第53話 おっさん、必殺技が不発に終わる
前話にて非常に不適切な表現がございました。
深く陳謝し、今後の戒めとして、あの話はそのままにしておこうと思いますw
2018/03/17 9:28現在
間違って、1話先行しておりました。
現在、正しい話に戻っております。
「いや! ご、誤解なんだ。別に俺はお前に何か……その……いたずら的なことは、何も考えていなくて……」
下着を履き、身なりを整えたヴォルフは慌てて弁解した。
唐突に下着を3日ほど履きかえていないことに気付いたこと。
経緯はともかく、部屋に異性を連れ込んでしまった。
ならば最低限身なりは整えておくべきだという結論にいたったこと。
ところが、タイミング悪くセラネが目を覚まし、慌てて椅子の背もたれに下半身を隠したこと。
聞く方にとってはどうでもいい勘違いだ。
しかし、ヴォルフは浮気がばれた男のようにしどろもどろになりながら、言い訳を並べた。
セラネは興味なさげに顔を背けていた。
手足の拘束から抜け出そうとするも、かなり頑丈に結ばれている。
驚いたのは声だ。
一定以上の音量が出せないようになっていた。
おそらく薬か何かだろう。
このままでは大声を出して、騒ぎを引き出すこともできない。
逆に、尋問には答えることが出来てしまう。
セラネを拘束した手際。
尋問のために作ったとしか思えない薬。
とぼけた顔をしているが、【剣狼】といわれる男は、侮れない存在だった。
一通り言い訳を繰り返した後、ヴォルフは咳を払う。
気を取り直し、改めて背もたれに身体を預けると、尋ねた。
「なあ……。セラネ、お前。王の寝所で何をしようとしていたんだ?」
ヴォルフは詰問する。
むろん、セラネは口を割らない。
顔を背けたままだ。
その後も、ヴォルフは独り言のように質問を繰り返した。
彼女が持つ剣技。独特の歩法。
魔法の制御方法。
それらはどこで習ったのか。
それとも独自に習得したものなのか。
騎士団に来る前を何をしていたのか。
獣人であることを隠していたことも尋ねられた。
セラネは沈黙で返す。
野生動物のように息を潜めていた。
「仕方ない……。じゃあ、お前と親しいマノルフさんに訊くか」
「マノルフ様は関係ない!」
唐突にセラネは声を張り上げた。
ヴォルフの薬によって、その音量はセーブされている。
もし効果がなければ、悲鳴じみたものになっていただろう。
彼女の態度は豹変していた。
表情に怒りが滲み、小動物が威嚇するように歯をむき出す。
一旦腰を上げたヴォルフは、また椅子に座り直した。
「そうか……」
セラネは我に返った。
慌てて顔をそらす。
短めの髪からはみ出た耳は真っ赤になっていた。
「あなたは……。あなたは何をやっているんですか?」
「何をって、お前に質問しているんだが……」
「だったら、殴るなり蹴るなりして、拷問すればいいじゃないですか!?」
「拷問か……」
ヴォルフはゆらりと立ち上がった。
キュッとセラネは身を固まらせる。
大柄な男の影が、小柄の少女に覆い被さった。
ベッドに上がり、下腹部の辺りに尻を落とすと、馬乗りになる。
そして口角を歪めた。
きた……。
同時に下劣だと思った。
ヴォルフという男を理解する。
きっと殴るよりも蹴るよりも、女の魂を削ることに快感を得る人間なのだと。
温厚な方だと思っていたが、どこにでもいる低俗な野獣だったらしい。
(どうか……。聖天よ。私を導きください)
心の中で祝詞を唱える。
しかし、ヴォルフは服をぬぐわけでもなく、履いたばかりの真新しい下着をさげることもない。酒臭い口臭を、セラネの口に移してくるわけでもなかった。
ただそっとセラネの脇の辺りを触る。
すると……。
「コチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョ」
まるで鋼琴の鍵盤を叩くように、くすぐり始めた。
「ふふふ……。どうだ、セラネ。俺のテクニックは! どうだ。笑いすぎて、笑い死にしそうだろう。やめてほしかったら、事情を話すんだ!」
ヴォルフは熱く叫んだ。
だが、当の本人は。
「何をやっているんですか?」
真顔だった。
