表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

73/372

第62話 大司祭の呪い

お待たせしました。

『伝説の100番勝負篇』開幕です。


 正装に身を包んだヴォルフは、謁見の間へと続く廊下を歩いていた。


 赤い絨毯が敷かれた廊下では、いつも何かを考えさせられる。

 つと足を止め、差し込む陽光を浴びながら市中の方を見つめた。


 人の騒ぐ声が聞こえる。

 王城の門に人だかりが出来ていた。

 近衛が出て、民を鎮めようと躍起になっている。

 手に持った木の板には、何か書かれていた。

 「騎士団」そして「ヴォルフ」の名前まである。


 一瞥した後、ヴォルフは再び前を向き、歩き出した。


 謁見の間をくぐる。

 多くの家臣に迎えられたが、拍手はまばらだ。

 革命を止めた功績を讃える授与式とは違って、空気が重い。


 ヴォルフの顔を見れば、背ける者さえいた。


 真っ直ぐに進み出る。

 停止し、かしずいた。

 入玉(レファイース)の発声の後、衣擦れの音とともに、ムラド王が入ってくる。


 玉座に着席した後、ムラド王は少し息を吐いたような気がした。


 ヴォルフは面を上げる。

 王の顔に冴えはない。

 声をかけようとしても、返ってくるのはため息だけだった。


 なかなか話が始まらない。

 しびれを切らしたのは、ヴォルフだった。


「ムラド王よ。顔色が冴えないようですが……」


「む……。ううむ。ヴォルフ、これは――」


「私は冒険者であると同時に、薬の知識もございます。今日は王に最良の薬をお持ちしました」


 場内がざわつく。

 謁見式を仕切る内大臣レッセルは、「お前は何をいっているのだ」と言わんばかりに、式の進行を乱したヴォルフに怒り心頭だった。


 【剣狼】の口元は止まらない。

 強い意志を持って、ムラドに進言した。



「陛下……。俺を斬って下さい」



 ――――ッ!!


