第329話 【勇者】と【軍師】
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『アラフォー冒険者、伝説となる ~SSランクの娘に強化されたらSSSランクになりました~』
単行本8巻、11月12日発売です(あと3日間! 都内の書店さんならもう平台にのってるかも……。お見かけの際にはよろしくお願いします)。
内容はすでにお伝えした通り神展開なのですが、原作者書き下ろすSSも付けさせていただきました。
個人的にタッ公先生が、今回の表紙に至った理由については面白いので、是非読んでみてくださいね。
ご予約よろしくお願いします。
※ 後書き下にリンクを作りました!
嗤うハッサルの前で横薙ぎの剣閃が輝く。慮外からの攻撃をハッサルはかろうじて躱した。しかし、彼女に向けての攻撃はそれだけに留まらない。銀毛の狼の牙は鋭く、嗤う狐に迫った。その剣は荒々しく、加えて速い。
ハッサルが予見していても、完全に躱すのは難しいほどに……。
「ルーハス・セヴァット!!」
「どうやら予測はできても、実際に回避できるかは別問題のようだな」
【勇者】ルーハスは、ハッサルに迫る。その動きは、ガダルフと戦っていた時のヴォルフに勝るとも劣らない。いやパワー、スピードといった基礎能力だけを見れば、ヴォルフ以上の破壊力を誇っていた。
「くっ! ルーハスがここまで強いとは……」
「予測していなかったか? 舐められたものだな」
ルーハスの剣閃が走ると、今度はハッサルの腕を切り裂いた。鮮血が飛ぶ。たまらずハッサルは後ろに下がった。
「おかしい……。ルーハス・セヴァットの強さも、成長さえも私の予測の中からハズレている」
「馬鹿ね。それはどこ情報よ」
ルネットがルーハスの後ろに控える。
「ルーハスは紛れもなく【勇者】よ。私が認めたね。そもそも人の因果なんて簡単に予測できるものじゃない。あなたの【千里眼】がどこまで有用なのかは知らないけど、さすがにこの私が復活したところまで予測できなかったでしょ」
「……ッ!」
「ルーハスが【勇者】として胡座を掻いていたことは認めてあげる。それで馬鹿なこともした。多くの人間が死んだわ。だから私は死ぬほど鍛えてあげた。この戦いのために……」
「この戦いのため……」
「私は最初からあなたを信用していなかった。未来を見える能力を持つなら、何故正しくガーファリア殿下を導けないのか? あの復讐王と呼んでもいい男の成り立ちにおいて、そのきっかけとなった悲劇を何故あなたは回避しなかったのか。答えは簡単よ。あなたがそうなるように仕向けただけ」
ハッサルはグッと奥歯を噛んだ。
ルネットの指摘は、ほぼ正しかったのだ。
ハッサルの能力のすごいところは、千里先の未来を見ることだけではない。自分が理想とする未来に、試行錯誤を繰り返し、時に過ちをもおかしながら近づけてきた執念だ。自分はほとんど手を下さず、もっとも自分が頂きに立てる瞬間を待っていた。
「そのためなら君主の心を壊すことすら厭わないの?」
「ガーファリア陛下は賢君でした。そう言えば、ルネット。あなたたち五英傑をもっとも可愛がっていたのは、陛下でしたね」
「挑発しようとして無駄よ。随分と勘が悪いようだから、言ってあげる。あなたを信用するなと言っていたのは、かのガーファリア陛下よ」
喉元に刃を突きつけるような鋭い舌鋒に対して、ハッサルは笑みで応えた。いやらしく、そしてやらしく……。
「知ってますよ。そんなこと……」
「ブラン!!」
ルネットは切れる。
そしてあらかじめ仕込んでいたタネを発動させた。
突如ハッサルの下の地面が爆発した。現れたのは、巨大な手だ。たちまちハッサルを捕まえると、両手を使って押さえ付けた。
「捕まえたぞ、女狐」
「あら。どこに隠れていたのかと思っていましたが、地中でしたか。私の鼻を誤魔化すとは、なかなかやりますね」
「このまま押しつぶす」
ブランの巨躯に血管が浮き出る。
筋肉は軋み、すべての力をハッサルに注いでいた。
「あら。痛い……。でも、少し私のことを舐めすぎていませんか?」
ハッサルの目が光る。
その強烈でいて、どこか甘い光にブランは一時気を失った。ほんの数秒であったが、ハッサルがスルリとブランの手から抜けるには十分な時間だった。ブランは慌ててハッサルを追いかけるが、その前に身体が光る。
それまで獣人の形をしていたハッサルの身体はたちまち膨れ上がり、獰猛な牙と爪を以て、ルネットたちの前に現れた。
「化け狐……!」
「アハハハハハハハ! 神代の狐を舐めないでもらいたいわね」
巨大な狐は笑い声を響かせた。
その額にはヴォルフから奪った黄金の賢者の石が閃いている。
ルネットもレミニアも知る由もないが、ハッサルの本体は【不死の中の不死】、そして始まりの人となったカラミティ・エンドによって討伐された。
今、彼らの前にいるのは、言わばその切れ端ともいうべきものである。ハッサルから言わせると、もしも大事が起こった場合の予防策なのだ。彼女は自分の分身を作り、危機に対応してきた。ハッサルからすれば、いつものことである。
ただ本体から引き離された分身が、本体並みの力を得るには長い時間が必要となる。失った尾を回復させるのは、並大抵のことではない。しかし、賢者の石……、しかもその完全体であれば別だ。
「尻尾が元に戻ってる?」
ハシリーはハッサルの尻から伸びる9本の尾を見て驚く。
かつてヴォルフが身に宿していた力は、ハッサルの力を回復させることはおろか、それ以上の力を得ていた。
「おおおおおおおおお!!」
九尾狐になっても、遜色ないのが巨人族のブランだ。手を広げて掴みかかると、ハッサルを投げ飛ばそうとする。しかし、その手が届く前に、復活した9本の尾で弾かれていた。その巨躯は地面に敷いた魔法陣を破壊し、ついに完全停止させてしまう。
「所詮は身体がでかいだけの馬鹿女ですわね」
ハッサルは1本の尾を掲げる。
無詠唱、そして無時間で魔法を放った。空を覆った雲を貫き、1本の雷槍が落ちてくる。直撃を受けたのはブランだ。被害はそれだけではない。強烈な雷属性魔法は周辺にいた強者たちをも巻き込んだ。
「ぐっ!」
膝を突いたのは、ルネットである。
それを見下すようにハッサルは嗤った。
「確かにあなたの推測は当たっていた。さすがは【軍師】と呼ばれるだけはある。備えも申し分ない。すでに私は頂きに立っていることを忘れないでちょうだい。私より速かろうと、力が強かろうと、もうあなたたちの負けは決しているのよ」
だから、どうした?
「何?」
ふわりと浮かんだ殺気にハッサルは反応するも、またも遅い。かろうじて躱すも、自慢の毛が戦場に舞い散った。
「ルーハス……」
「何もかも予測する能力か。ならば、俺の強さも予測してみろ」
俺はもう負けんぞ……。
ルーハスは刀を構えるのだった。








