第40話 おっさん、騎士団に介入する
出かけるので、いつもより早めの更新です。
「レクセニル騎士団副長のウィラス・ローグ・リファラスだ。よろしく」
逆立った金髪。
痩身でありながら、薄い鋼を思わせるような柔靱な筋肉。
鬱陶しげに細められた青い瞳は、どこか懐かしさを感じさせる。
ハーフエルフを示すやや長い外耳は、甘いマスクに沿うように伸びていた。
おざなりな挨拶。
手を伸ばすことも、頭を下げることもない。
担いだ長槍に凭れるように突っ立った男から感じることは、歓迎されていないということだけだった。
ヴォルフが気になったのは、ウィラスの名前だった。
「リファラスということは、大公閣下の親類の方か?」
「なんだ、親父を知ってるのか? そうだ。出来の悪い次男坊さ」
ウィラスは肩を竦める。
やっぱり、と得心した。
目の色がアンリとそっくりだ。
「失礼した。ヴォルフ・ミッドレスだ。王の勅命により、騎士団の客将となることになった。よろしく頼む」
「やめろ。堅ッ苦しいのは苦手でよ。別に親父の威光も気にする必要もねぇ。特に期待はされてねぇしな」
「そうなのか?」
「兄貴は大公家の家督を。妹はお姫様だ。肩身が狭くて、屋敷を飛び出した身だ。――って、なんで会ったばかりのあんたにこんな話をしなきゃならないんだ」
逆ギレする。
おそらく生来はお喋りな男なのだろう。
不機嫌を装っているが、一応ヴォルフのことが気になるらしい。
こうして話してる間も、きちんと相手の戦力を計っているように見えた。
戦いたくてウズウズしてるのが、手に取るようにわかる。
好戦的で、態度が正直に出るのは、どうやらリファラス家の血のせいらしい。
「んじゃ、今から色々案内するわ。ついてこい」
「よろしく頼む」
「ああ……。あとな。勘違いすんじゃねぇぞ。あんたは決してツェヘス将軍の代わりなんかじゃねぇ。余計なことだけはすんな。初めにいっておく」
遠慮のない殺気を向ける。
ヴォルフは心の中で嘆息を吐いた。
「(やはり俺は歓迎されていないらしい)」
ウィラスにいわれるまま騎士団に案内されることになった。
初めに訪問したのは官舎だ。
これからヴォルフが住まう場所。部屋に案内され、荷物を置くと、次に向かったのは練兵場だった。
兵士たちの気勢が聞こえる。
上半身むき出しになり、兵たちは一心不乱に角棒を握り、振るっていた。
一糸乱れぬ動きで鍛錬し、顔は真剣そのものだ。
びりびりと気迫が伝わってくる。
(これがレクセニル王国の騎士団か……)
ほう、と口を開け、ヴォルフは鍛錬に見入っていた。
「よーし。それまで! 集合しろ、てめぇら」
ウィラスが声をかける。
兵たちはただ集まってきたわけではない。
4×4の綺麗な方陣を作り、ヴォルフを中心として密集した。
ヴォルフはウィラスの手を見る。
指を4本を立てていた。
おそらく集合の合図も訓練の一貫なのだろう。
激しい鍛錬の後、司令官の指示を冷静に認識し、実行できるか試しているに違いない。
だが、いくつかの方陣に乱れがあった。
ウィラスはそれに気づいてはいたが、チッと舌打ちして話を進める。
「今日から騎士団の客将として迎えるヴォルフ・ミッドレスだ。嘘か誠か知らねぇが、あのルーハス・セヴァットを破った傑物らしい。サインが欲しいヤツは、後でこっそりもらえよ」
失笑が漏れる。
ヴォルフに向けられたのは、嘲弄を含んだ卑しい視線だ。
貴族が卑賤な人間を見る時に似ている。
先ほど、必死に鍛錬をしていたとは思えないほど、醜悪な顔を浮かべていた。
