第337話 溶け合う世界
すみません。
第337話を抜かして、第338話を更新してました。
久しぶりにやらかした。。。
幼い頃のレミニアは、夜になるとこっそり窓を開けて、空を眺めていることが多かった。何を言うでもなく、何かを問いかけるでもなく、ぽつんと浮かぶ月を眺めては、物思いに耽る。そんな娘の横顔を見ながら、ヴォルフはレミニアがいつかあの月に旅立つのではないかと冷や冷やしたものだ。
それは秋の盛りだった。森の木が色づきはじめ、夜になると冬の訪れを感じさせるような寒風が吹き込んでくる。そんな時でも、レミニアは夜空を眺めていた。
「レミニア、風邪を引くよ。そろそろ窓を閉めよう」
「ねぇ。パパ。何故月は、いえ――――あそこに浮かぶエミルディアは、何故ああして離れているのかしら」
この時、レミニアは8歳。すでにオリジナルのレミニアが残した二重世界理論を読み解き、さらに理論を発展させるべく密かに研究をしていた。すでにこの歳で、賢者の石を作ることにも成功している。
頭のいいレミニアとは違って、残念ながら父ヴォルフは賢いとはいえない。いや、娘の前ではどんな秀才も勝てないだろう。
ヴォルフからすれば、禅問答にすら近い問いかけを誤魔化すように、レミニアと一緒に空を眺める。
「何でかな?」
「ストラバールとエミルディアは賢者の石の力によって均衡を保っている。おそらくそれは、世界の中心にある世界樹のおかげなんだと思うけど……。どうしてなんだろう?」
「レミニア……」
「何故、2つの世界は引き離されなければいけないのだろう」
「それは……」
ヴォルフは困って、思わず頭を掻いた。
「パパ」
「ん? うん??」
「わたし、いつかあそこに行ってみたいわ」
「え? 月にかい? だけど、あれはお空のずっとずっと先にあると、昔偉い人から聞いたよ」
「ええ。だから、引き寄せるのよ」
とレミニアは細い腕を広げたかと思えば、ギュッと胸の前で交差して、抱きしめる。
「そうすれば、エミルディアに渡れるわ」
レミニアは嬉しそうに笑う。
だが、ヴォルフとこういう話をしたのは、これが最後だった。レミニア自身、それがどんな惨事を巻き起こすのか気づいたからだ。皮肉にもそれは賢者の石の存在理由を証明することにもなってしまうことになる。
◆◇◆◇◆
だから、というわけではないだろう。
レミニアが今の考えに至ったのは……。
天才でありながら、父と同じく努力を怠らず、日々研究を続け、母の理論を完成しようとしていた。
そして、レミニアは土壇場になって、その母の理論とは違う結末に至る。
すなわち――――。
「2つの世界を1つにする」
暴風が吹き荒れる中、紅蓮の赤髪が炎のように燃え上がる。髪だけではない。アメジストを思わせる紫の瞳もまた、精霊が宿ったかのように輝いていた。
自信満々に口角を上げた姿は、研究者たるレミニアがよく見せた姿だ。
「2つの……」
「世界を……」
「1つにするでござるか?」
「んなアホな!」
レミニアのとんでもないアイディアに ヒナミをはじめとして信じられない様子だった。後ろで聞いていたルネットたち五英傑組も唖然としている。ついには理解することを放棄してしまう。
ルネットはこう言った。
「なにそれ。面白そう」
「おい。ルネット、笑い事じゃないぞ」
イーニャが耳をピンと立てて、爆笑する【軍師】を叱る。
しかし、ルネットはあくまで冷静だった。
「笑い事でしょうよ、イーニャ。笑うしかないのよ。この状況はもはや」
暗い空を望む。
どこからか雷雲がやってくると、雷が鳴り響き、風が落ち葉や畑にあった作物を巻き上げていく。中には小さな鼠などの小動物もいた。人間が巻き上げられるのも時間の問題だ。
「そんなことができるのかい、レミニア」
「わからない……」
「――――ッ!」
「でも、この方法しかない。愚者の石の引き寄せる力を最大限に生かして、2つの世界を合成する。理論上はできるはずよ」
「ふはははは……」
話を聞いていたハッサルが乾いた笑いを浮かべる。
「そんなものは無理だ。私は様々な未来を視てきた。しかし、そんな未来は視たことがない」
「……だから、ワクワクするじゃない」
「はっ……」
「あなたにはわからないでしょう、ハッサル。あのね。未来なんてわからなくて当然なのよ。でも、未来が見えなくても、人間は生きて、そして未来に向かって生きることができる。それが何故かわかる?」
「…………」
「好奇心よ」
「はあ?」
「俺はレミニアを信じる」
「パパ……」
ヴォルフは小さな肩に手を乗せる。
親子というよりは、まるで恋人同士のように見つめる2人の姿を見て、誰も反論しなかった。
「ヴォルフはんがそれでいいなら」
「右に同じでござる」
「私はレミニア殿とヴォルフ殿信じる!」
「好きにせい」
「やっちゃえ。やっちゃえ。どうせ誰も責任をとれないんだから」
「こうなったら一発かましてやれ、師匠の娘!」
「どうせこのままでは全滅だ。最後に世界を救ってみせろ、【大勇者】」
「反対意見はなしね。じゃあ、やるわ。ハシリー。バックアップはお願いね」
「結局、片棒を担がされるんですね。……まあ、レミニアと出会った時から、こうなるんじゃないかって思ってましたけど」
でも、ボクたちはずっとこの時のために研究してたんですよね。
ハシリーは魔法陣のトリガーを起動する。
その瞬間、地平が真っ赤に染まった。
それはヴォルフの体内に内蔵されていた賢者の石が、愚者の石へと変化した証だった。
それに呼応するように反応したのは、エミルディアに設置された無数の愚者の石だ。暗く、まるで墓場のように沈んでいた世界が、ストラバールの光に呼応するように光を帯び始める。
完成版愚者の石。
そして世界と同化し、巨大な星となった愚者の石。
2つの光はどろりと溶け合い、まるで触手を伸ばすかのように互いの懐へと交じり合う。
「地面が……」
「レミニア、掴まれ」
「パパ、ありがとう」
ミッドレス親子は抱き合う。
ドロドロになった世界の中で、2人は赤くなった空を望んだ。
☆★☆★ コミカライズ更新 ☆★☆★
4月2日に単話版「アラフォー冒険者、伝説となる」50話が更新されます。
節目の50話になります。激アツなので、是非読んでくださいね。
そして5月15日に「アラフォー冒険者、伝説となる」コミックス9巻が発売予定です。
ついに10巻まで、あと1巻! 大好評だった第8巻からまたさらにギアを上げて、面白くなっておりますので、よろしくお願いします。