 その場にいる誰もが、耳を疑った。

 ムラドもまた口を半開きにしたまま固まっている。


「俺はあまり頭がよくありません。ですが、この国の現状……。そして俺と騎士団に向けられる憎悪に関して、理解しているつもりです」


 ラムニラ教大司祭マノルフ・リュンクベリの野望は潰えた。

 だが、事はそう簡単に納まらない。

 レクセニル王国の人口の半分を占める信者たちが、一斉に王宮に対し示威運動を始めたのである。


 彼らはラムニラ教教院に不法捜査をした騎士団を糾弾。

 その際、マノルフは殉死したのだと訴えた。


 不法捜査云々はともかく、後者は完全に間違った情報だ。

 事実、マノルフは多くの信者を人体実験に使い、最後には化け物となり、王都民の脅威となった。

 騎士団の捜査方法が不味かったとはいえ、大挙して訴えるほど、不正行為などではない。


 だが、情報とは正確性よりも、人にとってより有益に解釈されるものの方が重要視される。


 マノルフが信者を利用して死んだというよりも、権力に屈し殉死したとする方が、耳障りがいい。

 つまり、自分の都合の良いように記憶を組み替え、彼らは決起したのだ。


 信じられない話だろうが、それが現状だった。


 ムラドは迷った。

 ヴォルフも、騎士団も王都と民を守っただけだ。

 信者による示威運動がなければ、英雄と手を叩いただろう。


 しかし、ムラドは王であり、そして敬虔なラムニラ教の信徒でもある。


 人口の半分を占める信者の顔も立ててやらねばならぬ。

 下手な差配をすれば、国が割れる可能性とてあるだろう。


 結局、何も決まらぬままムラドは、玉座に座っていた。


 そんな中でのヴォルフの提案。

 ひやりと背筋が寒くなった。

 一瞬、その言葉に甘えようとした自分を見つけてしまったからだ。


「騎士団は俺に脅され、教院の強襲に参加した。俺1人、罪を被れば騎士団も残す事ができます」


「そんなことを出来るわけがなかろう!!」


 気がつけば床を蹴って、立ち上がっていた。


 ヴォルフの言うとおりだ。

 彼1人の責任にすれば、丸く収まる。

 たった1人の冒険者。

 しかも1度は引退した身だ。

 それで国を割るほどの事態が収拾できるなら、お釣りが来る。


「馬鹿な!」


 またムラドは床を蹴る。


 そんなことが出来るはずがない。

 ヴォルフは自分を救ってくれた命の恩人だ。

 彼以外に、【勇者】から自分を救える人間はいなかった。

 彼以外に、この王都を救える冒険者はいなかった。


 大恩ある人間を斬るなど、末代までの恥。

 自分の首を差し出した方が、いっそ清々しい。


「ならん! お主の命をもって、事態を収拾するなど絶対にやってはならん。何か……。何かあるはずじゃ! 信者たちを納得させる方法が……」


 取り乱す王を見ながら、ヴォルフはマノルフの最後の言葉を思い出していた。



『私が死のうとも。聖天のご意志は現世に残り続ける!! やがて後悔するだろう。神を斬った報いを受けるがいい……』



 あの呪いの言葉が、今の事態であるなら、やはりマノルフ・リュンクベリは、ヴォルフが出会ってきた中で、1番厄介な相手だったといわざるを得ない。


 死してなお、人心を惑わし、国を割ろうとする力。


 如何に【剣狼】の牙とて、死んだものには届かない。


 かといって、唇の裏に歯牙を納めるわけにはいかない。

 覚悟なら、教院に踏み込むと決めた日に済んでいた。


 玉座に座り直しても、ムラドは慌てふためいていた。

 その姿を見られれば、十分だった。


 だから、今からやることが申し訳なく思った。


「……そうですか。ならば、仕方ありませんね」


 ヴォルフが消えた。

 次の瞬間、悲鳴が上がる。


 その姿は玉座にあった。

 いつの間にか抜いたのか、手には近くにいた近衛の剣を握っている。

 切っ先は、ムラド王の喉元に向けられていた。


「動くな……」


 冷たい声が騒然とする場に響き渡る。

 皆が一斉に息を呑んだ。

 じりじりとよりつつあった近衛を、ヴォルフは目で止めた。


「これで俺は立派な犯罪人というわけだ」


「ヴォルフ、何を考えているのだ!!」


「申し訳ありません、ムラド王。俺も色々考えたのですが、この方法しか思い尽きませんでした」


「ヴォルフ……。お主――」


 すると、謁見の間の扉が開かれた。

 勢いよく開け放たれた入口からは、武装した兵士が入ってくる。

 訓練された兵たちは、壁際に横一列に並び、反逆者を取り囲んだ。


 遅れてやってくる者がいる。

 1人はレクセニル騎士団副長ウィラス・ローグ・リファラス。

 そして、最後に現れた人物を見て、謁見の間はざわついた。


「グラーフ……」

「ツェヘス将軍」

「将軍だ」

「謹慎が解けたのか!?」


 囁く声を両端から浴びながら、ツェヘスは歩く。

 戦装束を纏い、馴染みの隈取りもしていた。

 謹慎をしていたというのに、心なしか以前よりも体躯が大きくなっているように見える。


 ツェヘスはおもむろに歩みを止めた。

 ちょうどヴォルフの間合いの1歩手前だ。


「乱心したか、英雄。いや、反逆者といった方がいいか?」


「し、真実に目覚めたといってもらおうか、ツェヘス将軍」


 慣れない口上に舌を噛みそうになる。

