは伊達ではなかったらしい。


「考えておくよ」


 ヴォルフは肩を竦めた。



 ◇◇◇◇◇



 店先にまで出て、ヴォルフを見送った鍛冶師は、側に落ちていた布袋に気付いた。


 中を開けると、5枚の金貨が入っていた。


 おそらくヴォルフだ。

 呼び止めようとしたが、英雄の姿は雑踏に紛れて消えていた。


 鍛冶師はにやりと笑う。


「噂通り。馬鹿正直な冒険者だ」


 鍛冶師は店の中に入る。

 ドアノブにかかった札を【閉店(ローズ)】とひっくり返した。


 その日、鍛冶師と職人たちは、久しぶりの酒を楽しんだという。



 ◇◇◇◇◇



 ヴォルフは裏通りを歩く。

 すっかり正道を歩けなくなってしまった。

 さして顔が売れてるとは思えないのだが、鍛冶師の件もある。

 ある程度のトラブルに対処する術と自信はあるが、人を巻き込むことだけは避けたかった。


 すると、ヴォルフの耳がかすかな異音を捉える。


 金属同士を弾くような音。

 剣戟だ。


 反射的にヴォルフは走っていた。

 同時に頭を抱える。


「ああ……。なんでこう俺は、根が正直なんだろうな」


 自分に文句をいいながら、角を曲がる。

 漂ってきたのは、血の匂いだった。


 そこにいたのは、甲冑を着た兵士。

 さらにヴォルフと同じくフードを目深に被った数名の男たちだった。

 手には血塗られたナイフが握られている。


 瞬間、ヴォルフは柄に手をかけていた。

 戦闘態勢を取る。


 暗殺者らしい風貌をした男は風のように走った。

 その方向はヴォルフとは真逆だ。

 いきなり背を向けて逃げ始めた。

 追おうとしたが、兵士の手当を優先する。


 しかし――。


「駄目だ……」


 すでに事切れていた。

 ヴォルフは出しかけたソーマもどきを仕舞う。

 如何に【大勇者(レジェンド)】が作った薬でも、死人を生き返らせることは不可能だ。

 出来ることと言えば、無念を残して死んだ兵士の瞼を閉じてやることだけだった。


 悔しそうに唇を噛む。

 大きく息を吸い、犯人が逃げた方向を臨んだ。


「プロだな」


 あの一瞬で、ヴォルフと自分たちの戦力差を計り、逃げた。

 かなりの手練れだろう。


 何か身元がわかるものがないかと兵士の懐をまさぐる。

 出てきたのは、血に濡れた1枚の紙だった。


おっさんのファンはおっさんしかいねぇのか……。


まるでおっさんの小説みたいだ(^_^;)

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