第328話 世界が滅びちゃいますよ
☆★☆★ 第8巻 来週発売!! ☆★☆★
『アラフォー冒険者、伝説となる ~SSランクの娘に強化されたらSSSランクになりました~』
単行本8巻、11月12日発売です(あと1週間!)。
内容はすでにお伝えした通り神展開なのですが、原作者書き下ろすSSも付けさせていただきました。
個人的にタッ公先生が、今回の表紙に至った理由については面白いので、是非読んでみてくださいね。
ご予約よろしくお願いします。
ハッサルは笑う。
その声は暴風が吹き荒れるストラバールにあっても、確実に周囲に響いていた。まるで呪いだ。
ひどく耳障りな哄笑が皆の耳朶を打つ一方、ハッサルがヴォルフから奪った【賢者の石】は輝きを増す。皮肉にも光は陽に当てた金剛石よりも眩き、周囲を照らす。やがてハッサルの胸の中へと沈み始めた。
「させるか!」
「返すでござる!」
空気が絶望に染まっても、いち早く動いたのは怪我を負ったヴォルフ――ではなく、ヒナミとエミリだ。ちょうどハッサルを挟み込むように襲いかかると、得意の刀を振るった。
パシッ!
2人の渾身の一撃はハッサルの両手によって受け止められる。しかも、その手は絹のように白く、柔いように見えるのに、あっさりと2人の剛剣を摘まんでいた。ヒナミとエミリは二撃目を加えようと刀を引くが、全く動かない。必死になって刀を動かす2人を見て、ハッサルは笑う。すると、毬でも弾くように彼らを吹き飛ばした。
「ヒナミ! エミリはん!! なら、今度はうちが……」
クロエが走り出そうとした瞬間、待ったの声がかかる。
振り返ると、そこには大きな炎が上がっていた。
「クロエ! 下がって!!」
「レミニアはん!」
レミニアの指示にクロエ、さらにアンリが後退する。直後、その10階梯魔法は放たれた。
「――――まりし破壊者よ。汝、名を改めここに証明する。我、第七門を特赦し、暴虐と天幻の突破を望むものなり。神々より出でよ」
炎、そして汝は破壊の使徒なり!
ハッサルに向けて、炎属性の第10階梯魔法が放たれる。たちまちハッサルは火柱に包まれた。災害級の魔獣ですら一瞬にして蒸発してしまう魔法である。人に向けるのも憚れるが、見た目は女であっても、古代よりストラバールに跋扈していた妖狐だ。手心を加える余裕は、今のレミニアにはない。
そもそも、ただそれだけで終わるとは、レミニアも思っていなかった。事実、炎の中から聞こえてきたのはハッサルの声だ。
「無駄よ。【大勇者】……。いくら伝説級の魔法だとしても、【賢者の石】を得た私には通じない」
「なら……、これならどうですか?」
炎、そして汝は破壊の使徒なり!
さらに炎の柱が空へと上る。強烈な熱波に周囲の人間ですらおののく。だが、それだけに終わらない。レミニアの炎属性魔法と、さらに現れた炎の柱が巻き付き、ハッサルに炎の中に閉じ込めた。
「ぐっ!! ハシリー! あなた!!」
「もう自分の身分を隠す必要はないのでね。全力であなたを駆逐させてもらう。……去りなさい! 古代の怪物!!」
ハシリーはさらに魔力を上げた。
2つの第10階梯魔法。
如何に古代から生きる妖狐とて、膨大な魔力量と熱量に苦しめられる。
そう。ハシリーは考えていた。
「所詮、魔法など人間たちが考えた空創の産物……。私には通じませんよ。まして【賢者の石】を得た私にはね」
ハッサルは胸に埋め込んだ【賢者の石】の前で、指を組む。途端、周囲の炎が小さくなっていった。
「炎を消してる?」
「いいえ。わたしたちの魔力ごと、炎を吸い込んでいるのよ、ハシリー」
レミニアの言うとおりだった。
炎は栓を抜いた酒樽から葡萄酒が噴き出すようにハッサルの中に吸い込まれていく。正確に言えば、彼女が取り込んだ【賢者の石】にだ。結局、ハッサルは5秒とかからず、巨大な2つの炎の中に飲み込んでしまった。
「なんて奴……」
「そんな……」
「ふう……。つまらない魔力……。ともに天上族のハーフでありながら、この程度なのね」
「言うじゃない、化け狐!」
「さっきからあなたたちひどすぎるわ。妖狐だの、古代の魔獣だの。私はこれでも神狐。神の名を冠する一族なのよ」
ハッサルは手を振る。扇であおぐように緩やかな動きだったが、その指先には強烈な魔力の光が輝く。次の瞬間、炎が噴き出した。その熱量は先ほどのレミニアとハシリーが見せたものとはまるで違う。