 人生でこんな三流悪役の台詞をいうと思わなかった。


 対して、ツェヘスは堂々としたものだ。

 ヴォルフと違い、本気の目をしている。

 己の力を用い、【剣狼】を召し捕るつもりでいた。


「(それでいい。本気でなければ困る)」


 ツェヘスは槍を握る。

 通常の槍ではない。

 切っ先に刀のような反りを持つ刃が光っていた。

 おそらく突くというより、斬ることに特化した槍なのだろう。


 さらにツェヘスは気迫を込める。

 闘気が空気を震わせた。


 思わずヴォルフは息を呑む。


「(これが【猛将】グラーフ・ツェヘスか……)」


 以前会った時は、内なる気を押し隠している感があった。

 だが、今目の前にいるグラーフは違う。

 檻から解き放たれ、遠慮のない闘気でヴォルフの肌を撫でていた。


 存分に仕合う……。


 そういっているように思えた。


「待て! グラーフ! あまり刺激するな。陛下に万が一のことがあれば」


 慌てたのは内大臣レッセルだった。

 ヴォルフとグラーフの間に割って入る。

 強者同士が闘気を高める中、さも当たり前のように忠告した。

 文官ながら、意外と肝が据わっている男なのかもしれない。


 グラーフは一旦体勢を解く。

 ふんと鼻を鳴らした。


「心配するな、大臣」


 ヴォルフは気づく。

 急に気配が後ろに現れた。

 何もない空間からナイフが飛んでくる。

 眉間を正確に狙ったナイフを、ヴォルフは剣で払う。


 次の瞬間、別空間からもう1つの手が現れた。

 王の手を引くと、見事乱心した客将から人質を取り戻す。


「【霧隠れ】!? マダローか……」


 返事は返ってこなかったが、間違いないだろう。

 だが、絶好のタイミングだった。

 ヴォルフがグラーフの気にやられている瞬間を狙ったのだ。


 魔導具を使うタイミング。そして戦術。

 さらにはナイフの腕。

 どれも出会った頃とは比べものにならないほど、洗練されている。


「王の安全は確保した! かかれぇぇぇぇえええ!!」


「おおおおおおおおおおおおお!!!!」


 グラーフの号令とともに、反逆者に騎士団が殺到した。

 裂帛の気合いは、ヴォルフが率いていた頃とは比べものにならない。


 本来の将が戻り、その士気は2、3倍膨れ上がっているような気さえした。


章全体は3話しかありませんが、

その分、濃厚なお話ですので、是非ご堪能ください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『アラフォー冒険者、伝説になる』コミックス10巻 11月14日発売!
90万部突破! 最強娘に強化された最強パパの成り上がりの詳細はこちらをクリック

DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large



シリーズ大重版中! 第7巻が10月20日発売!
↓※タイトルをクリックすると、公式に飛びます↓
『公爵家の料理番様~300年生きる小さな料理人~』単行本7巻
DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large


9月12発売発売! オリジナル漫画原作『おっさん勇者は鍛冶屋でスローライフはじめました』単行本4巻発売!
引退したおっさん勇者の幸せスローライフ続編!! 詳細はこちらをクリック

DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large



8月25日!ブレイブ文庫様より第2巻発売です!!
↓※タイトルをクリックすると、公式に飛びます↓
『魔王様は回復魔術を極めたい~その聖女、世界最強につき~』第2巻
DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large


コミカライズ10巻5月9日発売です!
↓※タイトルをクリックすると、販売ページに飛ぶことが出来ます↓
『「ククク……。奴は四天王の中でも最弱」と解雇された俺、なぜか勇者と聖女の師匠になる10』
DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large


最新小説! グラストNOVELS様より第1巻が4月25日発売!
↓※表紙をクリックすると、公式に飛びます↓
『獣王陛下のちいさな料理番~役立たずと言われた第七王子、ギフト【料理】でもふもふたちと最強国家をつくりあげる~』書籍1巻
DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large


『魔物を狩るなと言われた最強ハンター、料理ギルドに転職する』
コミックス最終巻10月25日発売
↓↓表紙をクリックすると、Amazonに行けます↓↓
DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large



6月14日!サーガフォレスト様より発売です!!
↓※タイトルをクリックすると、公式に飛びます↓
『ハズレスキル『おもいだす』で記憶を取り戻した大賢者~現代知識と最強魔法の融合で、異世界を無双する~』第1巻
DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large


