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第31話 おっさん、弟子と再会する。

お待たせしました。

「もう終わったのかい?」


 バンとカウンターを叩いたのは、テイレスだった。

 ガーディルから抜き取った魔鉱の純結晶をマジマジと見つめる。

 紺碧に光る石は西区ギルドを煌々と照らし、多くの冒険者の注目を集めていた。


 その中心にいたヴォルフは、何でもないような顔で立っている。

 側ではミケが満足そうに牙を爪で掃除していた。


「依頼料はジェルマさんたちに……。俺はこれをもらったから辞退した」


 淡々と報告する。

 テイレスは一旦椅子にどすんと腰掛けた。

 はあ、と放心する。

 本当に今目の前にいるのは、あのDクラスの冒険者なのだろうか。

 つぶらな瞳で何度も肢体を確認した。


「噂には聞いていたし。側に【雷王(エレギル)】がいるから、もしやとは思っていたけど。本当にあんた、あの『竜殺し』と『100人斬り』のヴォルフなんだね」


 ヴォルフは頭を掻いた。

 最近よく聞く台詞ではあるのだが、姉のような存在であるテイレスに改めていわれると、なんだか照れくさい。


「それよりもテイレス。ジェルマさんから小耳に挟んだんだが、今冒険者で何か大きな仕事があると聞いたんだが」


 途端、テイレスの顔が険しくなる。

 ゆっくりと巨体を倒し、カウンターに肘を突く。


「あんた、受けたのかい?」


 興味はあったが、内容については教えてはくれなかった。

 そのため結局断ったのだ。


「そうかい。その方がいい。折角、顔出してもらって悪いけど、あんた王都から離れた方がいいよ」


「似たようなことを他の冒険者からも聞いた。王都で何が起こるんだ?」


「……。こんなところで話せるもんじゃないよ」


 何かよっぽどの理由があるのだろう。

 とうとうテイレスは目を背けてしまった。

 目先を変える意味でも、ヴォルフは王宮にいる娘に会うため取り次げる人材を紹介してほしいと頼む。


 テイレスは顔を覆った。


「レミニア・ミッドレスなんて同姓同名の別人だろうなんて思ってたのに、よりによって【大勇者(レジェンド)】が、あの赤ん坊かい。……歳を取るもんじゃないねぇ」


「何か王国に危機が迫っているなら、レミニアからムラド王に取り次いでもらおうと思ってるんだが……」


「そうかい……。なら、あんたの後輩に頼るといいかもね」


 テイレスはペンを取った。



 ◇◇◇◇◇



 教えてもらった住所を頼りに、ヴォルフは南区の方へと足を向けた。


 その道すがら立っていた市場を見つけ、簡単に食事をする。

 ふかふかの肉饅頭を2つ買い、頬張った。

 南区はスラムがひしめく、治安の悪い場所だ。

 金持ちが集まる東区とは違って、襤褸を引きずって歩いてる大人や子供が当然のようにいる。

 この市場にしても価格こそ安いが、質は低い。

 今食べてる肉饅頭も、美味いが何の肉が使われているのか、食べても判然としなかった。


 ミケはというと純結晶で魔力を補給し、すっかり気持ちよくなっているらしい。

 ヴォルフの背中にへばり付くように眠っている。

 寝るのは構わないのだが、爪を立てるのだけはやめてほしい。

 何度注意しても直そうとしないミケの悪癖だった。


 ふと視線を感じた。

 振り返ると、2人の子供が物欲しそうに肉饅頭を見つめている。

 服はボロボロで、もう初夏だというのに厚手のコートを着ていた。


 ヴォルフはまだ食べていなかった方を半分に割る。


「食べるか?」


 2人に差し出す。

 虹彩を失っていた子供の目に光が宿った。


「いいの!?」


「ああ……」


 子供は恐る恐る肉饅頭に手を伸ばす。

 まだ熱々で触るのも、食べるのにも苦戦したが、2人は一気に飲み込んだ。

 よっぽどお腹が空いていたらしい。


 ヴォルフは嬉しそうにその光景を見つめる。

 露天商にもう2つ追加注文し、差し出した。

 だが、2人は食べようとしない。


「食べないのか?」


「おいらはもう食べたから。兄弟にあげる。おいら一番上の兄ちゃんだからよ」


 自慢げに鼻を啜る。

 ヴォルフは「何人だ?」と聞くと、今まで喋っていた男の子とは別の男の子が、手で「4」と示した。


 ヴォルフはさらに4つ追加する。


「これでその2つはお前たちのものだ。存分に食べていいぞ」


 言うないなや、再び2人の子供は、饅頭を平らげてしまった。

 ごくりと喉が鳴るのを見て、ヴォルフは口を開く。


「その代わり、お前たちにお願いがあるんだが」


「え? 今のって賄賂? ずっけ!」


「か、かっぱらいとか。ぞうきとかうらないよ」


 いきなり物騒なことをいう。

 ヴォルフは穏やかに首を振った。


「ここの場所を教えてくれないか……」


 ヴォルフはテイレスが書いてくれたメモを開いた。



 ◇◇◇◇◇



 幸運なことに、子供たちはヴォルフが目指す目的地の関係者だった。


「ここだよ」


 2人のうちの片方――ニアスは、手で指し示した。

 ヴォルフは顎を上げる。


 視界に映っていたのは、寂れた教会だった。

 壁や天井に穴が空き、裏庭にある墓地も墓石が崩れている。

