第332話 あともうちょっとなんだ
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光が目の前を覆った時、エミリーは死を覚悟した。駆け寄ったのは、最愛の人だった。せめて愛した人の側で死にたい。刀匠の天才は、そんな儚い乙女心を抱きながら、光の中を駆けた。
しかし、そこにその人はいない。
それどころか気づいた時には、自分の肩の横にいた。ポンと手を叩き、その男は呟く。
「大丈夫……」
「えっ!!」
ジャンッ!!
光を切り裂く。
白い世界が割れ、エミリーたちを襲いかからんとしていたそれは、ついには弾かれた。
光の線は遥か彼方へと消えて行く。
ヒナミも、クロエも、アンリも、そしてハッサルですら言葉を忘れて、目の前に現れた男を見入った。
しんと静まり返る中、ハッサルの忌々しげな声が戦場に響き渡る。
「ヴォルフ・ミッドレス……だと」
「ああ。そうだ、ハッサル。しばらく見ないうちに、随分と醜い姿になったものだな」
「ふふ……」
「ん?」
「あははははははは!!」
ハッサルは膨張し続ける身をねじりながら、狂ったように笑う。無数の穴からハッサルの顔が浮かぶと、総じて表情を歪め、アラフォーの英雄の登場を嘲笑った。
「随分と愉快な身体になったな」
「愉快なのはあなたの方ですよ、ヴォルフ・ミッドレス。もうあなたには賢者の石はない。強化魔法だって、とっくに切れている。本当の意味であなたはアラフォー冒険者となった。もはやこの戦場に立っているのもおこがましい」
ひゃはっはっはっ! とハッサルは再び身をねじる。
気持ち悪い笑い声に呼応したのは、ヒナミだった。
「ヴォルフ、助けてくれたことは礼を言う。だが、奴の言う通り。お主は……」
「大丈夫だ、ヒナミ」
「え?」
「随分となんか俺、スッキリしてるんだよ」
「はっ? スッキリ?」
「で? あと、もうちょっとだと思うんだ」
ヴォルフは手を握ったり、開いたりして、自分の身体を改めて確かめていた。
「何がもうちょっとなのだ?」
「ヒナミ、問答はそこまでや」
「クロエ?」
「事実、ヴォルフはんはさっきの攻撃を1人で弾いてみせた。あんなんできるのは、正味うちが知るところ、ガダルフぐらいしかおらへん」
皆がすでに知るところになったヴォルフの秘密。しかし、その身に宿していた賢者の石は奪われ、ハッサルの体内に取り込まれた。
【大勇者】の強化魔法もない。たとえあったとしても、そう膨大な魔力を受け止める媒介となっていた賢者の石はもうない。
普通のアラフォー冒険者……。
だが、その男が今ハッサルの攻撃を弾き飛ばしたのは、紛れもない事実だった。
「パパ!」
声をかけたのは、戻ってきたレミニアだ。側にはルネットとルーハスがいる。2人ともボロボロだったが、かろうじて息をしていた。
「レミニア。もういいのかい?」
「ハシリーが準備してる。後は――――」
レミニアはハッサルを見上げた。
「そうか」
「パパ、わたし……」
「レミニアは本当に心配性だな」
「え?」
「パパを心配して、戻ってきてくれたんだろ。大丈夫だ。そこで見ておいてくれ。あと少しだから」
ヴォルフは腰を落とす。
手を愛刀【カグヅチ】の柄に添えた。
ふぅ、と息を吐き、そして極限まで脱力する。水をイメージしながら、ただ目の前のバケモノに身体を傾けた。
「【居合い】か……」
ルーハスは顔を上げる。
それはヴォルフが何度も構え、何度と強敵を倒してきた構えだった。
それを神と宣言するハッサルにも向ける。
「ふん。何をするかと思えば……。何度もいうわ。あなたの実力では、この戦場にいることすらふさわしくない!」
「なら試してくれ。俺がここにいることがふさわしいか、否かを……」
「は――――――」
次の瞬間、ハッサルは肉体に強い衝撃を受けていた。気が付いた時には、自分の身体は切り裂かれ、上半身(というのが適当かどうかわからないが)が宙を舞い、ドンドンと半身から離れて行く。
宙を舞いながら、ただ呆然とする目を広げていることしかできず、ついにハッサルはストラバールの地面に沈んだ。
「なに……よ、これ……」
上半身部分が壊死し、消滅する。だが、賢者の石を残した下半身はすぐに上半身を再生させると、ハッサルの忌々しげな顔が浮かび上がった。
「貴様!!」
ハッサルの身体に穴というより、無数の口が開く。閃いたのは、炎だ。黄色く高温となった炎息をヴォルフに向かって打ち込む。
「パパっ!」
「ヴォルフ殿!!」
叫ぶが、ヴォルフは無数の炎を躱し、あるいは愛刀でいなしていく。しかし、すべてに対応できたわけではない。時折、肩の肉を削ぎ、脹ら脛の肉を削ぐ。
炎が収まった時には、ヴォルフは重度の火傷を追うこととなった。
「ふう。きついきつい」
「ヴォルフ、やめよ!! それ以上はお主の寿命を縮めるだけぞ」
「ヒナミ、心配してくれてありがとうな。お前は優しい王様だ」
「主! 人の話を聞いておるのか?」
「すまんが、誰でもいいので回復魔法をかけてくれないか?」
「私が! ヴォルフ殿!!」
「アンリか……。頼む」
「なんだったら、強化魔法も」
「いや、強化はいらない」
「え?」
結局アンリはヴォルフの言うことを聞き、回復魔法で回復させる。
その様子を神妙な顔で見つめていたのは、我が子レミニアだ。
「やっぱり、パパ……。気づいたのね」
「いや、正直俺もよくわからないんだ、レミニア。気づいたのか、気づいてないのか。ただ1つ言えることは、もうちょっとなんだ」
「何を余裕ぶっている、ロートルが!!」
ハッサルは再び炎を吐く。
再びヴォルフに大量の炎が襲いかかった。
ヴォルフはまた回避し、あるいは刀で巻き取り、弾く。
「なんだか、最初の頃を思い出すな。レミニアに強化魔法をかけられて、初めてベイウルフと戦った時だ。あの時もそうだった。強化魔法に振り回されているというか」
「振り回されてるって……。ヴォルフはん、どうしたんや?」
「そういうことか?」
ヒナミはヴォルフの動きを見ながら、何かに気づく。そっと口に手を当てながら、ヴォルフの動きを追った。
「ヒナミ、どういうことや。うちは全然……」
「いや、妾もすべてを理解したわけではない。ただヴォルフはもう我らが知るヴォルフではない……」
「はっ?」
「クロエ殿、見えぬなら感じるでござる」
エミリーはジッとヴォルフの動きを見ていた。
ハッサルの攻撃が止む。どうやらこの攻撃には力を溜める時間が必要らしい。その巨体の動きが鈍る。絶好の機会なのだが、ヴォルフは仕掛けなかった。また火傷を負ったのかといえば、そうではない。今度は無傷だ。
「どういうことや……」
耳を澄ませていたクロエは気づく。
「確かにヴォルフはんや。お強い時の……。でも、なんか違う。根本的に何かが変わってる。いや、変わってるというより、元に戻っているような……」
皆が説明の付かないヴォルフの強さに戸惑う中、同じく何かに気付いたルーハスがレミニアに質問した。
「あれもお前の仕込みか? 【大勇者】」
「そう――と言いたいところだけど違う。でも、わたしは最初から何度だって言っているわ」
パパは強いって……