ヴォルフは手を止める。
きょとんとした表情を浮かべ、首を傾げた。
「が、我慢しなくていいんだぞ」
「我慢なんてしてません。私、そういうの全然強いんで」
「な――――ッ!! そんな馬鹿な! うちのレミニアはこれをすると、すぐにどんな隠し事でも喋ったんだぞ!!」
あの【大勇者】すら屈したヴォルフのくすぐり攻撃に、セラネは全くの無表情だった。
自信があった【剣狼】はがっくりと項垂れる。
どうやら、くすぐる力は強化されていなかったらしい。
きっとレミニアが嫌がるからだろう。
「あなたは何をしたいんですか? ふざけてるぐらいなら、私を憲兵に差し出して、縛り首でもなんでもすればいい!!」
またしても、セラネは小さく叫んだ。
ヴォルフは寝具から降りた。
椅子に座らず、側に立つ。
【剣狼】の態度は常に穏やかだった。
「そんなことできるわけないだろ? お前は騎士団の一員で、仲間なんだから」
「な、仲間……?」
「お前はまだ何もしていない。容疑がかかっているだけだ。だったら、仲間として、お前を信じるのは当たり前だろう」
「わ、私は……まだここに来て、まだ日も浅い新米の騎士なんですよ」
「付き合いの長さなんて関係ない。俺とお前は、上司で部下だ。理由なんてそれで十分すぎる」
たとえ、世界と戦うことになっても、俺はお前を信じるぞ。
セラネの心は真っ白になった。
相手が何を考えているか。
そして自分が何を考えていいのかわからなくなる。
なんと愚かな男なのだろう。
最初出会った時、特に興味がなかった。
初めて対峙した時、底知れぬ強さにおののいた。
とぼけた男だと思った。下劣な男だとも思った。
なのに、今――自分はこの男から目を離せないでいた。
「なあ……。セラネ。もう1度、お願いする。お前のことを聞かせてくれないか?」
あ、とセラネが口を開きかけた瞬間、ヴォルフの部屋の扉が開く。
現れたのは、司祭服を纏った優男だった。
「マノルフ大司祭……」
ヴォルフは振り返る。
ラムニラ教の司祭は、先が丸い祭靴を響かせ、部屋に踏み込んだ。
鋭い視線を放つ。
周りを確認した後、ベッドに拘束されたセラネを見つめた。
やがて、出会った時と同じ温和な笑みを浮かべる。
「非礼を詫びますよ、ヴォルフ殿。ただ、これは少々看過できない光景ですね」
「こ、これは……」
「女性を部屋に連れ込むなとはいいません。しかし、男女の契りは、手足を拘束して行わなければならないものではないはずです」
「それは、ごもっともですが――いえ。そうではなくて……」
「セラネは我らが同志。申し訳ないですが、あなたに預けておけません。彼女の拘束を解き、落ち着いた時にあなたに弁解の機会を与えましょう」
マノルフはさらに踏み込む。
ベッドにいるセラネの拘束を外そうとしたが、それをヴォルフが阻んだ。
「待って下さい。彼女はラムニラ教の敬虔な信者であると同時に、我々騎士団の一員で――――」
「そうです。そして、その上司であるあなたが、彼女を部屋に連れ込み、拘束した。経緯はどうあれ、騎士団の客将が一女性団員を拘束していることは事実です。あまりこういうことはいいたくありませんが、あなたの人格を疑わざる得ません」
さしものヴォルフも、次の言葉が出てこなかった。
その脇を抜け、大司祭はセラネの拘束を解こうとする。
「マノルフ様……」
「もう大丈夫ですよ、セラネ。一緒に帰りましょう」
優しげな声をかける。
セラネはホッと息を吐いた。
なかなか縄が解けないとみるや、マノルフは人を呼んだ。
白銀の武装を纏った騎士が入ってくる。
鎧にはラムニラ教の象徴が描かれていた。
ヴォルフを一瞥し、威嚇する。
漂ってくる圧力に、すぐに手強い相手だと気付いた。
男はナイフを出して縄を解く。
マノルフは少女の肩を抱き、部屋を後にしようとした。
部下がすれ違う瞬間、ヴォルフは拳を強く握る。
「セラネ……。心配するな。きっとお前を助けてやる」
セラネは顔を上げる。
特徴的な獣人の瞳がわずかに潤んでいた。
その時の表情を、ヴォルフは瞼の裏に焼き留めるのだった。
おっさん、それ普通にセクハラですよ(白目)








