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第33話 【勇者】VS【おっさん】

とうとうこの時がやってきた……。

 ルーハスは視線を落とした。

 ヴォルフの腰に収まった刀を見つめる。

 柄の拵えは違うが、漂ってくる妖気でわかった。

 ルーハスの腰に刺さった【シン・カムイ】も反応している。


 間違いない。

 おそらくヴォルフが持っているのは、【シン・カムイ】の影打ちだ。


「(となると……。この男、もしや――)」


 再び目線を上げる。

 一見、冴えない年老いた冒険者。

 しかし、漂ってくる雰囲気は、まるで異質だ。

 ヴォルフを支える強さ。

 そして本人自体の強さ。

 それが交わろうとしている。


 おそらく今叩かなければ、将来大きな障害になるかもしれない。


 そんな予感がした。


「アダマンロールを斬ったのはお前だな」


 ルーハスは唐突に言葉をかけた。

 横で2人の掛け合いを見ていたイーニャが目を剥く。

 果たしてヴォルフの答えは、イエスだった。


 隠しても無駄だと思った。

 ヴォルフもまたルーハスの腰に下げた刀に気づいていたのだ。

 あれは【カムイ】と同等であることを。


「レミニア・ミッドレスは、お前の娘か」


「レミニアを知っているのか?」


 顎をぐっと締め、【勇者】を睨み付けていたヴォルフの表情に、初めて動揺が浮かぶ。


 その反応だけで戦う理由は十二分にある。

 目の前にいるのは、あの女(レミニア)が認めた男。

 いかほどの手練れか、試したくなった。


「知っている。先日、お前が斬ったアダマンロールの洞窟であった」


「レミニアがあの場所に――。お前、娘と何をしていた!」


「さあな……。それ以上はいえん。男と女だ。それ相応のことがあるだろう」


 ルーハスは笑みを浮かべる。

 イーニャは身震いした。

 【勇者】の微笑は、これまで見たことのないほど醜悪だった。


 安い挑発であることは明白だ。

 だが、ヴォルフはすっかり頭に血をのぼらせていた。


 他ならともかく、娘のことである。

 レミニアが父のことを大好きであるように、ヴォルフもまた娘を溺愛していた。


 そもそも王都に来たのも、レミニアの安否を心配したからだ。


「やめな、ルーハス。師匠も一旦落ち着いて!」


「しゃしゃり出てくるな、イーニャ。如何にお前といえども、殺すぞ(ヽヽヽ)……」


 【勇者】の冷たい視線は、庭で遊ぶ子供たちに向けられる。

 柄に手がかかっているのを見て、イーニャの背筋に怖気が走った。


「やめろ!」


 状況を察したのだろう。

 ヴォルフもまた柄に手をかける。

 スタンスを広く、沈み込むような構えを取った。


 【居合い】のスキルだ。


「イーニャ、賭をしよう。もし、俺がこいつに勝ったら協力しろ。もし俺がこいつに負けたら、諦めてもいい」


「そんな――」


「本当だな」


 代わりに応じたのは、ヴォルフだった。


「俺は構わない」


「師匠!!」


「交渉成立だな」


 話はあっという間にまとまる。


 ルーハスはすらりと刀を抜いた。

 2人の男の間に入ったイーニャはただおろおろするしかない。

 如何な【破壊王】とて、すでに出来上がった戦いの機運を粉砕することは出来なかった。


「初撃はくれてやる。来い――」


 ルーハスは刀を正中に構えた。

 対してヴォルフはさらにスタンスを広げ、沈み込む。


 【勇者】の余裕。

 だが、ヴォルフは気にならなかった。

 ただ斬ることだけに集中する。

 イーニャを、そして娘を守るために。


 そのイーニャの手はかすかに震えていた。

 勇者VS引退した冒険者。

 どう考えてもルーハスに分がある。


 だが、ヴォルフの雰囲気も、漂ってくる圧力も15年前とは比べものにならないほど研ぎ澄まされていた。何が起こったのか、ゆっくり聞かせてほしかったが、今は口を開くことすら難しい。

 今すぐにでも飛び出しかねないほど、師は闘気を漲らせていた。


 一陣の風が吹く。

 冬の間に積もった木葉が、ゆっくりと舞い上がった。


 1枚の木葉が、一瞬ルーハスの視界からヴォルフを消す。



 ギィィイイイイィィィィイィイ!!



