第348話 天才の母
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BookLiveにて「アラフォー冒険者、伝説となる」57話が更新されました。
クロエの正体が明らかに! 死闘を演じる中、ヴォルフがとった行動とは……。
激アツなので、ぜひ読んでください。
ヴォルフは緑の鉱石に近づく。
叩いてみたが、レミニアから返事はない。
名前を呼んでも、その瞳は固く閉ざされたままだった。
叩いてみた感触からして、鉱石の硬度は相当なものだと推察できる。
ヴォルフと【カグヅチ】をもってしても難しいだろう。
そもそも愛刀は激戦によって折れ、ヴォルフの腰はすっかり寂しくなっていた。
「やはり無理だったんですね」
それまで聖樹リヴァラスの声が響いていた聖域で、別の声が聞こえた。
振り返ると、ハシリーが立っていた。
ヴォルフやミケと同じく、怪我もなければ、疲れている様子もない。
そのハシリーもまた近づき、レミニアが眠る鉱石を見上げた。
「ハシリー、無事だったんだな」
「はい。ヴォルフさんもよくぞ無事で」
「それでレミニアは……」
「おそらく第2のリヴァラスになったのかと」
「第2のリヴァラス?」
ヴォルフは隣に立つミケと顔を合わせる。
ハシリーは説明した。
「知っていると思いますが、聖樹リヴァラスは大きな賢者の石です。そしておそらくエミルリアにも、聖樹リヴァラスと同じように大きな愚者の石があるのだと、ぼくとレミニアは推測していました」
賢者の石と愚者の石――2つの膨大な力によって、ストラバールとエミルリアの距離は保たれ、その距離感こそが生命という奇蹟を生み出したのだと、レミニアとハシリーは推測していた。
「逆に言えば、2つの力のどちらかが消滅すれば、均衡が崩れ、2つの世界は接近あるいは遠く離れていくことになる。そうすれば世界のバランスは崩れ、生命は死滅すると、ぼくたちは考えていた」
「ハシリー、すまないが難しい話はあとにしてくれないか。娘は助かるのか? 助からないのか?」
ヴォルフは今にも泣き出しそうな顔でハシリーに迫った。
そこに巨悪から世界を救った英雄の面影はない。
ただ娘を心配する父親の表情があるだけだった。
ハシリーはヴォルフから目を背ける。
ヴォルフの情けない表情を見たくなかったわけではない。
単に辛い言葉を言わなければならない自分の顔を、懇願する人の目で見ないでほしかったからだ。
「正直に申し上げて、難しいかと……」
「そんな……」
ヴォルフは鉱石を反射的に叩いていた。
しかし、レミニアが目を覚ますことはない。
また鉱石が砕け散るような奇蹟も起こらなかった。
「ぼくから言えることは1つだけ……。レミニアは望んで、こうなったわけではないと思います」
『どういうことにゃ?』
ショックを受けるヴォルフに代わり、ミケが尋ねた。
「レミニアは母親が残した二重世界理論を読み、早くからストラバールの芯が、聖樹リヴァラスであることに気づいていました。そして、その聖樹リヴァラスの力が尽きようとしていたことも」
『だから嬢ちゃんは賢者の石を研究していた。聖樹リヴァラスの代替品を……』
「そう。さらに皮肉にもガダルフという巨悪の存在に気づいた時、いち早くその目的に気づけた」
レミニアは疑似賢者の石を設計したが、その完成を待たずしてガダルフはリヴァラスを破壊してしまった。
「そうなると、レミニアの選択は2つに1つ。頑丈な身体と膨大な魔力、そして長い寿命を持つ、天上族の血を引く自身か、ぼくを第2のリヴァラスにすることだった」
本来、2つの世界の均衡を保つためだったが、レミニアはその力を掛け合わせることによって、2つの世界を1つにした――というわけだ。
しんと場が静まり返る。
「世界を守る」という大義名分のもと、レミニアはその虜となった。
「まさに世界を守る【大勇者】らしい務めですね。……でも、レミニア。言ったでしょ。それはぼくの役目だと。似合いませんよ。あなたが世界を救うなんて」
