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第4話 王都到着

「着きましたよ、レミニア」


 ハシリーは優しく隣の娘の肩を叩いた。

 窓にもたれるようにして寝ていたレミニアは、瞼をこする。

 大きく伸びをした後、窓から顔を出した。

 赤い髪が舞い上がる。

 香りがニカラスとは違う。

 草原の匂いがした。


「わぁ……」


 思わず歓声を上げる。


 絶壁のような高い城壁。

 その向こうにいくつもの尖塔が立ち並ぶ城が聳えていた。

 レクセニル王国が誇る王宮ルドルムだ。


 今からあそこに行く。


 父親以外のことには無頓着なレミニアも、さすがに心が躍った。

 好奇に輝く少女の顔は、まるで着任したばかりの新人研究員のようだ。

 ハシリーは微笑する。

 【大勇者(レジェンド)】といえど、レミニアはまだ15歳の少女。

 階級こそ主席研究員だが、新米であることに変わりはない。


 馬車は王宮の大きな鉄門をくぐる。

 高層の城といい。巨人でも通れそうな鉄製の門といい。

 レクセニルの高い建築技術を感じさせる。

 200年王国。ストラバール3位の大国を見せつけるかのようだった。


 城下町に入っても、レミニアは窓を閉めようとはしなかった。

 家が5軒ほど立てられそうな広い街路には、たくさんの人が行き交っている。

 売り子の口上、恋人たちのお喋り、元気に遊ぶ子供たち、賑やか音楽。

 静かなニカラスも好きだが、国の息づかいが聞こえてくるような王都も悪くないと思った。


「王都は初めてですか?」


 ハシリーが尋ねると、レミニアはようやく窓から乗り出すのを止めた。

 きちんと席に着き、取り乱した己を戒める。


「いいえ。これで2度目よ。でも、あの時はそれどころじゃなかったもの」


「あの時――というのは、査問の時のことですか?」


「ええ……。まさか自分が書いた論文が、この世界の秘密に関わることだったなんて思わなかったわ」


「しかも、まだ12歳の娘が――ですからね。さぞかし、うちの所長なんかは目を丸くしたでしょう。ぼくはその時、別の部署にいたので立ち会えませんでしたけど……。非常に残念です」


 ハシリーは本当に残念そうに項垂れる。

 横でレミニアは苦笑した。


「一応、聞いておくんだけど。今回のわたしは歓迎されてここに連れてこられているのよね」


「セルゼビア王直々にお会いになるそうですから、間違いなく歓待されるでしょう」


「それを聞いて、安心したわ」


 3日も連れ添った馬車の椅子に座り直すのだった。



 ◇◇◇◇◇



「ちょっと……。何よ、これ」


「知りませんか? ドレスというものです」


 今、レミニアは着替えの真っ最中だった。

 目の前には桃色のドレスが吊されている。

 今から、これを着させられるらしい。

 大きな花柄がついたドレスはとても美しいのだが、レミニアから見れば、少々派手に思えた。

 そもそもドレスというのが初体験。

 給仕に髪や化粧を施されるのも初めてで、ともかく【大勇者(レジェンド)】は戸惑っていた。


「王にお会いするんですから、これぐらい当たり前ですよ」


「うう……」


 レミニアは半泣き状態だ。


 王宮に着くなり、村を出てからずっと着ていた皮の上着と薄いブラウスをはぎ取られた。次に湯殿に連れていかれ、皿のように湯殿番に洗われ、湯船に浸かれといわれた。危なく寝落ちしかけたが、今度は冷水をかけられ、また洗われる。やっと湯殿を出たかと思えば、また湯殿番によって丁寧に水分を拭き取られ、ここに至るというわけだ。


 1度にたくさんの人に裸を見られたどころか、まさぐられてしまった。

 泣きたい気持ちになるのも、無理はない。


「そんな気落ちすることないでしょ。別に人に見られて恥ずかしいプロポーションでもないでしょうに」


「今日で20人近くの人に自分の裸を見られたのよ。うちの村、100人もいないの。わかる? わずかな間に4分の1の人に見られたのよ。はあ……。わたし、お嫁に行けるかしら」


