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第48話 北の奇跡

【大勇者】vs女神

 レミニアは早速用意を始めた。


 王都から運んできた絹を広げる。

 そこには複雑な紋様の魔法陣が描かれていた。

 初めから、ルネットを復活させるつもりでいたのだ。


 高価な魔宝石を陣にばらまく。

 さらに陽が沈み、(レク)が昇るのを待った。

 ストラバールでは、夜は死者の世界だといわれている。

 その交信をするためにも、もっとも魔力が濃くなる夜まで待たなければならない。


 青白い月が天頂へと昇る。

 レミニアは一旦息を吐き、呟いた。


「準備はいいわね」


 向かい合うルーハスに尋ねる。

 【勇者】は神妙な顔で頷き、打ち合わせ通り、自分の腕に刃を押しつけた。

 獣人のハーフの血が、陣にしたたる。


 蘇生には魂だけではない。

 二重世界理論と同じく、死者を観測したもの――その記憶が必須になる。

 そして、その記憶がもっとも強く刻まれた場所。

 すなわち、北の戦線こそが、ルネットを生き返らせるための最良の場所なのだ。


 ルーハスをこの地に連れてきたのは、そのためだった。


 レミニアは儀式を続ける。

 呪文を唱え始めた。


「霊哭と冥死の女神にして、大空洞の遙か深奥に玉座をかまえるもの。それすなわちルディミアよ」


 名前を聞いた瞬間、ハシリーは息を呑んだ。


 全能といわれる大神レダ。

 その力に匹敵し、世界の果て【大空洞】の奥にいる地下と死を司る女神だ。

 だが、いまだに神と契約したという話は聞いたことがない。

 おそらくレミニアが初だろう。


「(やはり……。レミニアはつくづく【大勇者(レジェンド)】だ)」


 魂があるとはいえ、そこから死者を復活させる。

 間違いなくレベル10に相当する魔法だ。


 魔法陣がおぼろげに光り出す。

 膨大な魔力が渦巻いているのがわかった。

 空気中に存在する微細な精霊が集まった魔力に反応し、光を帯び始める。


 まるで光蟲の一斉羽化を思わせるような幻想的な光景に、一同は息を呑んだ。

 幻獣であるミケも驚きを隠せないらしい。

 本能からか、光る精霊を追いかけていた。


「我、地と底を貫く女王に傅くものなり。平伏し、月に近き地にて血盟を請う。一条の慈悲を以て、汝の眷属に加えし魂を救済することを許し給え。魂を東の塔へ、器を西の塔へと預け、我が万象の願いに、星天の秤をかけよ!!」