どうやら、騎士団の中もまた貴族主義に取り憑かれているらしい。
「よろしく頼む」
ヴォルフは簡単に挨拶する。
反応は薄い。
やはりやせ細った野犬を見るような視線が返ってくるだけだった。
「ところで、補充の新人の姿が見えないが?」
ウィラスがいうと、皆黙ってしまった。
何かを隠すようにただ前だけに視線を向ける。
すべてを察して、ウィラスは逆立った頭を掻きむしった。
「またか……」
「何かあったのか?」
「あんたには関係ない」
ウィラスは背を向け歩き出した。
◇◇◇◇◇
練兵場の裏にある水場の近くで、男の悲鳴が上がる。
いたのは鍛錬用の角材を持った2人の男。
さらには、2人にめった打ちにされているのっぽの男と、それを無表情に見つめる少女がいた。
前者の2人は貴族出身者だろう。
装備や整えられた髪には、金がかかっていた。
対して、他の2人は農奴か鉱夫の生まれだろう。
装備は支給品で、明らかに貴族出身者とは違い、見窄らしい格好をしている。
「おいおい。どうした、エルナンス。そんなんじゃ、そこの女は守れないぞ」
血反吐を吐き、蹲るエルナンスと呼ばれた青年はなんとか立ち上がろうとする。
それを貴族出身者と思われる騎士が阻んだ。
大きな背中に角材を打ち据える。
「そろそろ勘弁してやれよ、マダロー。死んでしまうぞ、この新人」
「ちっ! 仕方ねぇなあ……」
マダローは唾を吹きかける。
ねっとりとした唾液をかけられたエルナンスに、すでに抗する力はなかった。
すると、次にマダローが食指を動かしたのは、側で見ていた少女だった。
彼女もまた新米の騎士らしい。
エルナンスと同じく支給品の鎧を纏っている。
「じゃあ、今度はそっちで遊ぶかな。確かセラネ……とかいったか?」
マダローはセラネの顎を乱暴に掴む。
まるで自分の眼に入れるかのように強く凝視した。
「へー。お前、なかなかの顔をしてるじゃないか。騎士なんかより、俺の女にしてやってもいいぞ」
ぷっくりとした桃色の唇。
肩幅がキュッとしまった細い身体。
肩まで伸びた髪は、乱暴に切りそろえられ、長時間陽にさらされたと思われる焼けた肌は、如何にも農奴らしい。
しかし、田舎娘という風情ではない。
何か強い意志を持ってここにいる――そんな決意を感じさせた。
セラネはキッと睨んだ。
「おいおい。反抗的な目だな。いいのか? 農奴が俺たちに手を挙げて」
「…………!」
「騎士団に入れたからって、貴族と農奴が同等になるなんて思うなよ。……大体、お前たちが入れたのは、今回の緊急の補充のためだ。数あわせなんだよ。いや、セラネ……。お前はむしろ、俺たちの慰みものになるために選ばれたのかもな」
マダローはふんと鼻を利かせながら、セラネに顔を近づけていった。
◇◇◇◇◇
「おい。止めないのか?」
少し離れた場所から貴族と農奴出身者の喧嘩を見ていたウィラスに声がかかる。
振り返ると、ヴォルフが立っていた。
なんで、と尋ねる前に、ヴォルフは進み出る。
それを寸前のところでウィラスは引き留めた。
「やめとけやめとけ。貴族と農奴の諍いなんていくらでもあるんだ。心配するな。無茶なことはやらねぇよ」
「いつもこんなものなのか、騎士団は?」
「こういうことはしょっちゅうなんだ。それに大将がいない間に、こんなことでごたついたら、大将の謹慎が長くなっちまうかもしれないだろ」
ヴォルフは力を緩める。
ウィラスはひとまずホッとしたのも束の間、それは波のようにやってきた。
何か分厚い空気の層に煽られているようだった。
石畳の間から伸びた雑草が揺れ、水場に溜まった水が震えた。