 がっくりと項垂れる。

 大勇者はすでに燃え尽きかけていた。

 すると、給仕の1人がずいっと顔を近づけてきた。


「勇者殿、コルセットを巻きますので。なるべく息を吐いてください」


「はあ……?」


 いつの間にやら、牛皮で出来た腹巻きのようなものを巻かれていた。


「せーのッ!」


 次の瞬間、竜の雄叫びのような絶叫が仕度室から聞こえてきた。



 ◇◇◇◇◇



 ややテンポの悪い歩行音が王宮に響く。

 仕度室から王の間へと続く廊下。

 正装を纏ったハシリーと、見事に化けたレミニア・ミッドレスが並んで歩いている。なまじハシリーが男っぽいので、新郎と新婦のようだ。


 レミニアは文句を口にしたが、すれ違った衛兵が見返すほどの美人に仕上がっていた。やや子供っぽい桃色も、レミニアの美貌の前では華やかに見える。

 丁寧にブラッシングされた赤い髪も、赤宝石のように艶やかだった。


 ヒールには慣れていないらしい。

 折角化粧までしてもらったのに、歩く姿は不細工だ。


「王様に会う前に疲れたわ」


 申告通り、レミニアの顔はげっそりとしていた。

 ハシリーは肩を竦める。


「仕方ないですよ。今から王に会うんですから。身綺麗にしてもらわないと。何かの病の菌でも持ち込んで、王が崩御されたら、村ごと消されますよ」


「王様ってそんなに偉いの!?」


「冗談です。セルゼビア王はそんなことはしませんよ。でも、やろうと思えば出来るでしょうね。国のトップってそんなものです」


 レミニアは急に姿勢を正す。

 が、すぐにバランスも崩しそうになった。


「わたしもあなたのような正装の方が良かったわ」


「これは職場の制服ですからね」


 白と金刺繍が入った上着を引っ張る。


「もしかして、わたし……。このドレス姿で仕事するんじゃないでしょうね」


「それは良い考えですね。職場が華やかになりそうです。毎日、あなたをいじることもできますし」


「わたしが着任したら、まずはあなたの解雇を言い渡さなければならないわね」


「楽しみにしておきますよ。……着きました、王の間です」


 レミニアは身を正す。

 ハシリーもまた背筋を伸ばした。


 一体どれだけの年月をかけて作ったのだろうか。

 王の間へ入る鉄の扉には、2匹の獅子が描かれている。

 しかも鋳造ではなく、明らかに彫りで制作されており、彫刻家の血と汗が流れてきそうなほど迫力があった。


 扉が開いていく。

 同時に、吹奏楽器が鳴らされた。

 ハシリーに手を取ってもらいながら、赤い絨毯を進んでいく。

 同時に、勇ましい太鼓の音まで聞こえてきた。

 ちょっとしたカーニバルだ。


 絨毯の縁に沿って、豪奢な服を身に纏う男たちがずらりと並んでいる。

 レクセニルを支える家臣や貴族だろう。

 1人突出して背の高い男がいた。

 軍人なのか。体格が他とはまるで違う。

 一瞬目が合うと、ふんと鼻で笑われたような気がした。


 ハシリーが止まると同時に、レミニアも、そして楽器の音も止まった。


 静寂が流れる。

 奥から近衛兵らしきものが現れ、やや高い声を発した。


「第25代ムラド・セルゼビア・レクセニル陛下。入玉(レファ・イース)!」


 同時に全員が片膝をつき、頭を垂れた。

 遅れてレミニアも同じ姿勢を取る。

 誰かが奥からやってくるのが、衣擦れの音でわかる。

 玉座が軋むのを聞いた後、穏やかな声が聞こえた。


「楽にせよ」


 声がかかると、一斉に立ち上がった。

 また遅れてレミニアも腰をあげる。


 玉座に人が座っていた。

 いや、人ではない。あれは王なのだ。

 思わず息を飲む。

 【大勇者(レジェンド)】という称号を受け、実質人類最強と認められた娘も、その威厳ある姿に驚かずにはいられなかった。


