第56話 重なる手の平(前編)
長くなったので、前後編でお送りします。
突然現れた謎の悪漢たちに、教院の中はパニックになった。
奥へ逃げようとした信者たちだったが、分厚い壁に当たり、尻餅をつく。
見上げると、白い鎧を纏った騎士達が居並んでいた。
武具にはラムニラ教の象徴が刻まれている。
「きなすった……。ラムニラ教ご自慢の聖天騎士団だ」
挨拶でもするかのように床に転がっていた信者を、聖天騎士の1人が蹴飛ばした。
綺麗な方陣を作り、大盾を構え、ヴォルフたちの方へとやってくる。
「気をつけろ。前に合同演習を行ったことがあるんだが……。ヤツら頭……釘が2、3本抜けてるからよ」
「お前よりも強いのか?」
「は!? ふざけんな! 俺の方が強いに決まってる」
「なら、ここは任せていいな」
「ああ。手はず通りだ」
ヴォルフは走り出す。
一瞬で聖天騎士団との距離を侵略した。
忽然と現れた男の姿に狼狽する。
慌てて、手に持った大盾で防御するも、【剣狼】は構わず【カムイ】を振り抜いた。
バァァアァアアアアアアアアンンン!!
大鐘を転がしたような音が教院内部に響く。
盾が空を舞い、隊列が崩れた。
動揺する聖天騎士団を尻目に、ヴォルフは跳躍する。
方陣の後ろに着地すると、奥へと走り出した。
「ま、待て!」
【剣狼】の化け物じみた膂力に驚きながらも、聖天騎士団は後を追おうとする。
だが、隊列が崩れたのを見るや、レクセニル騎士団が殺到した。
2番槍はウィラスだ。
槍を振るい、一瞬にして3人を無力化する。
「歯応えねぇなあ……。どうしたい? 朝飯食ってんのか?」
昏倒した聖天騎士を足蹴にし、ウィラスは挑発する。
「そこまでだ。聖天に仇成す信心亡き者め!」
方陣の向こうで薄暗い声が響いた。
聖天の騎士達は直立する。
空気が一変した。
ウィラスは構えを取る。
目の前に現れたのは、巨人のような大柄の騎士だった。
「久しぶりだな、ウィラス・ローグ・リファラス」
「さーて、どなた様だったかね。悪いが、てめぇみたいな唐変木は、とんと覚えはねぇなあ」
とぼけてみせるが、ウィラスは覚えていた。
聖天騎士団騎士長バルディオ・ディケーズ。
Aクラス相当に値する騎士で、非公式の試合だったが、グラーフと引き分けたことがある。隠れた猛者だ。
「ぐふふふ……。相変わらず威勢がいいな、小僧。グラーフはどうした?」
「大将は後方に下がってもらってるよ。てめぇの相手は、俺で十分だろ」
「小癪な……」
バルディオは背中から2挺の戦斧を引き抜く。
白いシーツでも広げるかのように空を切り、振り回した。
構えを取り、副長を睨む。
騎士長の到着は、他の団員たちに勇気を与えたらしい。
再び陣形を立て直す。
お互いの上司を挟み、レクセニル騎士団と聖天騎士団は睨み合った。
場は整った。
気合いも十分……。
あとは、号令を待つだけだった。
両者は同時に息を吸う。
「やっちまぇえええええええ!!!!」
「かかれぇぇぇぇえええええ!!!!」
声が揃う。
両団は鬨の声を上げて、ぶつかり合った。
◇◇◇◇◇
いきなり始まった騎士団同士の戦い。
ぶつかり合う両勢力を尻目に、教院の廊下には足音だけが響き渡っていた。
剣戟の音に震えていた信者が頭を上げる。
ふと何か通り過ぎていったような気がしたが、何も見えない。
ただ足音だけが聞こえる……。
一瞬、歪んだ空気を見て、信者は幽霊だと勘違いした。
悲鳴を上げて逃げていく。
「すごい! ホントに僕たちのことが見えてないんだね」
信者の後ろ姿を見ながら、エルナンスは歓声を上げる。
お馴染みとなった軽装の上に、外套を被っていた。
その魔具が、自身の大きな身体を隠している。
「当たり前だ。この【霧隠れ】はバラガム家の秘蔵の魔具なんだ。そんじょそこらの気配遮断スキルと同じにされちゃ困るんだよ」
胸を張ったのはマダロー・ウォード・バラガムだった。