 ただ手入れはされてるらしく、1本の雑草も見当たらなかった。


 あれがニアスたちが住む孤児院。

 そしてヴォルフの目的地だった。


「うっせぇぇえ! そんな金、今すぐあるわけないだろぉ!!」


 静かな場所に、がさつな怒声が響く。

 すると、ニアスの顔が途端に険しくなった。

 あいつらだ、というと走っていく。

 ヴォルフは背中のミケを引っ剥がした。

 無理矢理起こす。

 もう1人のジーニという少年と一緒にここで待機してろと指示を出した。

 何が起こったかわからず、ミケは欠伸しながら返事をする。


 孤児院の入口に行くと、男3人と1人のシスターらしき女が揉めていた。

 建物の窓には、ニアスよりも小さな子供たちが、半泣きになりながら様子を伺っている。


「こっちには借用証明があるんだよ! とっとと出すもん。出しな。それとも、お前が身体で稼ぐか?」


 つるりとはげ上がったデブが進み出る。

 シスターの顎に触れようと、手を伸ばした。

 だが、太い腕は途中で迎撃される。


「さわんな、このクズ! あたいを誰だと思ってるんだ、あ゛あ゛!? お前らの商店ぐらいすぐにぺちゃんこに出来るぐらい力があんだぞ」


 ボキボキと拳を鳴らす。

 格好はシスターでも、これではどちらが筋の者なのかわからない。


 迫力に気圧され、デブの顔は蒼白になる。

 ごくりと息を呑む部下を見かねた上司らしき男が、進み出た。

 眼鏡を光らせ、シスターを睨む。


「残念ながら、そんなことをすれば、豚箱に入れられるのはあなたの方です、シスター。この借用書は正式な手続きを踏んだ書類です」


「難しいことなんて、あたいにいわれてもわかんねぇよ!!」


「そうですか。では、1つはっきりしてることを申し上げましょう。もし、あなたが捕まったりでもしたら、後ろにいる子供たちがどうなるんでしょうね。あなたがいなくなっても生きていけるのですか?」


 ギラリと眼鏡を光らせる。

 男は窓の方に視線を向けると、見ていた子供たちは蜘蛛の子を散らすように奥へと引っ込んでしまった。


 シスターの顔に汗が浮かぶ。

 観念したかのように項垂れた。


「……わかった。金はねぇ。あたいを好きにすればいい」


「ようやくわかってくれましたか」


「その代わり――。子供たちに手ぇ出したら、どうなるかわかってんだろうなあ。あたいがなんていわれてるか知ってんだろ? 【破壊王(ヽヽヽ)】を入れる檻なんてねぇんだ。何かあったら、地の果てまで追いかけて、ぶっ壊すからな、お前ら」


 怨念めいた視線で睨む。

 獣の最後の矜持とでもいわんばかりの殺気に、さしもの上長もおののいた。


「ふ、ふん……。こけ威しですか。その手には乗りませんよ」


 それでも胸を張って強がり、シスターの手を握ろうとした瞬間、声がかかる。


「待った」


 ヴォルフだった。

 淡々と2人の間に割って入る。

 シスターは絶句し、大柄な冒険者を幽霊でも見るかのように凝視した。


「事情は全部理解できたわけじゃないが、ようは借金取りだろ、あんたら?」


「そうだが……。あんたは?」


「別に名乗るほどのものじゃない。……とりあえず、今日はこれで勘弁してくれないか?」


 魔鉱の純結晶が入った袋を見せる。

 借金取りたちは「おお」と歓声を上げた。

 美しく光る結晶にすっかり魅了されてしまう。


 このヴォルフの行動に異を唱えたのは、遠目で見ていたミケだった。


『ヴォルフ、てめぇ! なにしてんだ! その結晶はあっちのもんだぞ』


 頭に血が上り、契約者を敬うことも忘れた幻獣は怒鳴る。

 だが、傍目からみれば猫が「にゃー!」と怒っているようにしか見えない。

 飛び出しそうになったのを、ジーニに取り押さえられていた。


「孤児院を買い取るほどじゃないけど、利子分ぐらいにはなるだろ?」


「も、問題はねぇ。行くぞ」


 袋を部下に持たせ、借金取りたちは引き下がった。


 ヴォルフは大きく息を吐く。

 これは安堵の息ではない。

 今から顔を合わせる相手――その覚悟を決めるためのものだった。


 ヴォルフは振り返る。

 挨拶をしようと手を挙げた瞬間、すでに視界に広がっていたのは、大きな拳だった。

 慌てて、拳打を受け止める。


 危なかった……。

 直撃を受けていれば、頭蓋骨が割れていたかもしれない。


 同時に修道服のフードがはらりと落ちる。

 飛び出たのは、大きな狼の耳だった。

 よく見ると、修道服の下から大きな尻尾も見える。


「ばかやろう……」


 言葉を絞り出す。


 拳を放った本人は、顔を伏せていた。

 その瞳から宝石のように涙がポロポロとこぼれる。


「い、イーニャ(ヽヽヽヽ)……?」


「どこ行ってたんだよ、15年も……」


 ヴォルフ師匠……。


 すると、シスターは崩れ落ち、広い墓地にまで届くほどの大きな声で泣き始めた。


昨日の書籍化発表にたくさんのお祝いの言葉をいただきありがとうございます。


感想欄にもありましたが、

なるべく無理せず、大事に作品を作ってまいりますので、

これからもよろしくお願いします。

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