マダローともう1人の貴族出身者は、ピンと背筋を伸ばして振り返る。
セラネも目を剥き、気絶しかかっていたエルナンスも、顔を上げた。
側で見ていたウィラスもまたおののいている。
気付けば、背筋に大量の汗が浮かんでいた。
ヴォルフの闘気だ。
いや――そう単純なものではないだろう。
殺気や怒気を混ぜた【雄叫び】のスキルに近いものを感じる。
何より一瞬感じた圧力は、ある人間を想起させた。
「(大将……)」
グラーフ・ツェヘス……。
ウィラスが王以外の人間で唯一傅き、尊敬し、憧憬を集める者。
それと同等のものを、目の前にいる客将から感じ取った。
一方、ヴォルフは淡々と現場に介入していく。
エルナンスに近づいていくと、レミニアから譲り受けた特製のソーマもどきを飲ませた。
苦ッ、と一瞬嘔吐いたが、高レベルの回復魔法を受けたかのように、エルナンスの傷が回復していく。
その奇跡のような御業に、一同はまた驚いた。
「な、何者だ、お前!!」
マダローは熊に話しかけるように腰を引きながら尋ねた。
「ヴォルフ・ミッドレス。今日から騎士団に入った客将だ」
ウィラスもまた仕方なく現場に入ってくる。
副長の姿を見て、3度驚いた。
「新人いじりなんて、つまらんことはやめろ」
「はっ! 俺たちは新人を教育してやっていただけだ」
マダローは悪びれるどころか、怒声を放つ。
「貴族と農奴の違いを諭すのが教育なのか?」
「おお。そうだとも……。お前も、農奴だろう? 肥溜めの匂いがするぞ。貴族の俺に指図するのか?」
「騎士団に身分の上も下もないだろう。あるのは、強いか弱いかじゃないのか」
「野蛮な考え方だな。教養のかけらもない。やはり、お前は農奴だ」
「貴族の社交界ならそうかもしれないが、ここは騎士団だ。野蛮は上等じゃないのか?」
すると、ヴォルフはウィラスに振り返った。
「ウィラス……。王から聞いていると思うが、客将とはいえ俺には一応の指揮権が与えられているのはわかっているな」
「わ、わかってる。けど、あんた何を――」
「わかった。……じゃあ、俺から騎士団に1つの命令をする」
ヴォルフは指を1本立てると、空に向かってかざした。
「今から騎士団内で競技会を開こう。誰が1番強いかを決めるんだ。その結果によって序列を組む。貴族も農奴も関係ない。騎士団の中の強いヤツと弱いヤツを決めるんだ」
一同は呆気に取られた。
聞くだけで耳に泥が埋まっていくような野蛮な考え方だ。
しかし、ヴォルフのいうとおり、貴族の社交界から眺めてはそう思えるかもしれない。
団結を旨とし、支え合って生きる農奴にも理解出来ないだろう。
だが、純粋に腕っ節だけが必要となる騎士団にとって、これほどシンプルでわかりやすい階級制度もない。
皆が視線を向けたのは提案者ではなく、ウィラスだった。
この馬鹿げた提案を副長は一蹴してくれるだろう。
そう願ったが、返ってきた言葉は予想と違っていた。
「その競技会……。もちろん、あんたも参加するんだろう?」
「むろんだ。俺がウィラスに負けるなら、俺はお前のいうことにすべて従うよ」
ミリミリと音を立てて、ウィラスの口が裂けていく。
瞼を大きく開ける一方、瞳孔が小さくなり、副長は歪んだ笑みを浮かべた。
「おもしれぇ! そういう提案なら大歓迎だ!!」
持っていた長槍をくるりと回し、ヴォルフに向かって差し出すのだった。
あらかじめいっておくと、この『騎士団長はつらいよ篇』は、
今までの章以上に男臭いお話です。
ご了承下さいm(_ _)m








