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第51話 おっさん、月夜に飛ぶ!

ヴォルフ・ミッドレス、今冬48歳。

飛びます!!

「人が消える……?」


 本日の教練も終わり、ヴォルフはウィラスを酒屋に誘った。

 最近、よく副長と飲んでいるのだが、この日は様子が違う。

 いつもの居酒屋でヴォルフが酒を勧めると、珍しく大酒飲みのウィラスが断ったのだ。


 理由を聞くと、今晩任務があるらしい。

 その話の中で出てきたのが、冒頭の台詞だった。


「具体的には……」


「言葉通りだ。忽然と人が消えるんだよ、ヴォッさん」


 初めは1人や2人程度だったらしい。

 日増しに、数は増え、10日で30人がいなくなった

 襲われたり、争ったりした痕跡はなし。

 王国は組織だっての誘拐・拉致と断定し、警備兵を増やして警戒に当たっていた。


 だが、今日未明、5人の家族が一遍に消えるという事件が起こる。

 憲兵の調べでは、家族に夜逃げや蒸発するような動機はなく、机にはディナーが残されたままだったという。


「人間の仕業じゃないな」


 ヴォルフは目を細める。

 ウィラスも同意した。


 警備兵が王都に溢れている状況で、1人どころか5人の人間を1度に消した。


 痕跡を残さず、1人の人間を消すとき、その10倍の人数が必要になる。

 50人の人間が王都で固まって動いていれば、否が応でも目立つのに、足跡すら発見できていない。


 それに……。

 犯人は厳戒態勢の中で実行し、かつ犯行の規模を増やしてみせた。

 人間の心理からいえば、躊躇するはずだ。

 そのことからも、人外の可能性も除外できない。


 人間ではないとするなら、魔獣の仕業と考えるのが妥当だ。


 王都はぐるりと城壁に囲まれている。

 結界も存在し、さらに警備兵が昼夜を問わず警戒している。

 魔獣が王都に入り込むのは困難だ。


「1つだけ心当たりがある」


「なんだ?」


「なりそこないってのを聞いた事があるか?」


 ヴォルフは頭を振った。


 なりそこないは魔獣戦線で初めて確認された人間とも魔獣とも違う生物だ。

 それは忽然と陣営に現れ、ある国の騎士団をたった一夜で消滅させたという記録も存在している。


「そのなりそこないと手口が似ている、と?」


「気がするだけだ。確証はない。だから、俺たちも警備兵に加わって、夜回りしようと思ってな」


「おいおい。そういうことは先に報告しろよ」


「あんたは客将だぜ。それに夜回りするんだったら、その酒は飲めねぇぞ?」


 木の杯になみなみと麦酒が注がれていた。

 ヴォルフは恨みがましい目で、ウィラスを睨んだ後、隣の席に杯を置いた。

 「俺のおごりだ」とぶっきらぼうに言い放つ。

 珍しく拗ねた心優しき冒険者は、テーブルに肘を突き、鼻息を吹きだした。


「これでいいか?」


 ウィラスは腹を抱えて笑う。

 そして感謝した。


 こうしてヴォルフの夜回りが決まった。



 ◇◇◇◇◇



 王都はいつになく静かだった。


 普段なら、夜になっても店や道ばたの明かりが絶えない。

 王宮から見ると宝箱をひっくり返したような美しい夜景を見ることができるが、今日は些か迫力にかけていた。


 失踪事件を受けて、戒厳令が発令されたのだ。


 普段、夜遅くまでやっている酒場も早々に店じまいし、娼館街も華やかな明かりを落とし、ひっそりとしていた。

 口を噤んだように街は静まり、ただ夜回りをする騎士や兵の鉄靴が響くだけだった。


 その中に、ヴォルフの姿があった。

 数名の兵を率い、見回りをしている。

 だが、魔獣どころか鼠1匹見つけることが出来なかった。


 一旦王宮近くの広場に戻る。

 ちょうど別隊で見回りをしていたウィラスと鉢合わせになった。


「西南地区、異常なしだ」


「こっちもだ。静かなもんだ」


 ウィラスは空を見上げる。

 今日は半月だ。雲も少なく、月光が王都を照らしている。

 比較的明るい月夜だった。


「今日はないかもな」


「かもな」


 ヴォルフもまた顔を上げる。

 すると、何か影のようなものが民家の屋根を伝っていくのが見えた。


 人だ。


 すっぽりと黒装束に身を包んでいる。

 おかげで男か女かもわからない。

 だが、ヴォルフには分かった。

 強化された鋭敏な感覚が、その体躯と独特の歩法からある人間の可能性を導き出していた。


「ウィラス、聞きたいのだが――――」


 反射的にある団員の名前を言いかけて、ヴォルフは口を噤んだ。

 一瞬、神妙な顔をした客将は気を取り直す。


「ウィラス、ここは任せていいか」


「かまわねぇが、どうした? 小便か?」


「野暮用を思い出した?」


「まさか女じゃないだろうな……」


「まあ、そんなところだ」


「おい。マジかよ!」


 ウィラスは口笛を吹く。


「頼んだぞ!」


 夜の王都を走り出した。



 ◇◇◇◇◇



 影は真っ直ぐ王宮を目指していた。