「パパッ!!」
レミニアは咄嗟に怪我をした父のフォローにも入る。ハシリーも、魔法を得意とするアンリも慌てて防壁を展開し、周囲に集まった強者たちを守る。それでも汗が滲み出る。真夏の猛暑どころではない。防壁越しでも熱湯を浴びせられたごとく、強い熱波が押し寄せた。それが術者の体力をみるみる奪っていく。
「ぐっ!」
「アンリ姫!!」
膝を突いたアンリを見て、ハシリーが叫ぶ。この中ではアンリが1番魔法を修めてから日が浅い。たとえ才覚があったとしても、【賢者の石】を手にしたハッサルに抗うのは難しい。むしろ少しでも耐えていること自体、奇跡だった。
「おらああああああああああああああ!!」
吹き荒れる熱波よりも、荒々しい声が響き渡る。不敵な笑みでレミニアたちが苦しむ姿を見ていたハッサルに、影が落ちた。現れたのは、巨大な鉄球だ。炎をものともしない鉄の塊は、ハッサルに落とされる。普通の魔獣であれば、そのままミンチであったろうが、ハッサルは軽々と受け止めていた。その眉宇が、少々煩わしく歪む。
「なんと……。神狐である私に、無粋なものを……」
「これもダメかよ!!」
イーニャが舌を打つ。
ハッサルは下手人を見つけると、先ほどよりも速く鉄球をイーニャに返した。凄まじいに、さしものイーニャの動体視力を以てしても見逃してしまう。
「え……」
当たっていれば、半身はたちまち吹っ飛んでいたかもしれない。その彼女の前に立ちはだかったのは、ブランだ。【鉄槌】の異名を持つ心優しき巨人族の戦士は、手と腕の肉と骨を犠牲にしながら、最終的にお腹で受け止める。速さに対応できたことは瞠目に値するが、生み出された衝撃には耐えることはできなかった。
「ブラン!」
「ぐっ!!」
ブランは背後にいたイーニャも巻き込み、背後へと吹き飛ばされる。近くの岩に激突して尚、さらに奥へと消えていった。
「あらあら。あんなに吹っ飛んでいきましたか。これでも少し手加減したのですが……。まだ【賢者の石】が馴染んでいないようですね」
口では反省しながらも、ハッサルの口端は歪んでいた。
余裕を見せるハッサル。その背後から襲いかかったのは、ルーハスだ。
「いつの間に!?」
ハッサルの反応が遅れる。
ルーハスという存在を全く忘れていたわけではない。むしろ意識していた。ルーハスは【勇者】の称号を持つハーフブリッドである。もっとも注意しなければならない相手だったからだ。
ハッサルが一瞬ルーハスから意識を離したのは、イーニャの声と殺意を感じた瞬間……。
「そうか。あの鉄球に隠れていたのね」
ハッサルは納得するが、ルーハスは何も答えない。ただ声を荒らげた。
「ルネット!!」
「わかってるわよ!!」
相棒の声にルネットは反応する。
ルーハスに向かって、大量の強化魔法をかけた。一瞬、ルーハスの身体が黄金色に光る。常人であれば、たちまち身が裂かれてしまうであろう強烈な強化魔法に、ルーハスの身体は対応する。しっかりと刀を握りしめると、神狐ハッサルの頭上に下ろした。
「とった!!」
ルーハスの刀が一直線に降りていく。
その剣筋を見て、クロエが反応した。
「メーベルド刀術!!」
最速最短の抜刀術。
ルーハスもまたその術理を理解し、実戦する者の1人だった。
ハッサルの顔が、この場に下りたって初めて歪む。ついに神狐の首を取った。
シャインッッッッッ!!
歪みのない真っ直ぐな剣閃が、ハッサルを斬る。だが、斬ったのはわずかな数本の毛だけ。そしてその頃には、ハッサルはいつも通りの笑みを浮かべていた。
「ちょっとでも勝てると思ってくれたかしら?」
ハッサルはルーハスの側面に周り込む。
足を上げ、がら空きになった脇腹に蹴りを入れた。先ほどの鉄球と同様。いや、それ以上の速さで、ルーハスは近くの森に突っ込む。その身体能力の高さを以てしても、受け身が取れず、木の根元に沈んだ。
「ルーハス!!」
ルネットが心配そうに見つめる。
その横で、レミニアが珍しく眉間に皺を寄せていた。
「【勇者】様でもダメか……」
「こっちの動きが全部読まれてるんです」
「その通り」
ハッサルは胸を張る。
その美しいボディと、胸の谷間の上で光る【賢者の石】を見せびらかすようにである。
「それにしても呑気に構えてていいの?」
ハッサル、笑う。
天に向かって、指を差した。
「世界、滅びちゃいますよ。うふふふ……」