「ああ。その通りだ、ハシリー」
ヴォルフは目元を拭う。
すでに泣いていたのだ。
娘の献身……。親としては誇らしい。
でも、ヴォルフにとって話が違う。
「俺はレミニアの勇者だ」
ヴォルフは拳を握る。
そこにすべての力をぶつける。
刀はなくとも、ヴォルフには難敵を退けてきた経験がある。
あの娘に強化され、鍛え上げられた身体がある。
『落ち着きなさい、ヴォルフ・ミッドレス』
「リヴァラス……。止めないでくれ」
『いいえ。止めます。この世界を見守ってきた者として。私はあなたを止めなければならない』
「それなら、俺は世界の敵になっても……」
『仮にこの鉱石を破ったとして、誰が彼女の務めを果たすのです』
ヴォルフの眉がぴくりと動く。
リヴァラスの意見に、ハシリーも同調した。
「リヴァラスの言う通りです、ヴォルフさん。仮にレミニアを救えたとしても、1つとなった世界を支える力が必要です」
『リヴァラスではダメなのかにゃ?』
『残念ですが、私はその軛から外れてしまった。今は、レミニアによって生かされているだけの巨木でしかありません』
レミニアを助けたとしても、1つとなった世界は2つに割れる。
それはレミニアも望んでいないことはわかる。
それでも、ヴォルフは娘を助けたかった。
何よりも、娘の勇者でありたかった。
「ヴォルフさん、ぼくを使ってください」
「ダメだ!」
ヴォルフは首を振った。
「レミニアは君を生かした。あの子は大切に思っている」
『ハシリーが人柱になったと知れば、嬢ちゃんはまた自分の身体を差し出すかもしれないにゃ』
「しかし――――」
反論するハシリーを諭したのは、意外にも聖樹リヴァラスだった。
『残念ですが、レミニアの代わりになれる存在はいないでしょう。ハシリー、あなたの力を以てしても……。』
「どういうことですか、聖樹リヴァラス。ぼくには天上族の血が流れている。資格はあると思いますが……」
『これはあくまで私の推測ですが……。レミニアは最後の最後まで自分が人柱になることを回避しようとしていたと思われます。しかし、2つの世界を1つにし、再構築する作業はあまりに膨大でした。肉体、魂、精神……人だけではなく、生きとし生けるものたちの生命を操る作業は、神を以てしても難しい。あなたにそこまでの作業ができますか?』
「それは……」
ハシリーの顔が下を向く。
レミニアとハシリーの生い立ちは似ている。
しかし、2人に決定的な差があったとすれば、レミニアが天才であったことだろう。
その頭脳は早くから3賢者たちに認められ、注目されてきた。
それはハシリーも認めるところだ。
『レミニアは最後の最後まで、その作業をこなしていました。しかし、彼女を以てしても、その身を差し出さなければ世界は1つにできなかった』
『嬢ちゃんの代わりは、嬢ちゃんしかいないってことか』
ミケは悔しそうに木の幹で爪を研ぐ。
状況は絶望的……。
それでもヴォルフは思考を止めない。
だが、考えれば考えるほど、頭の中は絶望で真っ暗に染まっていく。
「くそ……。ここまで来て」
「ちょっと。ヴォルフはん、諦めるの早いんとちゃうか?」
「そうでござる。拙者が知るヴォルフ殿なら、この逆境をはね除けることができるでござるよ」
振り返ると、クロエとエミリーが立っていた。
2人だけではない。その後ろにはアンリやヒナミたち――ヴォルフとともに戦った仲間たちが立っていた。
「まだ何かあるはずです、ヴォルフさん」
「アンリ嬢の言う通りよ」
「みんな、生きてたんだな」
ヴォルフの表情が一瞬輝く。
だが、肩を落とした【剣狼】を蘇らせるに至らない。
その時だった。
「顔を上げてください、ヴォルフさん」
顎を殴られたかのようにヴォルフは顔を上げた。
4人の乙女たちに、もう1人女性の影が加わる。
その姿を見て、ヴォルフは息を飲んだ。
「レミニア…………さん」
レミニアの母――レミニアであった。