『劣等職の最強賢者』コミックス5巻 5月17日発売!
飽くなき強さを追い求める男の、異世界バトルファンタジーついにフィナーレ!詳細はこちらをクリック

DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large





今回も全編書き下ろしです。WEB版にはないユランとの出会いを追加
↓※タイトルをクリックすると、公式に飛びます↓
『公爵家の料理番様~300年生きる小さな料理人~』待望の第2巻
DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large


好評発売中!Webから大幅に改稿しました。
↓※タイトルをクリックすると、アース・スター ルナの公式ページに飛ぶことが出来ます↓
『王宮錬金術師の私は、隣国の王子に拾われる ~調理魔導具でもふもふおいしい時短レシピ~』
DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large




アラフォー冒険者、伝説になる 書籍版も好評発売中!
シリーズ最クライマックス【伝説】vs【勇者】の詳細はこちらをクリック


DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large



ツギクルバナー

小説家になろう 勝手にランキング
シリーズ大重版中! 第7巻が10月20日発売!
↓※タイトルをクリックすると、公式に飛びます↓
『公爵家の料理番様~300年生きる小さな料理人~』単行本7巻
DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large


9月12発売発売! オリジナル漫画原作『おっさん勇者は鍛冶屋でスローライフはじめました』単行本4巻発売!
引退したおっさん勇者の幸せスローライフ続編!! 詳細はこちらをクリック

DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large



8月25日!ブレイブ文庫様より第2巻発売です!!
↓※タイトルをクリックすると、公式に飛びます↓
『魔王様は回復魔術を極めたい~その聖女、世界最強につき~』第2巻
DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large


『アラフォー冒険者、伝説になる』コミックス9巻 5月15日発売!
70万部突破! 最強娘に強化された最強パパの成り上がりの詳細はこちらをクリック

DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large



コミカライズ10巻5月9日発売です!
↓※タイトルをクリックすると、販売ページに飛ぶことが出来ます↓
『「ククク……。奴は四天王の中でも最弱」と解雇された俺、なぜか勇者と聖女の師匠になる10』
DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large


最新小説! グラストNOVELS様より第1巻が4月25日発売!
↓※表紙をクリックすると、公式に飛びます↓
『獣王陛下のちいさな料理番~役立たずと言われた第七王子、ギフト【料理】でもふもふたちと最強国家をつくりあげる~』書籍1巻
DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large


『魔物を狩るなと言われた最強ハンター、料理ギルドに転職する』
コミックス最終巻10月25日発売
↓↓表紙をクリックすると、Amazonに行けます↓↓
DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large



6月14日!サーガフォレスト様より発売です!!
↓※タイトルをクリックすると、公式に飛びます↓
『ハズレスキル『おもいだす』で記憶を取り戻した大賢者~現代知識と最強魔法の融合で、異世界を無双する~』第1巻
DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large


『劣等職の最強賢者』コミックス5巻 5月17日発売!
飽くなき強さを追い求める男の、異世界バトルファンタジーついにフィナーレ!詳細はこちらをクリック

DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large





今回も全編書き下ろしです。WEB版にはないユランとの出会いを追加
↓※タイトルをクリックすると、公式に飛びます↓
『公爵家の料理番様~300年生きる小さな料理人~』待望の第2巻
DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large


好評発売中!Webから大幅に改稿しました。
↓※タイトルをクリックすると、アース・スター ルナの公式ページに飛ぶことが出来ます↓
『王宮錬金術師の私は、隣国の王子に拾われる ~調理魔導具でもふもふおいしい時短レシピ~』
DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large




アラフォー冒険者、伝説になる 書籍版も好評発売中!
シリーズ最クライマックス【伝説】vs【勇者】の詳細はこちらをクリック


DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large



ツギクルバナー

小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
[良い点] 展開が早い [気になる点] 信者が一方的に司祭を殺されたことで示威行為をしたというのは何をしたのでしょう 気になる [一言] 王を暗殺未遂した女騎士に対して戻る場所があるから待っている 申…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