 なでつけられた白い髪。

 鋭い緑色の眼光。

 白い炎のような迫力ある髭は、胸の方まで広がっていた。

 今年で齢62とレミニアは聞いている。

 気色は良く、村の老人と比べても溌剌としていた。


「そなたがレミニア・ミッドレスか」


「お目にかかれて光栄です、陛下。ニカラス村より来ましたヴォルフの娘レミニアにございます」


「ニカラスのヴォルフか……。すまないが、聞いたことがないな。どうだ、ツェヘス将軍」


「聞いたこともありませんな。ニカラスというのも、どこにあるのか」


 よく通る声で答えたのは、先ほどのがたいのいい男だった。

 やはり軍人らしい。

 肌は浅黒く。レミニアとは違って、荒々しい色の赤髪をしている。

 何かの宗派、それとも民族か。目の回りに隈取りのような化粧をしていた。


「気を悪くしないでほしい、レミニア。そなたを育てた男だ。きっと勇敢な男なのだろう」


「それはもち――」


「王よ。気を病むことはありません。……どうせどこぞの山猿にでも産ませたのでしょう。ガハハハハハハッ」


 レミニアの言葉を遮り、ツェヘスは豪快に笑う。

 釣られて周りも、冷笑を浮かべるものが大半だった。


「世界で2人目の【大勇者(レジェンド)】と聞いて、戦地からわざわざ覗きに来てやったのに。こんなチビの小娘とはな!」


「(なんですって! チビは関係ないでしょう、チビは!!)」


 レミニアは飛びかかりたい気持ちを抑える。

 相手がやたら背が高いので、余計腹が立った。


 勇者の怒りとは裏腹に、ツェヘスの罵倒は止まらない。


「ニカラスのヴォルフというのは、もしかして生粋の詐欺師などではないのか?」


「…………!」


「お言葉ですか、ツェヘス閣下。彼女はギルドに認定された正真正銘の【大勇者(レジェンド)】です。少々言葉が過ぎると思いますが」


 ハシリーが振り返り、戒める。

 だが、ツェヘスは矛を収めようとしない。

 むしろ火に油を注ぐ結果となった。


「黙れ、ハシリー。俺とクラスが一緒だからといっても、調子に乗るなよ」


「ぼくは調子になんて」



 陛下……。



 ヒートアップする王の間に、よく通る声が響き渡る。

 途端、静けさを取り戻したその声は、水に浸した剣のように冷ややかだった。

 皆が注目する視線の先にいたのは、レミニアだった。


「よろしければ、わたしの力をご覧いただく機会を作っていただけないでしょうか。どうやらわたしの技量について疑問をもたれている方がいらっしゃるようなので」


 レミニアは振り返る。

 紫水晶の瞳は妖艶な炎のように燃えさかっていた。

 一瞬、ツェヘスは腰を引きそうになる。


「それを余が受けるとして、どう力を示す」


 王がようやく口を開いた。


「ツェヘス将軍と模擬試合をしたく思います。むろん、将軍が臆病風に吹かれなければですが」


「なんだと! 小娘! いいだろう。そこまでいうなら、その試合! 受けてやるわ!」


 怒鳴り声を聞いたレミニアは口角を上げる。

 ムラド王もまた頷いた。


「良かろう。楽しみにしておるぞ」


 そう言い残し、王は退場する。

 謁見が終わると、集まった家臣たちも三々五々王の間を後にする。

 その波の中には、ツェヘスもいて、腕を振り上げ笑っていた。


 残されたのは、レミニアとハシリーだけだ。

 レミニアはドレスの裾を強く掴む。

 再び紫水晶の瞳を燃え上がらせた。


「パパを詐欺師呼ばわりしたことを後悔させてやるわ」


 にぃ、と歯を見せる。

 魔獣よりも獰猛な顔をしていた。


明日もレミニアのお話になります。

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