ハシリー・レポート 第98号
綺麗な情報官のお姉様は出てきません。
筆者 ハシリー・ウォート。
天気 晴れのち夜半より曇り
詳細日時については、機密保持のため割愛する(笑)
いよいよこの私見的報告も98号に到達した。
次々回には100号に到達するのだが、感無量という気分にはない。
レミニア・ミッドレスという稀代の【大勇者】の観測を、自己の防衛のために始めては見たが、彼女からセクハラもパワハラも、モラハラも受ける予感も予兆も存在しない。どうやらただの日記か、愚痴を漏らすだけの報告書になりそうだ。
だが、退屈極まりないかといえば、そうではない。むしろ王立魔導研究院で1人研究していた時よりも、波瀾万丈の生活を送っている。
詳細については、第9号『あの小娘、折角用意した機材を気に入らないだと!!』を参照していただきたい。
さて、本日の報告ではあるが、たまには趣向を変えて今回の革命もしくは内乱について、私見を述懐しておこうと思う。
念のためいっておくが、今日レミニア・ミッドレスについての報告がないわけではない。また父親を見かけて暴走するあられのない【大勇者】について書きたくないわけでもない。
この辺りで、筆者なりに内乱についての記憶をまとめておこうと思ったからだ。
王立法務院にて正式に発表された『レクセニル内乱』は、王国側と冒険者を合わせて死亡者は311名、重軽傷者は2223名にのぼった。
言うまでもなく国家始まっての人災だ。
特に王国側の損失は大きい。
死亡者のうちおよそ7割が王国に組みする人間だった。
そのほとんどが東区で起きた火災に巻き込まれたり、冒険者によって殺害された貴族たちである。
このため王国は多くの上級家臣や爵位を持つ家柄を失った。
人材の国家的な損失は大きく、今も上長がいないという部署がいくつも存在している。
だが、現在王の勅命によりその財産状況などを改めさせているが、亡くなった家臣や貴族のすべてが、汚職貴族と呼ばれるものたちだった。
国庫の横領、不明瞭な領収書、薬、不法な人身売買。
犯罪の坩堝といってもおかしくない闇の箱が今、開けられようとしている。
この詳細については、後の号にて報告する。
もし、【勇者】ルーハスの目的が、こうした汚職貴族といわれるものたちの粛正であるならば、ある意味彼らの革命は成功したといえるだろう。
ここで気になるのは、ルーハス・セヴァットがどうやって汚職貴族を見極めたかということだ。
中には法務院が全く把握できていなかった貴族もいた。
こうした疑問は何も筆者だけではない。
すでに王都中の噂になっており、王立戦略室から場末の居酒屋に至るまで、その考察で持ちきりであることを触れておく。
あくまで噂の範疇に留めるが、いくつか有力なものを上げておこう。
1つは軍の関与だ。
演習を途中で打ち切り、急ぎ戻ってきた王国軍によって革命は鎮圧された。
その手際は見事ではあったが、しかし良すぎたというきらいはある。
革命の日、特別な演習のため王都を離れていたことからも、軍の関与を疑うものは多い。
この噂もあってか、グラーフ・ツェヘスは王に謹慎を申し出ている。
2つ目は汚職貴族と対立する王国側の勢力だ。
王宮には様々な派閥があるが、ムラド王はこうした派閥との融和路線を進めていた。各派閥が主張する政策を次々に採用し、政治の速度を速めてきたのだ。
だが、良心的な家臣が打ち出す良法と、汚職貴族が打ち出す悪法が同時に通ることになり、機能不全を起こし、結果国の停滞を招くこととなった。
こうした現状を打破しようと、良心的な家臣たちが、その実態をルーハスに売ったというのは十分考えられる。
3つ目はムラド王自身である。
これもまた結果的ではあるが、こうした汚職貴族が一掃できたことによって、一番得をした人間は、王だ。
自分が手を下すことなく、王宮にある汚職勢力を潰すことが出来た。
家臣の財産状況の捜査権の拡大、冒険者とその家族に対する補償政策は、実は何度も御前会議の俎上に載りながらも、反対勢力に潰されてきた議事も存在する。
そういう意味でも、革命終結後の勅命は絶好の王の活躍の場だったのだ
だが、この可能性は低い。
ムラド王自身、策略を巡らすような方ではなく、ヴォルフ・ミッドレストと似て、非常に実直なお方だ。
この革命において、多くの臣下を失ったことは、王が1番嘆いておられるだろう。
4つ目は他国もしくは反社会的な組織の暗躍だ。
レクセニル王国の脅威は何も魔獣だけではない。
版図が大きいためレクセニルは7つの国と国境を接している。
その内の6つとは不可侵条約を200年前から結び、魔獣を倒すため強い同盟関係を築いてきた。
内乱を誘発するような内政干渉はありえない。
だが、問題は残った一国だ。
ドラ・アグマ王国。
