Prologue
新章『虚神を斬る狼牙篇』開幕です。
いつもより短いですが、まずは序章をお楽しみ下さい。
それはヴォルフ・ミッドレスが騎士団の客将として迎えられる少し前の話になる。
王を守り、国を救った【剣狼】は、ギルドで土木クエストを見つけ、日銭を稼いでいた。
娘には一緒に暮らそうといわれ、王からも部屋を用意するといわれたが、謙虚なヴォルフはすべて断り、西区にある慣れ親しんだ集合住宅で寝泊まりしている。
生ぬるい環境にいると、身体が錆びていくような感じがしたからだ。
自分をいじめないと気が済まない体質になってきているらしい。
その点、土木クエストは、身体を鍛えるのには最適だ。
集合住宅で顔を合わせる――野心に満ちた若い冒険者を見るのも、刺激にもなる。
ヴォルフに割り当てられたクエストは、石の採掘現場だった。
レクセニル王国は建材に使う石の産地として有名だ。
王都の近くにある山がそうで、頑丈で粘りがあり、磨けば鏡のように光ると評判だった。
すでに各国に輸出され、ブランド化も検討されている。
現在、採掘現場は河岸工事用の石材の採掘に追われていた。
同時に現場では加工も行われ、ヴォルフの姿はその加工場にあった。
設計師が用意した絵を見ながら、手頃な石を探す。
そこから鑿などを使い、絵の通りに成形していくのが、【剣狼】の仕事だった。
ところが、ヴォルフはせっかちだ。
そもそも鍛冶場で日雇いの仕事をしてた時も、細かく、時間のかかる仕事を苦手としていた。
若い頃は、よく親方にどやされたりもしていた。
今はそうでもないのだが、もっと効率的な方法はないかと、【剣狼】は石を見ながら首を捻る。
つと腰に差した【カムイ】をふれた。
採掘現場では無用の長物ではあるのだが、暇さえあれば鍛錬に励んでいた。
この時、何を思ったのか、ヴォルフは刀を抜く。
急に武器をかざした男に、周りにいた同僚たちは「おお」と慌てて距離を置いた。
乱心したのかと思いきや、頭に蝶が乗るほど男は落ち着きを払っている。
やがて「やってみるか」と呟いた。
持ってきた素石を作業台に置く。
一旦【カムイ】を納刀し、息を大きく吸った。
集中し、イメージを浮かべる。
頭の中に浮かんだのは、設計師が持ってきた絵だ。
ゆっくりと絵と目の前にある石を重ねていく。
瞬間、ヴォルフは裂帛の気合いとともに刀を振り抜いた。
剣線が閃く。
3つ……いや4つの斬撃が、一拍の間に射出された。
刹那の間に暴れ回った【カムイ】は静かに鞘に納まっていく。
キィン……。
音を立て、【カムイ】が納刀されたと同時に、石のあちこちにズレが起こる。
脱皮でもするようにはらりと肌が剥け、絵の形通りに成形された。
「すげぇ!」
「うおおおおお!!」
「おっさん、やるじゃねぇか!」
突然、拍手と賛辞が飛んでくる。
石の加工現場はやんややんやと騒然となった。
ヴォルフは照れくさそうに歓声に応える。
「すげぇなあ。絵の通りだ」
「なあ、俺のもお願いするぜ」
「なら、俺も」
「じゃあ、俺もだ。一杯奢るぜ」
俺も、俺も……手を挙げる。
どこから沸いてきたのか。別室の冒険者まで手を挙げ始めた。
「待て待て! そんな1度に出来るか!! そもそもお前らの仕事だろ!!」
どうやら石の加工に飽きてきていたのは、ヴォルフだけではないらしい。
皆が落ち着くのを待って、加工場を出て行った。
早速、設計師に見せる。
加工場の同僚のように賛辞が送られるのかと思ったが、設計師は首を振った。
「だめだめ。こんなんじゃ。石垣に使えないよ。切石じゃないんだから。こんなツルツルの表面なんて使えるわけないだろ?」
設計師が指摘したのは、ヴォルフが【カムイ】で斬った断面だった。
あまりにも切り口が見事すぎるらしい。
事実、鏡のようにつるつるだった。
切石を重ねるならこれでもいい。
だが、河岸の石垣は石同士を噛み合わせながら積み上げていく。
この断面では滑ってしまい、使い物にならないだろう。
「じゃあ、表面がゴツゴツしていればいいんだな」
「は?」
ヴォルフはひょいと石を空中に投げた。
刀に手を掛ける。
再び剣線が閃いた。
【カムイ】を納刀し、石を両手で受け止める。
手に戻ってきた石の表面は、キザキザになっていた。
「これならどうだ?」
子供のように目を輝かせる。
設計師は困ったような表情を浮かべた。
「あんた……。こんなところで石なんて削ってないで。魔獣を倒してきた方が、世のため人のためじゃないのか?」
もっともな意見に、さしもの【剣狼】も頭を掻くしかなかった。
◇◇◇◇◇
石加工の仕事が終わり、ヴォルフは馴染みの酒場に向かっていた。
肉体労働の後の酒ほど格別なものはない。
レミニアにはほどほどにと忠告されているが、英雄になってなお、喉にキュッと来る感覚だけは忘れられなかった。
さしもの【剣狼】も、酒には勝てなかったというわけだ。
すると、突然鐘が鳴り始める。
王都の地区ごとに配置された鐘楼が一斉に鳴り響き、共鳴した。
背後で衣擦れの音が聞こえる。
振り返ると、老婆が膝をつき、何やらぶつぶつと唱えていた。
さらに男が、母親が、子供までもが鐘の方を向き、祈るような仕草をとっている。
暮れなずむ空。
鐘が空気を振るわせる中、立っていたのはヴォルフだけだった。
「ラムニラ教の鐘か……」
聖天ラムニラを主神とする宗教の1つ。
ストラバールでは人気の宗派で、各地に教院が建てられていた。
1の善行を行えば、10の善行が返ってくるという教義は非常に有名で、道徳的にも優れていることから、影響を受けている宗派も多い。
特にレクセニル王国は、ラムニラ教を国教として定めている。
国の人口の半数は信者といわれ、王都北東にあるラムニラ教院は、総本山を除けば、最大規模を誇る。
だが、竈と井戸、そして森の神しか信じないヴォルフにとって、ラムニラ教は縁遠いものだ。15年近く王都に住んでいたが、改宗しようと思ったことは1度もない。
「(気のせいか。昔よりも信者が多くなったような気がするな)」
王都を歩けば、司祭服や教服を纏った人間が否が応でも目に付く。
その数は以前よりも増えているようにも思えた。
道ばたで人が聖天に向かって祈りを捧げる中、【剣狼】は自身の切っ先を冷ますため、酒場へと向かう。
しかし、ラムニラ教とヴォルフが、1人の少女を巡り、対立するとは、この時夢にも思わなかった。
すいません。
明日もお休みさせてもらいます。
突然、身内が入院したりして、家内がゴタゴタしておりまして……。
新章をまだ書き切るところまで出来ていないのです(確定申告も終わってないし)。
13日以降からは、新章が終わるまでノンストップで更新していく予定です。
楽しみされている方には本当に申し訳ないのですが、
今しばらくお待ちいただきますようお願いしますm(_ _)m









