第349話 戻ってこい、俺たちの娘
☆★☆★ 本日発売 ☆★☆★
「アラフォー冒険者、伝説となる」単行本10巻が発売されました。
帯びにもありますが、90万部を突破しました。
おかげさまで、編集部からもまだまだ続けたいとお声をいただいていて、
100万部も手に届くところまできました。
これも読者の皆様のおかげです。
もっともっと「アラフォー冒険者、伝説となる」を盛り上げて、
さらなるメディアミックス化したいと思っておりますので、
引き続き読者の皆様のお力添えをいただければ幸いです。
これからも「アラフォー冒険者、伝説となる」をよろしくお願いします。
糸のように真っ直ぐ伸びた赤黒い髪。
肩からすっぽりと収まった黒いローブを着ていてもわかるほど、身体の線は細く、袖から出た手は雪のように真っ白だった。
そんな身体を少し引きずるように、ゆっくりとヴォルフのいる根本までやってくる。途中、転びそうになったのを、ヴォルフは慌てて手を添え、支えた。
しかし、娘のレミニアとそっくりな紫の瞳は、身体を支えてくれたヴォルフにない。視線の先にあるのは、鉱石の中にいる大きくなった我が子だった。
「あの方がレミニア殿の母上殿か……」
エミリが吐息を漏らす。
同性から見ても母レミニアは美しい。
何か神がかり的な魅力を感じる。
どちからといえば、カラミティに近いが、その性質は真逆だった。
母レミニアはそっと緑の鉱石へと手を伸ばす。
しばらく娘の心音でも聞くかのように耳を石に預け、瞼を閉じた。
「本当に良い子に育ちましたね……」
「あなたの子ですから」
そう言うと、母レミニアは首を振った。
「違います。きっとあなたの育て方が良かったのでしょう、ヴォルフさん」
微笑む母レミニアの表情を見て、ヴォルフはピクリと肩を振るわせる。
次第に頬が紅潮していくのを、脇で見ていた相棒と女性陣が見ていた。
強い視線をはっきりと感じて、ヴォルフは慌てて咳払いする。
「すまん、レミニアさん。……俺がしっかりしてないばっかりに、レミニア。あ……。なんかおかしい感じだな」
「エルミアとお呼びください。かつてそう呼ばれていたことがあるので」
「エルミア……。それって確かエミルリアの最初の――――」
「はい。今はそれよりも……」
「そうだな。単刀直入に訊く。あなたならレミニアを救うことができますか?」
横で話を聞いていたミケが思わず『にゃっ!』と鳴いた。
「そうか。エルミア殿はレミニア殿の母親……」
「この世界が終わることを予言された方なんやね」
「ならば知能という点においても互角ということじゃな」
「これは期待が持てるのでは?」
エミリーたちもヴォルフの質問に色めき立つ。
レミニアを救出する1つの光明が提示される。
しかし、当のエルミアの表情は冴えなかった。
みんなの期待に対して、軽く首を振る。
「残念ながら、そう簡単なものではありません」
ヴォルフはふと視線を下ろす。
エルミアの膝がわなわなと震えていた。
恐怖――というわけではないだろう。
つまり、立ってるのもやっとなのだ。
すると、ついにエルミアは倒れてしまった。
「エルミアさん!」
根の上に倒れる前に、ヴォルフが受け止める。
先ほど補助した時にも思ったが、羽のように軽かった。
「やはりまだ体調が……」
「はい。その通りです。……この子の力によってガダルフとの戦いで受けた傷は治ったのですが、万全とまでいかなかったようです」
よく見ると、顔色が悪い。
本来なら病室で寝ていなければならないような重傷人なのだ。
「あまり無理をしない方が……」
「無理をしますよ」
するとエルミアは再び娘が眠る鉱石へと手を伸ばす。
「そこに娘がいるんです。15年放置してしまった至らない母親ですが、それでも――――私は娘に会いたい。声が聞きたい、と思うのです」
「エルミアさん……」
「大丈夫。死ぬつもりはありません。先ほども言いました。娘に会うまで、私は絶対死ぬつもりはありません」
エルミアの意志は固い。
どんな方法かはわからないが、命を賭して救う気だろう。
ヴォルフには痛いほど気持ちがわかる。
立場が違えば、間違いなくヴォルフも同じ行動を取ったはずである。
ヴォルフはレミニアの勇者なら、エルミアはレミニアの母なのだ。
「わかった。俺にできることがあれば言ってくれ」
「ありがとうございます。……では、お言葉に甘えて」
エルミアは自らの足で立つ。そしてヴォルフの手を取った。
ヴォルフの肉体に流れる膨大な魔力が、ゆっくりとエルミアのほうへと流れていくのを感じた。
「今の私の魔力では、この緑の鉱石に干渉することすら難しい。しかし、ヴォルフさん。あなたの力ならば」
「ああ。ドンドン使ってくれ」
「はい。私とあなたで……」
「レミニアを助けましょう!」
小さな光は次第に膨らんでいく。
最初はリヴァラス周辺の聖域を照らし、さらに森の闇を払う。
しかし、それでも光は留まることを知らない。
山野を越え、海を越え、そして夜の帳さえ塗り替えていく。
レミニアによって1つになった世界が、母であるエルミアによって再構築されようとしていた。
エルミアは鉱石に手を突く。
光が鉱石の中に浸透していった。
「レミニア!」
「レミニア、戻ってこい! パパと、お前のママが……」
待ってるんだぞ!!
ヴォルフの声が白銀の世界に響いた。
◆◇◆◇◆
「え?」
一瞬……。
ほんの一瞬であったが、父親の声が聞こえたような気がした。
それに混じって、何か温かい女性の声が聞こえる。
誰だろう。
エミリ、それともクロエ、アンリだろうか。
声に確証を持てず、レミニアは再び心を閉ざした。
「私は失敗した……」
最後の最後で妥協してしまった。
しかし、それでいいのだ。
大好きなパパを救うことができた。
パパは自分が作った世界で生き続けることができるのだ。
エミリーと夫婦になるのもいいだろう。
クロエとお酒を飲むのもいいだろう。
アンリやヒナミと剣の稽古をするのもいい。
そこにレミニアはいない。
それでも満足だった。
「――――なわけない!!」
何度、自分を言い聞かしている。
それでも納得する気配すらない。
パパと一緒にいたい。
パパに会いたい。
「こんなにわたしはパパのことを考えている。まるで呪いね。どんなふざけた神がわたしにかけたのかしら」
顔を伏せながら、レミニアは自嘲気味に笑う。
その頬に涙の筋が浮かんでいた。
「レミニア!」
レミニアは顔を上げた。
誰かなんてすぐにわかる。
立ち上がり、手を伸ばしていた。
「パパなの?」
「レミニア!」
「パパ!」
わたしはここよ!
レミニアは精一杯叫ぶ。
泣きじゃくりながら……。
まるで生まれたばかりの赤ん坊のように……。
伸ばした手に人の手のぬくもりが感じる。
雄大とも言える、広い手の平の感触がする。
その人生がわかる硬さがある。
そこにもう1つ手が加わった。
温かく、やわらかく、そして懐かしい手……。
2人の手によって、レミニアは引き上げられていく。
一生いるつもりでいた暗く狭い部屋から、レミニアはついに外へと出るのだった。








