第343話 すべての力を……。
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「アラフォー冒険者、伝説となる ~SSランクの娘に強化されたらSSSランクになりました~」10巻
ヴォルフが才能に苛まれた人生であるなら、ガーファリアの人生とは常に人を後ろに従えた華々しい人生であったと言える。生まれた頃から皇帝の息子といわれ、君主になることを運命づけられた。幸い、与えられた課題は何でもこなす才覚があった。さらに努力を怠らず、決して慢心せず、他人にすらそれを求めた。
中には脱落する者もいたが、それでも多くの優秀な者たちがガーファリアの元に集った。
ヴォルフからすれば、羨ましい人生であったろう。
でも決して順風満帆であったわけではない。
ガーファリアにも君主として、あるいは天才としての苦悩があった。
脇目も振り返ることなく走り続けたかの皇帝は、後ろを見た時、誰もついてきていないことに気づいたのだ。
その孤独が一時怖かったことは事実だ。
しかし、ガーファリアは獅子の如きたくましさで、前に進み続けた。
そして気が付けば、振り返ることをやめていた。
もはや振り返ることが無駄に思えた時、ふと自分が恐れていることに気づく。
遮二無二走り、人を寄せ付けない知性と体力をつけても、振り返った時に誰かがいれば……。いや、聞こえるのだ。ヒタヒタと自分を追いかける者が……。
自分の才覚と努力を打ち砕く者が現れることに、ガーファリアは恐怖した。
そうして現れた。
自分のすべて潰さんと追いかける者が……。
それがヴォルフだったのだ。
表面上ではガーファリアは歓迎した。
それでも心の中で震えていた。
この人間が自分のすべてを崩すのではないかと……。
涼しげな顔をしながら、ガーファリアも人間として純粋な気持ちに取り憑かれた1人だった。
即ち────勝ちたい、と……。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
ガーファリアは叫ぶ。
神降ろしによって、その力は何倍にもなった。
さらにガーファリアは落ちていた曲剣を取る。
「最後だ、ヴォルフ・ミッドレス」
それはまるでガーファリアからヴォルフに向けた別れの言葉のように響く。
ヴォルフは息を呑む。
「ええ……。決着です、陛下」
地を蹴ったのは、ガーファリアだ。
獣のように神の座を横切ると、真っ直ぐヴォルフの元へと走る。
戦術も、戦略もない。
今、この手に握られた曲刀を相手の脳天に落とすのみ。
もうそれしか考えていなかった。
いや、ガーファリアもまた道を歩いていた。
黄金に光る道。己の勝利に近づく道を……。
「お前には見えまい。この黄金色に光る道を……。ヴォルフよ!!」
敗れたり!!
裂帛の気合いとともに、ガーファリアは曲剣をヴォルフの脳天に落とす。
その速度はまさしく神を冠する言葉にふさわしく、かつ力に溢れていた。
ヴォルフはじっと黙ってみていたわけではない。
その剣筋に合わすように片方の聖剣を振るった。
ギィン!!
雷鳴に似た音が響く。
両者の力は互角。いや、わずかにガーファリアが押し込む。
「うごごごごおおおおおおおお!!」
ガーファリアはすべてをかけて、力を込める。
力だけではない。己の人生、そのすべてをかけて、ヴォルフを圧倒しようとしていた。
そして、その決着は意外に早く決まる。
ピキッ!!