 甲高い悲鳴のような金属音が響き渡る。

 気がつけば、2人は接近し、鍔迫り合いを演じていた。

 2つに割れた木葉が、はらりとお互いの足下に落ちる。


 ヴォルフは歯を食いしばり、押し込む。

 対してルーハスは笑みこそ消えたものの、スキル【居合い】によって速度・重さともに倍加された斬撃を受け止めていた。


 両者1歩も動かず、せめぎ合う。

 先に息を切らしたのはヴォルフだった。

 自分の焦りを誤魔化すようにルーハスの刀を鍔でかち上げる。

 間髪入れずに、袈裟に振り下ろすも、受け止められた。


 だが、ヴォルフは止まらない。


 側面に回ると、横に薙ぐ。

 これもルーハスは華麗に捌く。

 刀を弾かれるや否や、ヴォルフは距離を取った。

 沈み込むと突きを放つ。

 最短の胸へと伸びていった。

 ルーハスは腰を切り、かわす。

 飛び込んできたヴォルフの顔面を殴った。


 岩石でもぶつけられたかのような拳打だ。


 ヴォルフはよろめく。

 しかし、すぐに態勢を整えると、フェイントを入れて、連撃につなげた。

 それでもルーハスは捌く。


 思い出すのはリーマットと戦った時だ。

 だが、彼よりも【勇者】の【パリィ】は、次元が違う。

 巨大なヴォルフの膂力と刀を、花でも払うかのように力を逃がしていく。


 技術力が違う。

 わかっていたことだ。

 しかし、戦えばなんとかなると思っていた。


 甘かった。


 明らかに奢っていた。

 今の自分ならなんとかなる。

 あまりに自分の力を過信していた。

 この力は、自分のものではないと散々わかっている癖に。


 それでも――。


 ヴォルフは剣を振るう。

 絶対退けない理由があるからだ。


「そろそろこちらから行くぞ……」


 ルーハスは攻勢に出る。


 ギュィン――。

 明らかに剣の質が変わったのをヴォルフは感じた。

 先ほどまでと音が違う。


 何より重い!