 瞬間、魔法陣から魔力の奔流が立ち上がる。

 黒い……。真っ黒な魔力だ。


「これが地と死を司る女神の声なの」


 短い髪を逆立てながら、ハシリーはまた息を呑んだ。



 ◇◇◇◇◇



 暗い……。

 井戸の底よりさらに深い闇が、永劫と思えるほど続いている。


 レミニアはぽつんと立っていた。

 周りにハシリーはおろか、ミケもルーハスもいない。

 たった1人だった。


 そして寒い。


 温かな血液が抜けていくように体温が奪われていく。

 レミニアは感じていた。

 自分の死を……。


 ここが霊哭と冥死の女神ルディミアが生み出す虚数の世界であることを。


 つまりは死の世界だ。


 ぼうと目の前が明るくなったような気がした。

 目線を上げると、女が立っていた。

 こんな地獄のような場所で遭う人物だ。

 むろん、普通の女ではない。


 鬱血した肌を思わせるような青白いドレス。

 目は落ちくぼみ、長い髪は氷のように固まっている。

 手は長く、爪の先が鎌のように鋭くなっていた。


(われ)を呼んだのはそなたか、人間」


 ルディミア本神であることは、現れた時から理解していた。

 すると、霊哭と冥死の女神がそっと手を差し出す。

 挨拶のような柔らかい抱擁だった。


 だが、それはレミニアが見聞きしてきたあらゆる攻撃やスキルの中で、もっとも暴力的だった。


 レミニアの肌がみるみる青白くなっていく。

 紫水晶を思わせるような瞳から、生気が奪われていった。

 やがて思考も絶たれ、視界と一緒にぼやけていく。


 問答無用で、死が訪れようとしていた。


「おろかな……。人間が(われ)を使役し、あまつさえ(われ)の眷属を現世に呼び戻そうなど。分際を知るがよい」


 ルディミアは口角を上げた。

 女神の抱擁の中で、【大勇者(レジェンド)】はゆっくりと死を迎えようとしている。

 だが、はたと気づいた。


 いつの間にか、少女の手が女神の背中に回されていた。

 冷たい――確かな死者の感触。

 しかし、レミニアは力強く女神を抱きしめる。


「女神の抱擁……。なかなか甘美だったわ」


「馬鹿な! 何故生きている!?」


「愚問ね。わたしがパパのお嫁さんになるまで死ぬわけないでしょ」


「はあ……!!?」


 ルディミアの口から思わず変な声が漏れる。

 娘の発言を聞いて、心底呆れたのだ。

 そんな理由で、死から逃れているのかと。


 すると、レミニアは魔力を増幅させる。


「なんだと!!」


 発する魔力に、ルディミアは戦いた。

 レミニアから発せられる魔力量は、人間のそれを超えていた。

 異能者(イレギュラー)と説明するのも、あまりある。


 その雄大な魔力は【 神 】そのものを思わせた。


「貴様! 何者だ!!」


 全能の神レダに匹敵するほどの神ルディミア。

 それを震撼させるほどの魔力の持ち主。

 ただの人間――いや、人間であるはずがない。


 ルディミアも負けていない。

 神の意地か。

 レミニアから発せられた魔力を、自身の力によって抑え付けようとする。


「うっさいわねぇ!! あんたは黙って、わたしの願いを聞いていればいいのよ、駄女神!!!!」


 レミニアは絶叫する。

 魔力量を増やした。

 それは抑え付けるという生やさしいものではない。

 まるで平手打ちだ。

 女の殴り合いみたいに、レミニアと女神の魔力が拮抗する。


 勝利したのは……。



 ◇◇◇◇◇



 魔力が落ち着く。

 地面ごと引き剥がさんと揺れていた草葉が、緩やかに揺れ始めた。

 嵐は過ぎ去り、穏やかな魔力が陽炎のように翻る。

 吹き飛ばされた微少精霊たちも、深山の小川のような清い流れに群がってくる。


 気づけば、1人の少女が魔法陣に横たわっていた。


 亜麻色の髪に、同じ色の長い睫毛。

 耳は真っ直ぐに横に張り出し、木の実を思わせる小さな唇を、何か請うように動かしている。

 薄く未成熟な胸をゆっくりと上下させ、まだ赤子の面影が残る手を枕にして眠っていた。


 真っ白な肌は一糸を纏わず、緩やかな曲線を描く臀部が丸見えになっていた。


「ルネット……」


 すでにルーハスの青眼には涙が浮かんでいた。

 魔法陣に涙滴を滴らせ、【勇者】は陣の中に入る。

 眠る少女の身体をそっと起こし、抱きしめた。

 力強い鼓動が返ってくる。


 生きてる……。


 その事実が【勇者】にさらなる感動を呼び、少女の顔に涙をしたたらせた。


「いや、でも……。ぼくが知っているルネットさんより、背が低いような」


 ルーハスが抱きしめているのは、せいぜい8、9歳の少女だ。

 だが、ルネットは享年77歳のエルフ。

 明らかに未熟な身体は、成人のものではない。

 けれど、似ている。

 遠目でしか見たことがないハシリーだが、彼女の特徴に合致していた。


「さすがのわたしも完全とはいかなかったわね。お供え物をケチったおかげで、中途半端に生き返らせてしまったわ」


 珍しくレミニアは反省の弁を述べる。

 それでもルーハスがルネットと認めているのだ。

 間違いなく、彼女の復活は成功したのだろう。


 レミニアは、泣き喚くルーハスに近づいていく。


「悪いけど、女神がケチすぎて、復活が中途半端になってしまったわ。肉体もそうだけど、もしかしたら記憶も欠損しているかもしれない。可能性として考えておいてほしいんだけど、ほぼ別人格になってることもありうるわ。けど――」


「ああ……。彼女は間違いなくルネットだ」


 ルネットの亜麻色の髪を掻き上げる。

 いまだその瞳が開くことはなかったが、勇者は愛しそうに見つめていた。

 その光景を見て、ハシリーはレミニアとヴォルフが寝ているところの姿を思い出す。同時に深い愛を感じる2人の恋人を、少し羨ましく思った。


「レミニア・ミッドレス……。感謝する」


 ルーハスは感謝の意を表す。

 拍子抜けするぐらい軟化した態度に、レミニアは思わず笑ってしまった。


「別に……。わたしとしても、ルネット・リーエルフォンの死は予想外だったからね。彼女の死は、今後の戦局を左右することになる。ただでさえ、前回の魔獣戦線で人類側は優秀な人材を失ったわ。人類の頭脳である彼女をここで失うのは、大きな損失と考えただけよ」


「ふふふ……」


「何よ、ハシリー……」


「いえ。素直じゃないと思いまして」


 ハシリーにはわかっていた。

 これは上司なりの贖罪なのだと。


 魔獣戦線の折り、レクセニル王国軍が退いたのは、レミニアという【大勇者(ばけもの)】を警戒したためだ。

 むろん、レミニアに国を(しい)する考えは微塵もなかった。

 が、王国の上層部はそうは考えなかった。

 彼女が突然、暴れた時のために、わざわざ北にいる王国軍を本国に帰還させたのだ。


 将軍も忸怩たる思いだったのだろう。


 レミニアが初めて王に謁見した時、挑発し、戦いを挑ませたのは、自分よりも【大勇者】が強いことをおおやけにし、上層部を納得させるためだった。

 2人の諍いは、将軍が企てた腹芸だったのだ。


 しかし、レクセニル軍が引いたことで人類軍は瓦解。

 ルネットを失う結果となった。


 レミニアの責任でもなんでもない。

 だが、心のどこかでずっとしこりになって残っていた無念だった。


「わたしよりも、彼女に感謝なさい。ルネットは決して諦めなかったんだから。自暴自棄になって、革命まで起こしちゃう誰かさんにはもったいないぐらいの良妻よ」


「……そうだな」


「だから、もっと大事になさい」


「ああ……。改めて感謝する、レミニア・ミッドレス。この借りはいずれ」


「わたしに感謝しなくてもいいわよ。あんたは多くの人間を傷つけたわ。それを1つずつ返しなさい。……他人なら難しいけど、あんたになら出来るはず。そうでしょう? 【勇者】ルーハス」


 ルーハスは力強く頷いた。

 それを見届けた後、レミニアはようやく笑みを浮かべる。


 瞬間、ふらりと身体が揺れた。

 糸が切れたかのようにレミニアは倒れる。


 真っ赤な髪がまるで鮮血のように広がった。


次回が『北の奇跡篇』最終回になります。


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