第339話 試合の続き
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『アラフォー冒険者、伝説となる ~SSランクの娘に強化されたらSSSランクになりました~』単行本第9巻の発売日が決定。そして書影も本日公開されました!
ヴォルフと、新章ヒロインのアローラになります。
激熱だった第8巻ですが、新章となった第9巻も熱々な展開となっております。
ヴォルフ節も炸裂しておりますので、是非ご予約お願いします。
ガーファリア・デル・バロシュトラス……。
20代にしてバロシュトラス魔法帝国の君主となり、ストラバール最強の国家へと押し上げた稀代の名君にして、まさに天才。それは政治的な才能だけにあらず、魔法と魔力においては【大勇者】レミニアに匹敵し、剣術においては他を寄せ付けない天賦の才を持ち合わせていた。
ちなみに妻は40人。子どもにおいては孫を含めて100人近くいる。
夜においても、その力を遺憾なく発揮されていた。
こうなれば、どんなものでも手に入れてきたかといえばそうではない。
彼は北の魔獣戦線において、同盟国に嫁いだ妹を亡くしている。
苛烈な性格にあって、唯一ガーファリアに意見できたという妹君の死は、少なからず【大英雄】と呼ばれた天才の精神を狂わせた。
ついには、それが仇となり、かの邪教ラーナール教団に隙を突かれ、国を危機に陥れることとなる。
しかし、ラーナール教団の監視がなくなった後、その妹のことを惜しんで、唯一王になろうとしたことは、ヴォルフも近く耳にしたことだった。
その野望もガダルフと、子飼いとしていたハッサルによって潰えた。
そして何かが違えば、ストラバールにて伝説になっていたであろう名君の人生は、そこで終わった。
呆気ないと言われれば、それまでだろう。
でも、ヴォルフはわかっている。
たとえ、死に様こそ無様であろうとも、ガーファリアが天才であり、【大英雄】と呼ばれる英雄であることを……。
結果的にヴォルフにもまた、天賦の才があったことがわかったとはいえ、その人生において天才たるガーファリアの存在は高い壁であり、互いの性質は対極にあり、しかし憧れの存在であった。
(陛下と戦ったのは、確か1度だけか?)
ヴォルフが初めてバロシュトラス魔法帝国に訪れた際、ガーフと名乗ったガーファリアと1度戦っている。あの時はこちらに武器の分があり、辛くも勝利したが、今はどうかわからない。
(試してみるか……)
ヴォルフは静かに納刀する。
それを見て、ガーファリアはニヤリと笑った。
「ほう。あの時の続きを所望するか?」
「ずっと心に引っかかっていたんです」
「なるほど。最後の勝負。我をここに呼んだのは、お前の無念かもしれんな。良かろう……」
ガーファリアも曲刀を鞘に納める。
そして戦場は静かになった。
元々音もなく、何もない空間だ。
なのに、静寂がより深化していく。
2人の周りだけ、空気が歪み、そこだけ強く重力の力が働いているような雰囲気があった。
それは殺気、剣気、あるいは覇気であろうか。
足の親指一本分……。
ほんの指先だけの間合いの攻防戦が、この時すでに始まっていた。
徐々に2人が近づいていく。
刀身の長さに接近しても、2人は一向に抜剣しようとしなかった。
ヴォルフは腰を下ろし、常に前を向いて向かって行く。
一方でガーファリアはやや前傾姿勢のまま、まるで相手との間合いを計るように静かに瞼を閉じている。
未だに2人の間合いに入らない。
1ついえることは、どちらかの斬撃が先に相手の身体を傷付けることができれば、必倒は間違いないということである。
観客がいれば、固唾を呑んで、両者の見えない攻防を見守っただろう。
レミニアがいれば、間違いなくヴォルフに声援を送ったはずだ。
しかし、今――この世紀の対決を見届けるものはいない。
見守るのは、この勝負をどこかで見下ろしている神だけ。
その勝敗もまさしく〝神のみぞ知る〟といったところだろう。
お互い久方ぶりの立ち合い。
その初撃には時間がかかるかと思ったが、そうでもなかった。
最初に得物を引いたのは、ガーファリアだった。
相手の呼吸を見切り、虚を突いたうまい先制攻撃。
まさしく天才が成せる業だ。
しかし、ヴォルフも負けてはいない。
冒険者になったの15年。それから剣を振ることを欠かしたことはない。