亀裂が入ったのは、ヴォルフが構えた聖剣の方だった。
すると、その瞬間、七色に光る聖剣は砕け散る。
「取ったぞ!! 伝説!!」
ガーファリアは大口を開けて、勝利を宣言する。
だが、ヴォルフはもう1つの牙があった。
「そのなまくらも食らってくれるわぁぁぁあああああ!!」
獅子のような咆哮が響き渡る。
再びガーファリアの曲刀が、ヴォルフを捉えようとした時、それは起きた。
【パリィ】
瞬間、ガーファリアの曲刀の先があらぬ方向へと向かう。
「はっ?」
ガーファリアは呆然とする。
【パリィ】という技術はわかる。
攻撃を受けるのではなく、いなす技術だ。
問題はそれが、ヴォルフが初めてガーファリアの前で見せたことだった。
付け焼き刃などではない。まして土壇場でたまたまうまくいったというわけではなかった。明らかにそれが、その使い手から盗み、自分の中で消化した技術だった。
(リーマットさん、使わせてもらいましたよ)
ガーファリアの体勢が崩れる。
ヴォルフがその好機を逃すはずもない。
1度刀を鞘に納めると、ぐっと腰を落とした。
【居合い】
衝撃と斬撃を伴った最速抜刀術が解き放たれる。
ガーファリアはまともに受けると、その先の下に大きな斬傷が生まれた。
さらにヴォルフは踏み込む。
(ツェヘス将軍、俺に力を貸してください)
【絶対死連無槍】
ツェヘスのスキルの1つ。
まず高速の3連撃で退路を断ち、その残像が消える前に、最短最速で相手の急所を突く致命の大技。
ヴォルフはそれを刀でやってみせる。
4方向からの同時攻撃に、ガーファリアは戸惑う。
致命傷だけは避ける。そこにヴォルフが追撃の一撃を食わせた。
【旋岩突破】
闘気を纏いながら、身体を高速回転させて突撃する大技だ。
レベル6に相当するスキルで、硬い甲羅や身体をもつ魔獣を突き破ることに適している。しかし、今回ヴォルフが狙ったのは、ガーファリアの肉体ではない。
その曲刀だ。
ヴォルフは自らの肉体の重みを加え、リーチ差の大きい曲刀を破壊しにかかる。
見事狙い通り着弾すると、曲刀は砕け散った。
「まだだ! どうした、伝説!!」
それでもガーファリアの気は衰えない。
残った鞘を捨てて、ヴォルフに襲いかかる。
その手に宿ったのは、真っ黒な炎だった。
【炎、そして汝は破壊の使徒なり】
そう。ガーファリアの長所は決して剣術だけではない。
魔法の才もまたレミニアに匹敵するものだった。
巨大な炎柱が立ち上る。
ヴォルフを巻き込むと、周囲は紅蓮に染まった。
しかし、ガーファリアの攻撃はそれだけに収まらない。
自ら炎の渦に飛び込むと、ヴォルフの喉笛を食いちぎらんという勢いで突進していく。
しかし、間合いを詰めたのは、明らかに悪手だった。
次の瞬間、ヴォルフの必殺の技が繰り出される。
【無業】!!
またしても最短にして、最速の抜刀術が繰り出される。
その斬撃はついにガーファリアの身体に大きく傷をつけることになった。
衝撃もまた凄まじく、再び神を降ろしたガーファリアの身体が揺らめく。
ヴォルフは攻撃を再開する。
【燕斬り】!!
炎から抜け出すと、すかさず刀術を繰り出す。
ガーファリアが怯んだところで、さらに技を出して畳みかけた。
【連撃:八蛇】
まさに八ツ俣の竜のごとく、八種の斬撃がガーファリアを切り刻む。
ガーファリアは後退しようとしたが、狼は逃さなかった。
【蜻蛉突き】
最速の突きが、蜻蛉の速さとなって襲いかかる。
ガーファリアの胸付近を刺し貫いた瞬間、血しぶきが上がった。
「おら! どうした!?」
と叫んだのは、ガーファリアだ。
もっと打ってこいと、ケダモノとなって叫ぶ。
突き刺さったヴォルフの刀を握り、そのまま当人ごと持ち上げてしまった。
そのまま地面に叩きつける。
思いも寄らない攻撃にヴォルフは目を回した。
そこにガーファリアの足底が伸びる。
ヴォルフの首の後ろを狙った。
ドンッ!!
煙が上がる。
間一髪、ヴォルフは避けていた。
しかし、その手から刀はこぼれている。
だが、この男――無手となっても、強かった。
小さく構えると、最短にして最速へと向かう。
その姿に、かつて拳闘術を教えた弟子の騎士の姿が重なった。
「はああああああああああああああああああ!!」
ドドン!! ドン!!
3連撃が、ついにガーファリアの肉体を歪ませた。