 速い。

 そして、何より足音がしない。

 いくら訓練しても、あそこまで無音にはならない。


 ヴォルフは影が持つ魔力の流れを鑑定する。

 最近、レミニアが強化した部分だ。

 これにより魔導士がどんな魔法を使おうとしているか、読むことが可能になった。

 気づいたのは、マダローの訓練を見ている時だ。


「(やはり足に風属性の膜を覆っているな)」


 接地面に真空を作り、音の拡散を最小限にしている。

 歩法によって元々少ない足音をさらに減少させることに成功していた。

 魔法と【無音歩行】スキルの合わせ技。

 むろん、かなりの高難度スキルだ。

 Lv5……。いや、Lv6に相当するかもしれない。


 無音歩行はともかく、速さならヴォルフも負けてはいない。

 気配を消し、影を追いかける。

 捕まえることは、今すぐ実行可能だが、目的を知りたかった。


 やがて、影の前に王宮を囲う壁が立ちはだかった。

 一瞬、動きを止めた後、慎重に壁に足を掛ける。


「(おいおい。そんなことも出来るのか)」


 まるで急な坂道でも歩くかのように壁を歩き始めた。

 先ほどの真空を作る魔法の応用だろう。

 その吸着性質を利用し、歩いているのだ。

 むろん、音もしない。


 そうこうしているうちに、あっさりと昇り切ってしまった。


 ヴォルフは迷う。

 もちろんあんな芸当は出来ない。


「仕方ない!」


 ヴォルフはぐっと屈伸する。

 渾身の勢いでジャンプした。

 今冬43歳になる男が、月夜に浮き上がる。


「(やばい! 飛びすぎた!!)」


 手を伸ばせば雲にも届く。

 城壁は遙か彼方だ。

 いくら強化されているとはいえ、ここまでジャンプ力が高まっているとは思わなかった。


 成長強化された先には、地でここまで飛べるようになるのだろうか。

 そう思うと頭がクラクラする。

 しかし、もっと頭痛がする出来事はその後に起こった。


「(って、これ……。どうやって着地すればいいんだ)」


 思ってる間に、最高点に到達する。

 やがてヴォルフの体躯は、緩やかに落下を始めた。

 みるみる地面が迫ってくる。


「(ぬおおおおおおおお!!)」


 悲鳴を上げるのを必死に堪える。

 英雄やら【剣狼(ソード・ヴォルバリア)】と持ち上げられたところで、怖いものは怖い。

 というか、あんな高々度から落ちるなど、初めての出来事だった。


 バン!!


 ヴォルフは見事に着地する。

 倒れそうになるのを両足で堪えた。

 衝撃が骨身に沁みる。

 血が逆流したような痛みが、脳天まで駆け上がった。


「痛ッぁぁぁああ……」


 幸いなことに、ヴォルフは無傷だった。

 怪我をしたところで【時限回復(リルミット・ヒール)】で、自動回復してしまうのだが、ともかく五体は無事だ。

 これもレミニアの強化だろう。

 きっとあの高度から落下しても無傷でいられるほど、身体を強化しているに違いない。


 つくづく心配性な娘だった。


 降り立ったのは王宮の裏庭だ。

 改めて影を探す。

 強化された聴覚ではわからなかったが、ヴォルフには鼻がある。

 犬並みに強化された嗅覚は、影の匂いを捉えた。


「(音は消せても、汗のにおいは消せてないぞ)」


 どうやら影は王宮を昇っているらしい。

 行き先に気づき、ヴォルフは慌てた。


「(まずい……)」


 眼を細める。

 ヴォルフは速度を上げた。

 だが、壁を昇る速さは向こうが上だ。

 徐々に離されはじめる。


「(仕方ない!!)」


 ヴォルフは再び跳躍する。

 目的の場所の外壁に辿り着いた影は、やっと飛び込んできた男に気がついた。



 ◇◇◇◇◇



 ゴン……。


 異音にムラド王は目を覚ました。

 何事かと寝具から起き上がる。

 窓を睨むが、何もない。

 頑丈な格子が入ったガラス窓の奥には、半月が浮かんでいた。


「気のせいか……」


 ムラドは再び寝具に入る。

 明日も激務だ。

 些末なことで貴重な睡眠時間を無駄にするわけにはいかない。


 すぐにムラドの口から鼾が聞こえ始めた。



 ◇◇◇◇◇



 ヴォルフは影ともつれながら落下する。


 叩きつけられたのは広い屋根だった。

 謁見の間へと続く長い廊下の上だ。

 そこで、【剣狼】は正体不明の影と対峙する。


 組み合った時、装束の一部が剥がれたのだろう。

 顔が半分でていた。

 見覚えのある無表情が、ヴォルフの方を睨んでいる。


「やっぱりお前だったんだな」


 急な突風が2人に襲いかかる。

 装束の一部が(レク)に向かって吹き上がった。


 真っ黒の髪が舞い上がるのを見て、ヴォルフはぽつりと呟く。



 セラネ……。


『ヴォッさん』という響きが何かに似てるなとつくづく思っておりましたが、

「スケットダンスやん」ということを思い出して、晴れ晴れです。

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