レミニアを預かったあとも、こっそり練習を続けていた。
振った数だけなら、誰にも負けない自負がある。
ましてエミリやクロエから伝授された抜刀術において、後れを取るわけにはいかなかった。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「はあああああああああああああああああああ!!」
互いに裂帛の気合いが、神の座の前で散る。
次の瞬間、爆発にも似た剣戟の音が何度も反響しながら、空間の奥の奥まで広がっていった。
「ぐっ!」
「ぬっ!」
2人は同時に弾かれていた。
ハッと次に見たのは、対戦相手ではない。
己の得物たちだ。
互いに刃こぼれすることなく、獣牙のような光を讃えている。
ニッと笑ったのは、ヴォルフもガーファリアも同じだった。
(これで……)
(存分に戦えるな)
弾かれたヴォルフは、ブレーキをかける。
衝撃に抗うように前を踏み出すと、同じくガーファリアもまた地面を蹴った。
まるでこの時を待っていたかのようだった。
2人は再び空間の中央で、打ち合う。
再び微震によって空間が揺らぐ。
攻撃はそれだけで終わらない。
上半身こそ仰け反ることとなったものの、互いに反動を利用して3撃目を落とす。
これもまた引き分け。
しかし、ここでガーファリアが動く。
もう1度、上段に振り下ろすかと見せかけて、ヴォルフのサイドに回った。
放ったのは突きだ。
上半身の弓なりに沿いながら、まるで弩弓から飛び出した矢のように突きを繰り出す。
その攻撃に対し、ヴォルフの対応は少し遅かった。
致命傷こそなかったが、顎の下を切る。
身体を捻っていなければ、喉元を切られていたかもしれない。
ヴォルフのこの遅い対応にも、意味はあった。
突きで少し前のめりになったガーファリアの顔を目がけて切り上げる。
その攻撃を読んでいたのだろう。
首を少し強引に動かしながら、ガーファリアは躱す。
それだけに留まらない。そのままヴォルフに身体を預けるようにタックルする。
易々とヴォルフに馬乗りになると、切っ先を顔に向けて下ろした。
当然、ヴォルフは黙って見ていたわけではない。
1度刀から手を離すと、刀身を両の手で挟む。
所謂、白羽取りだ。
「どうした、伝説……。随分とあっさり転ぶではないか?」
「陛下、残念ながら勝負はまだついていませんよ」
この時、ガーファリアは刃を下ろすことに集中していた。
その機をヴォルフは見逃さない。
ガーファリアの腰に足を入れると、そのまま腹を蹴った。
巴投げされるが、その膂力は半端がない。
ふわりと宙を浮く。しばしの滞空時間があって、ガーファリアは何事もなかったように着地した。
何事もあったのは、その後だ。
【カグヅチ】を握ったヴォルフが、ガーファリアとの距離を詰める。
それは長いようで、ほんの刹那の時間であった。
ガーファリアが着地した瞬間を狙って、ヴォルフは躊躇わず剣を振る。
ほんの一瞬のタイミングを狙って、ガーファリアは腰を引いたが、遅い。
次の瞬間、ガーファリアの鼻梁から血が溢れた。
「ふふ……。刀で斬られたのはいつだったかな?」
満足げにガーファリアが笑う一方、ヴォルフはあることに気づく。
顎への突きで切った傷口が塞がっていなかったのだ。
つまり娘レミニアがかけた【時限回復】が効いてなかったのである。
「ここは神の領分だからな。お前の娘の力は届くまい」
「なるほど」
「心細いか。娘の力がなくて」
「ええ……。少し」
「正直だな」
「俺にとって強化魔法は、単純な強化ではなく、遠い場所で生活する娘を感じるためのものですから。…………でも、ちゃんと聞こえてますから」
ヴォルフは耳をそばだてる。
そう。聞こえる。レミニアの声が……。
『パパ、頑張って』
その熱い応援が……。
それだけでない。
出会った仲間や、友人たちの声が聞こえる。
がんばれ、ヴォルフ!
冒険者時代、ずっと何か1人でもがきながら戦っていたような感覚があった。
それは友人に囲まれていた時でもあってもだ。
でも、今なら聞こえる。
昔からずっと聞こえていた激励の言葉が……。
はっきりと……!
「陛下、この勝負勝たせてもらいます」
「ふん……」
ガーファリアは鼻を鳴らす。
伏せた顔に、笑みが浮かんでいた。
「やっと英雄らしい顔になってきたではないか」