別名『不死の国』。
多くの亡霊やスケルトンが棲み、その王たる【不死の中の不死】は、依然としてどこの国とも組みせず、度々版図を狙い侵略戦争を仕掛けてきていた。
その内実は謎が多く、不気味な存在だ。
今回のような搦め手を使用するイメージはないが、注意はしなければならない。
他にも厄介な組織が存在する。
ラーナール教団がその最先鋒だ。
終末論をかかげ、魔獣は神の御使いであると人心に説く魔獣信奉者である。
非常に厄介な教えを実践する組織だが、さらに面倒なのは、反社会勢力や密売組織、挙げ句は狂科学者といったものまで存在する。
筆者が気がかりに思うのは、このラーナール教団とレクセニル王国の国教ラムニラ教との親和性が高いということだ。彼らはすでに王宮内に入り、裏で革命を押し進めたという陰謀論は、まことしやかに囁かれている。
また【灰食の熊殺し】も、活動を再開したという未確認情報も存在する。
人身売買や違法魔薬の総元締めである彼らもまた、レクセニル王国にとっては脅威だ。
ヴォルフ殿が壊滅させたのは、末端の部分でしかなく、逆に彼が組織に狙われる可能性が決して低くない。
組織という点で上げるならば、ギルドだろう。
間違いなく世界最大の組織といえる。
今回多くの冒険者が革命に参加し、その責任が問われている最中だ。
だが、国はギルドに対し賠償金を見送る方針だという。
代わりに、冒険者遺族の補償のための合弁の基金を作る予定をしており、ヴォルフ殿が願い出た遺児補償もここから出ることになっている。
実は、これは王国側にもギルドにもかなりメリットがある話だ。
引退した冒険者の半分が、残される家族の不安を口にし、やめている。
しかし、こうした家族への補償の充実は、引退した冒険者が戻ってくるきっかけになるのではないかと考えられていた。
そうなれば、先の魔獣戦線で失った戦力の補充にもつながるのではと、期待されている。
また今回、王の謁見を受けた【剣狼】ヴォルフの名が広まれば、元冒険者の奮起にもつながるかもしれない。
以上が主な噂だが、筆者が気になるのは、やはりルーハス・セヴァットである。
ルネット・リーエルフォンの死をきっかけに、国への復讐心を募らせ、今回の革命に至った。
だが、革命の動機として非常に短絡的すぎるのではないのだろうか。
確かに【勇者】としての重圧、度重なる戦。そこに恋人の死。
過度なストレスが彼の性格を変えてしまったことは否めない。
さらに獣人はストレス耐性が低いことも、付け加えて置こう。
それでも、やはり勇者の豹変ぶりには首をひねるばかりだ。
誰かがそそのかしたという可能性は考えられないだろうか。
その事については、これからも考察する必要があるだろう。
さて、今号の私見的報告書の最後を飾るに相応しい報告と考察をするとしよう。
ヴォルフ・ミッドレスである。
改めて彼の経歴を紐解くと、12歳で王都西区ギルドにて冒険者登録を行い、以来15年間冒険者業に従事。後に【大勇者】となるレミニアを育て、15年もの間ニカラス村で過ごしてきた元冒険者。
それが娘の魔法により強化され、ついには【勇者】すらうち破るに至った。
ちなみに【勇者】を下した際のヴォルフ殿は無強化だった。
いくら【大勇者】の成長強化を受けていたとしても、引退したDクラス冒険者が、Sクラスの【勇者】を倒すことは難しい。
筆者の見立てによれば、彼の身体的能力は成長したといっても、Aクラス相当が妥当と思われる。
もし、ルーハスが焦ることなく、冷静に立ち合っていれば、勇者の勝ちはやはり揺るがなかっただろう。
しかし、1つだけイレギュラーがある。
ルーハスを敗った最後の動き。
ヴォルフ殿曰く、相手の刹那の動きからすべての行動を予見し、勝利の公式を反射的に弾くものらしいが、そんなスキル見たことも聞いたこともない。
彼のオリジナルなのは間違いないが、かすかな動作で相手の攻撃を読み、必勝を許すスキルなど、もはや神の領域に近い。
Aクラスの身体を持ちながら、レベル10相当のスキルを持つ冒険者。
【大勇者】はさらなる強化をヴォルフに施した。
それがどんなものであるかは予想も出来ないが、今後注視するに値するだろう。
これにて第98号私見的報告書は終了する。
明日は通常通り、【大勇者】に関する報告書になるだろう。
この世でもっとも生意気で、どうしようもなくファザコンな15歳。
そして最強にして最恐の存在について、報告するとしよう。
元ネタとおなじく総集編のつもりで書きましたが、
いかがだったでしょうか?
活動報告でも書きましたが、次回の更新については追ってお知らせいたします。
再開の際に、もう1度この話を読んで、ストーリーの流れを思い出していただければ幸いです。