 【大勇者(レジェンド)】の強化が施されているヴォルフをもってしても、1発1発を受けるのがやっとだった。


「師匠……」


 イーニャは呟く。

 ヴォルフの斬撃を見て、もしやと思ったが、やはり【勇者】の壁は厚い。

 何より、ルーハスはただの人間ではない。

 白狼族と人間のハーフ。

 獣人のしなやかな筋肉と、人間の知性を合わせ持つ存在なのだ。


 端から持ってる潜在能力が違う。


 ヴォルフは吹っ飛ばされる。

 そのまま体勢を崩し、宙を舞うと、地面に叩きつけられた。

 勢いのあまり、ゴロゴロと転がって近くの墓石に激突する。


 目の前がクラクラする。

 何本か骨は折れたが、レミニアが施した【時限回復(リルミット・ヒール)】の効果で、たちまち回復していく。

 おかげで負けはないかもしれないが、勝ちはもっと遠く感じる。


「やるしかない……」


 血反吐をプッと吐き出し、ヴォルフは納刀した。

 目を瞑り、集中する。


 敵を前にしての瞑想……。


 しかし、ルーハスは飛び込まない。

 表情を一層引き締めた。

 いくつかの打ち合いで、目の前にいる冒険者が愚か者でも、無謀な冒険者でもないことに気づいていた。


 認めたくないが、今後好敵手になる存在だった。


 そのことをルーハスは口が裂けてもいわないだろう。

 何故なら、ここで目の前の男は叩きつぶされる。

 何より【勇者】の矜恃が許さなかった。


 再び正中に構える。

 握った手に汗が浮かんでいた。

 とうに背中はぐっしょりだ。


 一方、ヴォルフはひたすら集中していた。

 アダマンロールを斬った時の感覚を思い出す。

 耳を研ぎ澄ませ、相手から聞こえる音を拾う。

 心音、骨、筋肉、神経の微細な発火音まで、明晰に捉えた。


 そしてひたすら待つ。

 大津波のように迫り、嵐のように暴虐な【勇者】の攻撃を。

 瞼の裏で、黄金の道が浮かぶのを待ち続けた。


 相手がカウンターを狙っていることを、ルーハスは気づいていた。

 そこに踏み込むことは、火――いや、マグマの上を渡ることよりも、遙かに危険だろう。


 でも、踏み込む――。


 それもまた【勇者】としての誇りだった。


 ルーハスはついに動く。


 その瞬間、ヴォルフは理解する。

 敵の拍動、視神経の動き、筋肉、骨格――。

 見なくとも、彼がどこに踏み込み、己のどこを狙っているのか、まざまざとスキルは示してくれた。


 やがて広がっていく。


 勝利へと続く伝説(おうごん)の道が――――。


 ただ……その道をなぞるだけだった。


 ヴォルフもまた1歩踏み出す。

 【勇者】が動くであろう進路を阻み、さらに先を読んで回り込んだ。

 刀の柄に置いた手に力を入れる。

 腰を切り、瞼の裏のルーハスに【居合い】を放った。





 次の瞬間、それは前触れ(ヽヽヽヽヽヽ)もなく襲って(ヽヽヽヽヽヽ)きた(ヽヽ)……。





「な――」


 身体がまるで鉛を背負ったかのように重くなる。

 刀を握った手から力が抜けていく。

 先ほどまで超精密な自動人形のように動いていたのに、今は自分の身体ではないかのように動かなくなる。


 ヴォルフは刹那の間、原因を探った。

 さして時間はかからない。

 何故なら、それは当然いつかやってくるものだからだ。



 切れたのだ。レミニアの魔法の効果が……。



 もはやヴォルフは壊れた自動人形だった。

 パタリと動かなくなる。

 その瞬間を見ていたミケは叫んだ。


「ご主人様ぁぁぁああああ!!」


 無情にもルーハスの刀は振り下ろされた。

 右袈裟に斬られる。

 瞬間、ヴォルフの身体から赤花のように鮮血が散った。


 ヴォルフの視界にゆっくりと血が噴き出す光景が映し出される。


 その向こうに粉雪を被ったかのような白い髪と肌をした男がいた。


「く……。そ…………」


 とうとう崩れ落ちた。

 赤い血がこぼれたワインのように広がっていく。


 ルーハスはただ息を切らしたまま動かなかった。

 師が斬られ、真っ先に動くはずのイーニャすら、留まったままだ。

 2人の脳裏は、この時奇妙なシンクロを果たしていた。



 なんだ? 今の動きは――――。



 ヴォルフが動いた瞬間、全身が総毛立った。

 おそらく何かスキルを使ったのだろう。

 それほど奇妙な動きだった。


 勝利という結(ヽヽヽヽヽヽ)果がすでにあ(ヽヽヽヽヽヽ)って(ヽヽ)ただそれだけ(ヽヽヽヽヽヽ)をなぞってい(ヽヽヽヽヽヽ)るような(ヽヽヽヽ)……。


 もし、今のが決まっていれば、地面に倒れていたのは五英傑の1人にして、世界最高峰の戦力たる【勇者】だったかもしれない。


 ルーハスは納刀する。

 イーニャに振り返った。


「賭けは俺の勝ちだ。イーニャ、王宮城門で待っているぞ」


 言葉を残し、その場を立ち去ろうとする。

 その前に立ちはだかったのは、九尾を振るう大きな幻獣だった。

 針金のように白毛を逆立て、牙を剥きだしている。


「お前のやるべきことは、主の仇をとることではないだろう。放っておけば、そこの男は死ぬぞ」


 忠告すると、幻獣の脇を抜け、ルーハスはその場を後にした。


読者の悲鳴が聞こえてきそうな引き……。

すまない。ホントすまない。でも、リベンジはあるので、もう少し読んでいってくださいm(_ _)m

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