バラガム家は貴族でありながら、代々魔具の研究や商取引に精通している。
以前、彼が使用したハルバードも商品の1つだ。
本人がいうように【霧隠れ】は、バラガム家が所蔵する中でも、秘宝中の秘宝。
滅多に人前に出さないのだが、マダローは黙って家から持ち出してきた。
おかげで誰にも発見されず、セラネの捜索に専念ができる。
「しかし、なんでお前となんだよ……」
「そりゃあ。騎士団で唯一マダローが探査魔法が使えるからでしょ」
「ちげぇえよ。なんで、その俺の護衛がてめぇなのかって訊いてんだよ!」
「それは…………僕が強いからかな」
「照れてんじゃねぇよ! くっそむかつく!! 今度の競技会、覚えてろよ!」
本来であれば、セラネの捜索にはもっと人を割くべきなのだろうが、残念ながらバラガム子爵家秘蔵の【霧隠れ】は2着しかない。
加えて、聖天騎士団を真っ向から相手とするには、やはり人数が必要だ。
そこで少数精鋭ということで、エルナンスとマダローが選ばれた。
先日まで下位を争っていた両者だが、今はその領域にはない。
マダローの足が止まった。
彼の前にあったのは、地下へと降りる階段だ。
明かりはなく、魔獣の腹のような闇が広がっている。
不気味な空気が下から漂ってきた。
この地下にセラネはいるらしい。
2人は意を決し、階段を降りていくのだった。
◇◇◇◇◇
騒ぎは大司祭マノルフにまで届いていた。
レクセニル騎士団が強行してきたのだ。
だが、些細なことでしかない。
ラムニラ教には聖天騎士団がいる。
「いざとなれば、こやつらを解き放てばいい」
女の乳房でも触るかのように、マノルフが手をついた。
お化けみたいにデカいガラス瓶だった。
中に入っているのは、大きな影。
人間でもなく、魔獣でもない――なりそこないと呼ばれる生物だった。
瓶は廊下の奥までずっと並んでいる。
ざっと数えても、100体以上のなりそこないがいるだろう。
人間も魔獣も食らう生物を、マノルフは教院にて飼っていた。
「上が騒がしいな」
不意に声が聞こえて、マノルフは慌てて振り返る。
高価な天鵞絨の上着。
変わったデザインをしており、目の下まで襟が立っていた。
さらに中折れ帽を目深に被ることによって、完全に表情が隠れている。
おかげで男か女かもわからなかったが、声は男のものだった。
「おお。ガダルフ殿」
マノルフは手で聖印を刻む。
大司祭自らの施し。信者なら泣いて喜ぶだろう。
だが、ガダルフは全く動じていなかった。
服のポケットに手を入れて、不遜な態度を取り続けている。
「ご安心を。些末なことです。仮にここが見つかったところで、我らには多くの信者がおります。彼らがきっと騎士団の悪行を糾弾してくれるでしょう」
「だといいがな――」
ガダルフは吐き捨てる。
すると、1個の宝石をポケットから取り出した。
黒光りする石を見て、マノルフは大きく目を広げる。
蛾のように誘われると、うっとりと吐息を漏らした。
「もしや、これが――!」
「まだ試作段階のものだ。だが、威力は十分だろう。木っ端の騎士団など、軽く捻りつぶすぐらいなら造作もあるまい」
ガダルフは宝石を差し出す。
両手で受け止めたマノルフは、ますます目を輝かせた。
「これを私に……」
「大主教様からの託言だ。この世のものに等しき慈悲を」
おお、とマノルフは喉を震せた。
青い瞳から涙が滂沱と流れる。
真っ赤になった顔は、歓喜にまみれていた。
「俺は行く。厄介事はごめんだからな」
「大主教様にお伝え下さい。このマノルフ、神の御許に行くと。しかし、我が肉体は常に聖天ラムニラと大主教様とともにあると」
「頭は1つしかないぞ、マノルフ。お前は一体どちらの膝枕で眠るのだ?」
無論、とマノルフは即答する。
口を裂いた姿は、毒蜘蛛が笑ったかのように醜悪だった。
「大主教様でございます」
ガダルフの背後に浮かぶ大主教を見て、マノルフは傅くのだった。
後編もすぐに投稿します!








